第4話 さよならはいわないで /回顧

 朝日が差し込む中、ドルはゴミ山の中で目を覚ました。そうだ、こんなところで寝ていてもどうにもならない。すぐに起き上がると、ふらつく足取りで煉瓦造りの街へと繰り出した。歩きながら、これまでのことを思い返す。


 結局、森に自分の居場所は無かったのだ。様々な特徴を持つ獣人が多く暮らす未開の森は、完全な弱肉強食の実力主義社会。特別な技能がない唯の猫系獣人はろくな仕事も与えられず、その立場はとても弱いものだった。両親が共にいないドルにとってはなおのこと。今思い返してみても、逃げ出す以外道はなかった。


 ヒトの街に向かう荷馬車に忍び込み、なんとかこの街に辿り着いた。ヒトの街なら何かができるかもしれない。そう思っていたが、現実はそう甘くは無かった。


 まず、ヒトは思っていたよりもずっと大きい生き物だった。ずっと森で生まれ育ったドルにとって、未知で巨大なヒトという生き物はとても恐ろしいもののように思えたのだ。そもそも、話しかけることができたとしても言葉が通じない。ドルにはびくびくしながら路地裏を行き来することしかできなかった。

 

 それに、ドルにはまだヒトの使う通貨の概念がわからなかった。ドルが街に来てヒトを観察していると、彼らはよくわからないキラキラと食べ物や服、道具を交換しているように見えた。ここではあのキラキラがなければおそらく食べ物は手に入らないが、キラキラの手に入れ方がわからない。これなら、駆け回れば木の実のひとつやふたつは入手できていた森の方がいくらかマシだった。だが、ずっと荷台に隠れていたので森へ帰りたくても道がわからない。もうここで生きていくしかないのだ。


 すでに三日も物を口に入れていない。腹の底で渦巻く飢餓感が、ドルの意識を支配していた。生きていくためには、もはや手段を選んでいられない。ドルは、生まれて初めて盗みを働くことにした。


 視線の先に捉えたのは、通りに面した飲食店のテラス席。テーブルにはおいしそうな肉と野菜が湯気を立てて皿いっぱいに盛られている。その光景は、すっかり小さくなってしまったドルの胃をキリキリと締め付けた。

 

 席に着いて談笑している二人のうち一方は金髪で、もう一人は濃い藍色のショートカット。二人とも女性だ。二人とも同じ白い服を着ているが、金髪の方は更に赤いマントを羽織っている。物陰に隠れながら近づき、機会をうかがう。しばらく息をひそめていると、行商の荷馬車が陽気な歌を歌いながら、ゆっくりと飲食店に面した通りを渡っていった。近くには珍しい商品を一目見ようと興味津々の子供たちが付いてきていた。


「わぁ、行商だ!!私、小さい頃ああいったものに触れられなかったから結構気になっちゃうんですよね!」


「まぁ、君の家ほど厳しい家はないだろうからな」


 賑やかな歌声と子供達の歓声が通りに響き渡る。二人の意識がそちらに逸れたのを、ドルは見逃さなかった。今がチャンスだ!ドルは素早く、音もなく物陰からテーブルに近づき皿に手をかけた。が、次の瞬間その両手は金髪の女性にしっかりと握られてしまっていた。そのままぐいと引き上げられ、ドルの軽い身体はいともたやすく地面から離れた。


「ふふ、いい動きだったが、少々相手が悪かったな」


 金髪の女性は楽しげな声をあげながら、ドルの両手を片手で捕まえたまま立ち上がる。ドルはここでやっと状況を理解し、冷たい恐怖が背筋を駆け上がっていくのを感じた。盗みは、森では最も重い罪のひとつだ。刑罰は良くて腕を切り落とされる。最悪、死罪。こんなはずじゃなかった。今まですばしっこさだけは自信があったはずだ。なのに、自分が捕まったことすら認識できなかった。

 

 今、この金髪がもう1人と何か(ヒトの言葉だから内容はわからないが)を話しているうちに早く逃げなければ。ドルは宙吊りの状態から全身の筋肉を使ってジタバタしたが、びくともしない。腕に力いっぱい噛み付いてみても、痛がるそぶりもない。あまりの無力感に、目の周りがじんじんと熱くなってきた。脂汗が吹き出、鼓動は早まる。今にも涙が溢れてきそうだったが、せめてもの抵抗で自分を捕まえたそいつを思い切り睨みつけてやった。


『おお。やはりなかなか、いい眼をしてるじゃないか』


『……!?』


 突如、理解できる言葉が聞こえた。獣人語だ。この人間は、獣人語で話している!


『怖がらせてしまってすまない。私は君に危害を加えるつもりはないよ。そこは安心してほしい』


『……どういうこと?ヒトなのにボクがわかる言葉だ』


獣人語これか。ふふ、昔任務で必要になった際に覚えたんだ。うまいものだろう?まずは自己紹介をさせてくれ。私はライラ。こっちは同僚のベガだ』


ベガと呼ばれた褐色の女性は興味津々といった様子で二人の会話を観察していた。


「すごい……!ライラさんそれ獣人語ですか!?」


「ああ。今のところうまく意思疎通が取れている。会話を続けてみるよ」


ライラは軽く咳ばらいをすると、再び獣の言葉を話し始めた。


『もしよければ、君の名前を教えてくれないかな?』


『ボクは……ドル』


『そうか、ドル。いい響きじゃないか。……うん、ますます気に入った』


『えっと……ごはんを盗もうとしたのはごめんなさい……。もうしないから降ろしてほしい』


『おっと、すまない。つい忘れていたよ』


 そう言うとライラはドルを床にやさしく降ろした。ドルはそのあまりのあっけなさに少し困惑した様子で彼女を見上げた。


『……どうかしたか?』


『本当に降ろしてくれるなんて……』


『ふふ、逃げてもすぐ捕まえるさ』


『ひぃ……』


『おっと、もちろん罰を与えるためじゃない。私は君が朝食を盗もうとしたことには怒ってないからな。むしろその逆。今私は君に興味津々なんだ』


『……どういうこと?』


状況が飲めないドルに対し、ライラは続ける。


『実は今、弟子を探しているんだ。だが、ここ数年大きな戦乱がなかったからか新米騎士達は皆どこか平和ボケしていてね。そうでない者はすでに私に師事する必要などない実力者ばかりだ』


『そういうわけで困っていたんだが、そこに現れたのが君だ、ドル。君の盗みを働く直前の決意の眼は素晴らしかった』


『もうそこからバレてたんだ……』


『ドル、そういうわけだ。事情はいろいろ察している。もし仕事のアテがないなら、どうか私の弟子になってくれないだろうか。私ならヒトの言葉も教えてやれる』


『えっと……お誘いはうれしいけど……弟子ってどんなことをするの?』


『戦うのさ。この街の人々が平和に暮らせるように、魔物と戦う。もちろん、そこに関しても私がいろいろきっちり教えるつもりだ』


 会話の節々から薄々そうではないかと感じてはいたが、やはりそうだったか。戦うことに関して、ドルは全く自信がなかった。当然経験もない。だが、ライラの言う通り仕事のアテは無いし、この機会を逃せば何もできず野垂れ死ぬのを待つばかりだ。腹をくくるしかない。


『えっと……ボク、戦いはやったことないし自信もないんだけど……』


『それでもよければ……!ボクを弟子にしてください!!!』


 ライラの表情がぱぁっと明るくなる。ライラはドルをそのまま優しく抱きしめ、わしゃわしゃと撫でた。


「あははっ!!そうか、そうか!!弟子になってくれるか!!!」


「本当に嬉しいよ!!ありがとう、ドル!!!」


 今まで見たことがないほどに喜ぶライラに圧倒されながら、ベガが口を開く。


「ライラさん、やりましたね!ついに初弟子、おめでとうございます!」


「ああ!」


「でも多分人間語出ちゃってたからその子に感謝伝わってないですよ!」


「あ……」


 腕の中のドルに目を向けると、確かに嫌がってはいないが不思議そうな表情を浮かべていた。ドルを目の前に立たせ、両手を握って改めて感謝を伝える。


『弟子はね、ずっと憧れていたんだ。ありがとう、ドル。責任を持って君を立派な騎士にしてみせるよ』


『えっと……よろしくお願いします、師匠!!』


 ドルのあどけないその言葉に感極まったライラは、もう一度ドルを抱きしめた。今まで感じたことがないような優しい暖かさだった。隣で猫好きのベガがずっと羨ましがっていたことは秘密だ。


=続く=

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