第6話 さよならはいわないで/とびきりのバカ
麻酔の匂いがする。次に目を覚ますと、見知った天井が飛び込んできた。騎士団の医務室。朦朧とする意識の中で現状を整理しようとしたドルを、全身の灼けるような痛みが襲う。骨は何本折れているのだろう。この痛みが、否が応でもドルに昨晩の出来事を思い出させた。
自分は負けたのだ。だがこうしてはいられない、そう思い腕に力を込めるも、襲い来る激しい痛みがドルに立ち上がることを許さなかった。
「うぐ……っ」
「あ!!こら、無茶しないで!!!」
声のする方へ目を向けると、ベガが心配そうにドルの様子をうかがっていた。
「鎮痛剤入れてるとはいえめちゃくちゃな怪我なんだから動いちゃダメ!」
「ベガ、戦況は……どうなってるニャ?」
「幸い、死者は出なかったわ。今みんなで討伐に成功した個体の解析を始めてる。ただ、ひとつだけ問題があって……」
「問題……?」
「ハンター君が、見つからないの」
「ニャに!!?!?!?!痛……っ!」
「本部のどこを探しても見つからなくて……今ベクターが探しに行ってるけど」
「こうしてはいられないニャ!!ベガ、ボクにあのマントを持ってきてほしいニャ……!あれがあれば、少しくらい痛くたってボクは動けるニャ!!い……っ」
「だから無茶しないで!!それにマントは……あっ」
「あのマントが、どうかしたのかニャ……?」
「……っ!」
「ベガ……?」
ベガは一瞬ドルから目をそらしてしまったが、すぐに視線を戻し、気まずそうに告げた。
「マントも……見つからなくて。本当は、まだドルには伝えない方がいいって言われてたんだけど。状況から考えて、おそらくミザールが……」
「そんな……」
身体からすぅっと力が抜けていくのを感じた。文字通り、心にぽっかりと大きな穴が開いてしまったようだった。視界が揺らぎ意識が遠のいていく。
「ドル!?」
再び意識を失ったドルに焦るベガを、落ち着いた男の声が諫めた。
「ショックによる失神だろう。そっとしておこう」
「コウ団長!!いつから……?」
「すまない、盗み聞きはよくないことだとは思っていたのだが、入るタイミングを逃してしまった」
「お気になさらず……!そんなことより、ドルにマントのこと伝えてしまいました……申し訳ありません」
「ああ。いつまでも隠し通せるものでもないし、あの流れならしょうがない。気にすることはないよ」
「ベガ。ハンター君の行方についてだが、ひとつアテができた」
「本当ですか……!?」
「あぁ。ベクターにうたかたの森へ向かうように伝えてくれ」
コウからの予想外の発言に、ベガは少し取り乱す。
「まさか……ドルのマントを取り戻しに!?流石にありえないですよ……うたかたの森までは馬車でも丸一日はかかります!!」
「ああ、君の言う通りだ。だからこそ、僕も捜索円は小さめに見積もっていたんだが……」
コウは手で顔を覆いながら深いため息と共に続ける。
「……つい先程報告があった。撤退するミザールのうち一体に、ワイヤーか何かでぶら下がっている人影があったと」
「ハンター君だ……」
「そういう訳だ……よろしく頼む」
「すぐ伝えます!!!も〜、あのおバカ!!!」
「着いた……ここが」
うたかたの森。未開の森(ナミリア国土の半分を占める広さ)の次に大きな森で、この森の固有種であるアブクガニが吐くシャボンが森の中を常に漂っている。
「ミザールって言ったっけ。早くあの飛竜を探さないと……」
ハンターは周囲を注意深く観察する。別の個体とは言えミザールの脚にぶら下がってここまで来たのだ。あの個体が居を構えているのも遠くではないはず。森の地面は焦茶色の落葉で覆われてはいるものの、水分を含んでいて柔らかく、ハンターの靴も歩を進めるたび簡単に沈む。そのような環境で、ハンターがミザールの足跡を見つけ出すまでにそう時間はかからなかった。
複数の飛竜の足跡に、一際大きいものがひとつ。間違いない、あの時の巨大な個体だ。足跡を辿るにつれ、何かに見られているような、突き刺すような気配がじわり、じわりと迫ってくる。
「近い……かも」
そう言うとハンターは、右腕につけていた
「天装……!」
“天装”のカードを取り出し、腰の
「よし……!実戦では初めてだったけど、うまく行った!!」
小さくガッツポーズをすると、続いて“
「どこからでも……かかってこい!!」
そう言いながら、静かに一歩一歩足を前に出す。四歩目を踏み出そうとした次の瞬間、背後でガサガサッと木の葉が揺れる音がした。間を置かずに振り向くも、すでに鋭い牙がびっしりと並んだ巨大な口が目前まで迫っていた。
「危……な……ッ!!」
身体全部をバネのようにして全力で回避する。すれ違いざまに、生暖かいミザールの吐息が感じられた。ひどい匂いだ。受け身を取ったハンターは、距離を取り、再び両手で剣を構える。
「こいつ……間違いない!あの時のアイツだ……!」
その巨躯だけでなく、口から漏れ出す黒い瘴気も一致している。間違いなく、ドルのマントを奪っていった個体だ。初めて正面から向き合う自分よりも強大な生物。否応なしに剣を握る手に力が入った。間髪入れずに牙を剥き出しにした巨体が迫る。
「うおおおっ!」
横に転がることで突進の軌道から逃れたハンターは、すかさず反転。追撃を加えんと振り向くミザールの脳天へ刃を叩き落とした。が。
「かっったい……ッ!!」
強固な甲殻に阻まれ刃が跳ね上がる。剣を通して衝撃が伝わり、腕がビリビリと痺れた。ハンターは即座に柄を握り直し、体勢を低くする。ミザールは再び牙を剥き出して突っ込んで来ていた。
「そこ……!」
脚に力を込め、喉元の急所目掛けて思い切り突っ込む。しかし、ミザールは思い切り翼を打つことで突進の勢いを瞬時に殺し、ハンターの捨て身の突きを軽々と回避してみせた。一振りでミザールの巨体を浮かび上がらせる暴風は、ハンターの身体をいとも容易く吹き飛ばした。
「うわぁぁぁぁ!!??」
勢いよく飛んだハンターは地面に叩き付けられそうになるが、咄嗟に受け身を取って衝撃を逃す。
「まさか、あそこから躱されるなんて……ドルちゃんの攻撃が当たらなかったわけだ……あれ?」
違和感に気付く。さっきまで握っていたはずの剣がない!
「さっき転がった時に!?どこに」
間髪入れずにミザールの鉤爪が迫る。なんとか紙一重で回避し、辺りを見渡す。
「あった……!!」
剣はミザールの向こう側に転がっていた。だが、未だにピンピンしているミザールに対し、こちらは既に疲労で身体が思うように動かない。
「でも……やるしかない!」
心は決めたが、大雑把な突進は躱されると学習したのかミザールは一歩一歩確実に距離を詰めて来る。ハンターもそれに合わせてジリジリと後退せざるを得なかった。どんどん剣が遠のいていく。突如、背後からの鈍く強い衝撃がハンターの後退を阻んだ。
「しまっ…」
巨木。行き止まりだ。待っていたとばかりにミザールが翼で大気を打ち、急降下しながら鉤爪でハンターに飛びかかる。ハンターは咄嗟に這うような姿勢で直撃を避けたが、巨木は一瞬でへし折れてしまった。
「今……!」
体勢を立て直し全力で走る。しかし、再び飛び上がったミザールは既に急降下しながらハンターに迫っていた。着地と同時に広く薙ぎ払われた尾が遂にハンターを捉える。受け身など、取る暇もない。体全体で地面に墜落したハンターはそのまま転げ飛び、木の幹に激突した。鎧は衝撃を受け止めて大きくひしゃげている。
「ぐ……うぅ……」
動こうとすると激しい痛みが全身を貫く。痛みに耐えながらなんとか上体を起こすと、とどめを刺そうとミザールが目前まで迫っていた。
「いちかばちか……!!やってやる!!!!」
腰のホルダーから
光の中から現れたのは、巨大な岩。本来騎士団本部の中庭に置かれているはずのものだ。騎士たちの猛攻を軽々避けてきたミザールも、流石に突如上空に現れた巨岩には対処仕切れなかった。逃れようとするも、両脚と尾が巨岩の下敷きになる。
「よし……!」
カードの位置次第では自分が下敷きになることもありえたし、また躱される可能性もあった。かなりの博打だったが、なんとか賭けには勝てたようだ。よろめきながらも剣を拾い、まっすぐミザールに向かう。ミザールも噛みつこうと首を伸ばすが、わずかに届かない。
「うおおおおお!!」
首元に剣先を突き立て、全体重を乗せて思い切り柄を押し込む。腕よりも長い刃が、ミザールの胸に深々と沈んでいった。
=続く=
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