第2話 最期の晩餐
死ぬ。
そう思った。
灼熱の火球が、目の前まで迫っている。
肌が焦げるような熱気と、
死の匂いが、俺の全てを支配する。
もう、終わりだ。
妹に、何もしてやれないまま。
西園寺の、あのクソったれの顔を
ぶん殴ることもできないまま。
ああ、クソ。
最悪だ。
本当に、最悪の人生だった。
……いや。
違う。
こんなところで、終わってたまるか。
俺の魂が、生存を渇望する。
理性が焼き切れた頭の奥で、
本能が、腹の底から叫んでいた。
――腹が、減った。
は?
なんだ、それ。
この期に及んで、飯のことか?
違う。そうじゃない。
俺が欲しているのは、
目の前で燃え盛る、あのスキル。
あの、力の塊――。
――なんだ、これ?
美味そうじゃね??
その瞬間だった。
世界から、音が消えた。
スローモーションで迫っていたファイアボールが、俺の顔の前で、ピタリと止まる。
「……え?」
燃え盛る炎が、まるで粘土のように
ぐにゃりと形を変え始めた。
そして、俺が突き出した掌に、
まるで吸い込まれるかのように、
収束していく。
ジュウウウウウウッ!
掌が焼けるような熱を感じるが、
不思議と痛みはない。
むしろ、心地いい。
空っぽだった胃袋に、
熱々のスープが流れ込んでくるような、
そんな満たされる感覚。
数秒後。
あれだけ巨大だった火球は、
跡形もなく消え去っていた。
後に残されたのは、
呆然と立ち尽くす俺と、
何が起きたか分からず目を白黒させている
健太と、ゴブリンたちだけ。
そして――。
《ユニークスキル【能力捕食(スキルイーター)】が覚醒しました》
《スキル【ファイアボール】を獲得しました》
頭の中に、直接響く声。
それは、この学園都市のシステムが
情報を通知する時の、
あの無機質なアナウンスだった。
「……は?」
ユニークスキル?
俺が?
スキルレスの、この俺が?
「ユ、ユウキ……? 今の、なに……?」
健太が、震える声で尋ねてくる。
「……分からん。
けど、なんか……」
俺は、自分の右手を見つめた。
今、この手の中に、
あの炎の力がある。
そんな、確信があった。
「グルァ!?」
ホブゴブリン・メイジが、
信じられないといった様子で叫び、
再び杖を構えようとする。
――させるかよ。
俺は、本能のままに右手を突き出した。
脳内に浮かんだスキル名を、叫ぶ。
「【ファイアボール】ッ!!」
ゴウッ!
俺の手のひらから、
さっきの火球とは比べ物にならないほど
巨大で、高密度な炎の塊が迸った。
それは、一直線にホブゴブリン・メイジへと飛翔し――
着弾と同時に、凄まじい爆発を引き起こした。
ドゴオオオオオオオオンッ!!
爆風が、洞窟全体を揺るがす。
ホブゴブリン・メイジがいた場所には、
黒く焼け焦げたクレーターだけが残されていた。
周囲にいたゴブリン数匹も、
爆風に巻き込まれて吹き飛んでいる。
「……マジかよ」
自分の手から放たれた力に、
俺自身が一番、度肝を抜かれていた。
なんだ、今の。
威力が、桁違いじゃないか。
「キシャアアアアッ!」
残りのゴブリンたちが、
恐怖よりも怒りを上回らせて、
一斉に俺たちへと襲いかかってくる。
「ユウキ! 危ない!」
だが、今の俺には、
あいつらの動きがやけに遅く見えた。
一体のゴブリンが、棍棒を振りかぶる。
その頭上には、スキルの名前が
淡く光って見えていた。
《スキル:怪力》
――それも、美味そうだな。
俺は、振り下ろされる棍棒を紙一重でかわし、
ゴブリンの体に左手を触れさせた。
「【能力捕食】」
グンッ!
ゴブリンの体から、
何か温かいものが俺の体に流れ込んでくる感覚。
同時に、筋肉が内側から
膨れ上がるような、全能感が全身を駆け巡る。
《スキル【怪力】を獲得しました》
「ガッ……!?」
力を吸い取られたゴブリンは、
その場で膝から崩れ落ちた。
俺は、試しに右の拳を握り、
迫ってくる別のゴブリンに叩き込んだ。
ゴシャッ!
鈍い音。
俺の拳は、ゴブリンの体を
まるで紙くずのように貫いていた。
「す……げえ……」
これが、スキルか。
これが、力か!
「キイイイッ!」
別のゴブリンが、素早い動きで横から襲いかかる。
そいつの頭上には《スキル:俊敏》の文字。
「それも、もらう!」
俺は、そのゴブリンの攻撃すらも捕食し、
さらに力を増していく。
喰らう。
喰らう。
喰らう。
まるで、何日も飯を食ってない獣のように。
俺は、目の前のスキルという“ご馳走”を、
片っ端から喰らい尽くしていった。
【怪力】【俊敏】【硬化】【再生】……。
喰らうたびに、俺の体は強くなる。
左腕の傷は、【再生】スキルでみるみる塞がっていく。
動きはどんどん速くなり、
力はどんどん増していく。
「はは……ははは……
はははははははははははッ!!」
笑いが、止まらない。
今までの屈辱が、絶望が、
全て嘘だったかのように、
力が、希望が、体の内側から溢れ出してくる。
これだ。
これさえあれば!
俺をバカにしたヤツら全員を、
見返すことができる。
そして――。
妹を、救えるかもしれない……!
その希望が、俺の体に
さらなる力を与えてくれた。
気づけば、あれだけいたゴブリンの群れは、
俺一人によって殲滅されていた。
洞窟には、死体の山と、
呆然と立ち尽くす健太だけが残されていた。
「ユ、ユウキ……お前、一体……」
「健太……俺、やったぞ……!
すごいスキルだ!
これなら、俺たち、ここから生きて帰れる!」
俺は、興奮冷めやらぬまま健太の肩を掴んだ。
健太は、俺の変わりように少し戸惑いながらも、
安堵の表情を浮かべた。
「ああ……そうだな。
よかった……本当によかった……!」
健太の怪我は、俺が捕食した
【再生】スキルで治せるほどではなかったが、
幸い、歩けないほどの重傷ではなかった。
「よし、行こうぜ、健太。
このダンジョンの奥に」
「えっ!?
奥って……もう帰るんじゃないのか?」
健太が、驚いて聞き返す。
当たり前だろ?
帰るわけがない。
「ボスがいるんだろ?
ゴブリンロードってやつが。
そいつは、もっと美味いスキルを持ってるはずだ」
「美味いって……お前なあ……」
「それに、もしかしたら本当に
『生命の霊薬』の材料が手に入るかもしれない。
西園寺のヤツ、そこだけは
本当のことを言ってた可能性だってあるだろ?」
俺の言葉に、健太はゴクリと喉を鳴らした。
「……分かった。行こう、ユウキ。
俺も、最後まで付き合うぜ」
「サンキュ、健太!」
俺たちは、互いに頷き合うと、
ダンジョンのさらに奥深くへと足を進めた。
道中、現れるモンスターは全て
俺の【能力捕食】のエサになった。
オーガの【剛腕】、コボルトの【嗅覚追跡】、
スライムの【物理耐性】。
喰えば喰うほど、俺は強くなる。
Fランクのスキルレスだった俺の体は、
もはやCランク、いや、Bランク冒険者にも
匹敵するほどの力を宿していた。
そして、ついに。
俺たちは、ダンジョンの最奥と思われる
広大な空間にたどり着いた。
ドーム状になったその場所の中央には、
骨でできた巨大な玉座が鎮座している。
そして、その玉座には――
体長3メートルはあろうかという、
巨大なゴブリンが、ふんぞり返って座っていた。
筋骨隆々の体。王冠のようなものを被り、
その手には、人間ほどの大きさの
巨大な戦斧が握られている。
ゴブリンロード。
このダンジョンの主だ。
その周囲には、今までのゴブリンとは
明らかに格の違う、屈強なエリートゴブリンたちが
十数体、控えている。
ゴブリンロードが、ゆっくりと立ち上がる。
その体から放たれる威圧感は、
今までのモンスターとは比較にならない。
ビリビリと、空気が震えるのが分かる。
「ユ、ユウキ……ダメだ、ありゃあ……!
レベルが違いすぎる! 逃げよう!」
健太が、俺の服の袖を掴んで叫ぶ。
確かに、ヤバい。
一目で分かる。
こいつは、今まで喰ってきた雑魚とはワケが違う。
だが。
逃げる?
馬鹿言えよ。
俺の目は、ゴブリンロードの頭上に
淡く輝く、スキルの名前に釘付けになっていた。
《ユニークスキル:王の威圧》
《スキル:重破壊》
《スキル:鋼鉄の肉体》
……最高じゃねえか。
特上のフルコースが、向こうからやってきたようなもんだ。
俺は、袖を掴む健太の手をそっと外し、
一歩前に出た。
「なあ、健太。
あいつのスキル、どんな味がすると思う?」
「はあ!? お前、何言ってんだ!?」
俺は、健太の叫びを背に聞きながら、
ゴブリンロードに向かって、不敵に笑いかけた。
復讐のため?
成り上がるため?
違う。
俺が力を求める理由は、もっとシンプルだ。
「お前の力、妹のために喰わせてもらうぜ!」
俺は、そう宣言すると、
玉座に君臨するダンジョンボスに向かって、
真正面から突っ込んでいった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます