Fランク冒険者の俺は、スキルを『捕食』して成長する唯一の存在でした。〜スキル至上主義の学園都市で、無限にスキルを手に入れ最強へと至る〜
九葉(くずは)
第1話 Fランクの景色
このクソみたいな都市で俺が惨めを晒し、
泥水をすするような毎日を送っているのは、
たった一つの、理由のためだ。
スキル至上主義の学園都市
《アーク・クラヴィス》
ここでは、生まれつき持つスキルのランクが、
人間の価値そのものを決める。
そして俺、相馬ユウキのランクは――F。
スキルを持たない“スキルレス”。
学園都市の最底辺。
ゴミ以下の存在だ。
「ユウキ、またそんな世界の終わりみたいな顔して。
ほら、これ食えよ。俺の分、半分やるからさ」
目の前に、ほかほかと湯気が立つ
肉まんが差し出された。
見上げると、人の良さそうな顔が
心配そうに俺を覗き込んでいる。
橘 健太。
城西工業冒険科高校に通う、俺の唯一の親友だ。
「……いいのかよ、健太。
それ、結構高かったんじゃねーの。」
「いいってことよ!
俺とお前の仲じゃねえか!」
健太はDランクスキル【武具錬成】の持ち主。
落ちこぼれ校“三校”にいる俺とは違い、
彼は普通校“城工”の生徒だ。
本来なら、交わることすらないはずの階級。
なのにこいつは、昔からずっと、
俺みたいなFランクの隣にいてくれる。
まあ、そのDランクですら、
この都市じゃ下から数えた方が早いんだけどな。
「……サンキュ」
俺は肉まんを一口頬張る。
温かくて、美味い。
俺たちが通う“三校”の学食で出される、
味のない栄養補助バーとは大違いだ。
なあ、聞いてくれよ。
このイカれた都市では、
学校すらランクで分けられているんだ。
頂点に君臨するのは、
Bランク以上のエリートだけが集まる5つのエリート校。
『一高』だの『リリアンナ』だの、
名前からしてキラキラしてる。
その下に、健太たちが通う
C・Dランクの普通校が3つ。
そして、そのさらに底辺。
Eランクの落ちこぼれと、
Fランクのゴミが隔離される場所。
それが、俺の通う
第三高等冒険者学校――通称“三校”。
他の学校のヤツらからは、
“ゴミ捨て場”って呼ばれてる。
「それにしても、なんでユウキが
わざわざ三校にいるんだかなあ。
お前の頭なら、一般の高校でもっとマシな……」
「……仕方ねえだろ」
俺は、肉まんを飲み込んで答えた。
「『生命の霊薬』が手に入る可能性があるのは、この学園都市だけなんだから」
『生命の霊薬』。
どんな病気も癒すと言われる、
奇跡のアイテム。
この都市の外で暮らす、俺のたった一人の妹。
彼女は、原因不明の難病に侵されている。
その進行を唯一抑えられるのが、その霊薬だけだ。
だが、その値段は、Bランク冒険者が
何年も馬車馬のように働いて、
ようやく手が届くかどうかというとんでもない代物。
だから、俺はここにいる。
いつか高ランクの冒険者になって、
自力で霊薬を手に入れるか、
それを買えるだけの大金を稼ぐ。
そのために、俺はどんな屈辱にも耐える。
この都市にしがみついてでも、
チャンスを掴むんだ。
「……そっか。わりぃ、変なこと聞いたな」
「別に。事実だろ」
健太は、俺の妹のことも知っている。
だから、何も言わずに側にいてくれる。
本当に、ありがたいヤツだ。
俺たちがそんな話をしていると――。
ドンッ!
背後から、強い衝撃。
バランスを崩した俺の手から、
食いかけの肉まんが地面に転がり落ちた。
「……っ!」
最悪の予感が、全身を駆け巡る。
ゆっくりと振り返ると、
そこに立っていたのは、見慣れない制服の集団だった。
純白の生地に、金の刺繍。
エリート校の中でも頂点、
“一高”こと第一高等冒険者学校の制服。
その中心に立つ、髪を銀に染めた男が、
俺の足元に落ちた肉まんを
汚物でも見るかのように見下していた。
「……いってぇな。
なんだ今の?
どこのどいつだ、俺様にぶつかってきたゴミは」
ねっとりとした、人を不快にさせる声。
西園寺 翔。
Bランクスキル【魔弾の射手】を持つ、
一高の二年。
俺は咄嗟に頭を下げた。
関わっちゃいけない。
俺の中の生存本能が、けたたましく警報を鳴らす。
「……すみません」
「あ?」
西園寺は、俺の胸元にある
『F』のランクプレートに気づくと、
サメみたいに口の端を吊り上げた。
「なんだ、三校のFランクかよ。
スキルレスのゴミが、
俺の視界に入ってんじゃねえよ、カス」
取り巻きたちが、一斉にゲラゲラと笑う。
頭に血が上るのが、自分でも分かった。
だけど、ここで逆らえばどうなるか。
そんなことは、火を見るより明らかだ。
俺が唇を噛みしめていると、
健太が俺の前に一歩出た。
「おい、アンタ!
言い過ぎじゃないのか!?」
「ああん?
なんだテメェは……城工のDランクか。
ゴミがゴミを庇うのか? 泣けるなあ、オイ」
西園寺は健太を嘲笑うと、
面倒くさそうに指をパチンと鳴らした。
その指先に、ビー玉くらいの大きさの
禍々しい紫色の光弾が生まれる。
Bランクスキル、【魔弾の射手】。
「俺に逆らうってことは、どうなるか分かるよな?
Dランクの【武具錬成】ごときじゃ、
防ぎようがねえぞ?」
「くっ……!」
健太の顔が、恐怖に青ざめる。
ダメだ。こいつを巻き込むわけにはいかない。
俺は、健太の肩をそっと押して、前に出た。
そして、震える膝を、ゆっくりと地面につけた。
「……申し訳、ありませんでした」
「はっ、ようやく自分の立場が分かったか。
いいか? Fランクはな、
俺たちみたいなエリート様が歩く道を、
その額でピカピカに磨くのが仕事なんだよ」
「……はい」
「声が小せえなあ!」
「……はいッ!!」
「まあいい。今日のところは許してやる。
その汚ねえツラ、二度と俺に見せんじゃねえぞ」
西園寺は満足げに鼻を鳴らすと、
俺の頭を靴先で軽く蹴ってから、
取り巻きたちと去って行った。
残されたのは、
アスファルトに這いつくばったままの俺と、
悔しそうに拳を握りしめる健太だけ。
「ユウキ……ごめん、俺……」
「……いいんだよ。俺が悪い」
立ち上がり、制服についた埃を払う。
だけど、心に塗りたくられた泥は、
どうやっても落ちそうになかった。
血の味がする。
いつの間にか、唇の内側が切れていた。
◆
それから数日後。
俺は三校の薄汚れた教室で、
次のダンジョン実習の資料を眺めていた。
そこに、あり得ない人物が現れた。
「よう、Fランクの相馬だったか?」
西園寺 翔。
あのクソ野郎が、なぜ三校の教室に?
「……なんの用ですか、一高の先輩」
俺は、警戒心を隠さずに答えた。
すると西園寺は、意外にもにこやかな笑みを浮かべた。
「まあ、そう敵意を向けるなよ。
この前のことを謝りに来たんだ」
「は?」
「いや、俺も言い過ぎたと思ってな。
そのお詫びと言っちゃなんだが……
お前に、いい話を持ってきてやった」
西園寺は、声を潜めて続けた。
「初心者向けダンジョン:ゴブリンの洞穴」
あそこのボスが、稀に『生命の霊薬』の
材料をドロップするらしいぜ」
「……ッ!?」
その言葉に、俺の心臓が大きく跳ねた。
生命の霊薬。
妹の、薬――。
「本当、なんですか……?」
「ああ。本当だ!どうだ? 俺と組まないか?
もし材料が手に入ったら、この前のお詫びとしてお前に譲ってやってもいい」
……怪しい。
怪しすぎる。
こいつが、俺にそんな親切を働くはずがない。
99%、いや、100%罠だ。
隣にいた健太が、俺の袖を強く引っ張る。
「ユウキ、やめとけ! 絶対罠だって!
こいつの言うこと、信じちゃダメだ!」
分かってる。
健太の言う通りだ。
こいつの誘いに乗るなんて、自殺行為だ。
でも。
でも、もし。
もし、これが本当だったら?
妹を救える、たった一つのチャンスかもしれない。
このチャンスを逃したら、
もう二度と……。
「……分かりました」
俺の口から、勝手に言葉がこぼれ落ちていた。
「ユウキ!?」
「いいのか? 本当に?」
西園寺が、念を押すように聞いてくる。
その目が、獲物を見つけた蛇のように
細められていることに、俺は気づかないフリをした。
「ええ。行かせてもらいます。
よろしくお願いします、西園寺先輩」
俺は、頭を下げた。
それが、地獄への片道切符とも知らずに。
◆
連れてこられたのは、
都市の郊外にある、ありふれた洞窟の前だった。
入り口には、手書きのような看板がかかっている。
《初心者向けダンジョン:ゴブリンの洞穴》
《推奨ランク:F〜E》
「……ここ、ですか?」
俺が尋ねると、西園寺は鷹揚に頷いた。
「ああ。まあ、お前らにはお似合いの場所だろ。
霊薬の材料ってのは、こういう低級ダンジョンで
ごく稀にドロップすることもあるらしいからな」
「そう、なんですか……」
健太と顔を見合わせる。
拍子抜けするほど、普通のダンジョンだ。
もしかしたら、本当にただの気まぐれだったのか?
俺の考えすぎだったのかもしれない。
「よし、じゃあお前ら、先に入ってろ。
俺は少し準備があるから、後から追いつく」
「……え?」
「なんだよ、文句あんのか?
Bランクの俺様を信じられないのか?」
「い、いえ! すぐ行きます!」
俺と健太は、慌てて洞窟の中へと足を踏み入れた。
背後で西園寺がニヤリと笑ったことに、
俺たちはまだ気づいていなかった。
洞窟の中は、ひんやりと湿った空気が漂っている。
壁には松明が灯され、一本道が奥へと続いている。
「なあユウキ、本当に大丈夫かな……」
健太が不安そうに呟く。
「……分からない。けど、今は進むしかないだろ」
俺たちが警戒しながら奥へ進んでいくと、
すぐに異変に気づいた。
「……おかしいな。ゴブリンが一匹もいないぞ」
初心者向けダンジョンなら、
入り口付近に数匹いてもおかしくないはずだ。
なのに、気配一つ感じない。
その時だった。
ゴゴゴゴゴゴ……ッ!!
背後から、地響きのような轟音が鳴り響いた。
振り返ると、俺たちが入ってきたはずの入り口が、
巨大な岩で完全に塞がれていた。
「なっ……!?」
「おい! どうなってんだ!?」
俺たちがパニックになっていると、
岩の向こう側から、くぐもった声が聞こえてきた。
「はははっ! かかったな、マヌケども!」
西園寺の声だ。
「西園寺ッ! てめえ、どういうつもりだ!」
俺が岩を殴りつけながら叫ぶ。
「どういうつもりも何も、ゴミ掃除だよ!」
そして、彼は決定的な事実を告げた。
「ちなみに、お前らが入ったのは
《ゴブリンの洞穴》じゃねえ。
その奥に繋がってる、
《ゴブリンロードの要塞》って高難易度ダンジョンさ」
「……なんだって?」
その言葉を証明するかのように、
俺たちの目の前の通路の角に、
打ち捨てられたように置かれた
もう一つの看板が目に入った。
そこには、禍々しい文字でこう書かれていた。
《警告:高難易度指定ダンジョン》
《ゴブリンロードの要塞》
(Bランク以上のパーティー推奨)
「嘘……だろ……」
健太が、その場にへたり込む。
「じゃあな、ゴミども!
せいぜいモンスターの腹の中で、
自分の無力さと、妹の心配でもしてな!」
嘲笑を残し、岩の向こうの気配が遠ざかっていく。
完全に、閉じ込められた。
後に残されたのは、
絶望的な静寂と、
そして――。
キシャアアアアアアッ!!
洞窟の奥から響き渡る、無数の、獰猛な雄叫び。
暗闇に、いくつものギラついた目が光る。
緑色の肌。錆びた剣。
涎を垂らしながら、俺たちを囲むのは、
ゴブリンの群れだった。
その数、二十……いや、三十はいる。
そして、その群れの中心。
一段高い岩の上に、ひときわ大きな影があった。
ボロボロのローブを纏い、
ねじくれた木の杖を握っている。
ホブゴブリン・メイジ。
魔法スキルを使う、厄介な敵だ。
「……マジかよ」
健太が、絶望に染まった声を漏らす。
俺も、同じ気持ちだった。
Bランク以上のパーティー推奨のダンジョンで
FランクとDランクの二人きり。
これはもう、どうしようもない。
完全に、詰んでる。
「ユウキ! 俺がなんとか時間を稼ぐ!
お前は逃げろ!」
健太が叫び、懐から小さなハンマーを取り出す。
戦闘には不向きなスキルで、
それでも親友を逃がすために
立ち向かおうとしている。
――ふざけるな。
お前を置いて、
俺だけ逃げられるわけがないだろ。
「健太! やめろ!」
俺が叫んだ、その時だった。
一体のゴブリンが、雄叫びを上げて
健太に襲いかかった。
「危ないッ!」
俺は、考えるより先に体が動いていた。
健太を突き飛ばし、
ゴブリンの前に立ちはだかる。
ガツン!
鈍い衝撃。
ゴブリンが振り下ろした錆びた剣が、
俺の左腕を深々と切り裂いた。
「ぐ……あああああっ!」
激痛が、脳を焼く。
骨まで達したかのような、強烈な痛み。
傷口から、生暖かい鉄の匂いが立ち上る。
「ユウキ!?」
健太の悲鳴が、遠くに聞こえる。
ああ、ダメだ。
痛くて、力が入らない。
視界が、だんだん霞んでいく。
その時、ホブゴブリン・メイジが
杖を高く掲げた。
「グル……ガ……ファイア……ボール!」
片言の詠唱。
杖の先に、赤い光が渦を巻き始める。
みるみるうちに、その光は
バスケットボールほどの大きさの火球へと姿を変えた。
マズい。
あれを食らったら、終わりだ。
俺の脳裏に、妹の笑顔が浮かぶ。
『お兄ちゃん、待ってるからね』
そう言って笑った、あの子の顔が。
――冗談じゃねえ。
こんなところで。
こんなクソみたいなヤツの思い通りに。
こんな惨めな終わり方なんて。
俺はまだ、何も成し遂げていない。
霊薬を手に入れて、
妹を助けるまでは。
絶対に、死ねるか。
こんなところで、終わってたまるか……ッ!
魂が、叫ぶ。
俺の全てが、生存を渇勇する。
灼熱の火球が、スローモーションで俺に迫る。
死の熱が、肌を焦がす。
なあ、神様がいるなら教えてくれよ。
俺の人生、ここで終わりか?
――マジで?
その瞬間だった。
世界から、音が消えた。
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