2章

第6話 朝

――五重県、桜坂市内。午前7時41分。


 朝日が街を照らす中、トシキチイスコチトは山を下り、住宅街を歩いた。そして、


 ……やっと、辿り着いたぜ……。


 トシキチイスコチトは立ち止まり、四月一日、と書かれた表札を見つめる。


 免許証をたよりに、寄生した個体の家にたどり着いた。


 家は4台分の駐車場と、大きな庭に囲まれた一軒家で、立派な門と高い壁に囲まれている。


 ……丸1日かかってしまった、ああ腹減ったぁ……。


 トシキチイスコチトは日焼けした手で、ピンポーンと門に付けられたチャイムを鳴らした。


 ……ここで一休みしてから、ンイナーニラーを探すか……たくっ、感知できるのが短すぎる……。


 玄関がゆっくり開く。トシキチイスコチトが寄生している男性の妻が現れた。


「……何よあんた? ……なんでチャイムなんか鳴らしたの?」


 妻は訪問客が夫の姿なのを見て、眉を寄せる。


「……」


 ……ふふふ、丸く太ってうまそうだ……。


 トシキチイスコチトは玄関先に現れた女性を舐め回すように見つめた。


「なんで固まってんの? どうしたってのよ」

「……」


 妻は不思議そうに、夫だったものを見る。


 トシキチイスコチトは門を開け、妻へと近づいて行った。


 庭を横切ってやって来る夫の姿に妻は、気味悪く見つめる。


 ……今度は焼いて食べようかな、はははは。


 トシキチイスコチトが歩くスピードをぐんぐん上げた。


 妻がその異様な行動に後退する。目は夫だったものを見つめたまま、ただ、どこか夫と違うのを怖がっていた。


 そろそろと後ろ歩きする妻が、玄関の上がり框に躓いて尻もちをついてしまう。


 トシキチイスコチトは玄関内へと飛び込んだ。そして、妻を見つめたままゆっくり後ろ手でドアを閉める。


 途端に、口が裂け怪人へとトシキチイスコチトは変身していく。


「きゃあああああああっ」


 妻は、けたたましい悲鳴を上げた。


 が、聞こえていたのは通りかかった犬だけだった。


   ◇


――同日、午前8時20分。


 飯島は咀嚼していたサラダを、コーヒーで流し込む。


「……千代島、待たせました、仲間を見つけたんでしたね」


 いつもの元のすました顔で、スマホに出た。


「ちゃんと噛んで食べました?」

「良いから、早く話しなさい」

「そうです、飯島さん。クラスメイトに寄生してました」


 電話先で、千代島が嬉しそうに言う。


「そんでですよっ、それが昨日、この世界に来たばかりなんですが、失敗したみたいなんです」

「失敗とは?」

「はい、頭まで辿りつけずに人間の意識を残したまま、体だけ乗っ取ってるんですよ」


 飯島は眉を寄せた。


「……どういう意味ですか?」

「会えばわかりますよ、いつ会ってもらえますか」

「……」


 ……そんな事、あり得るのか?


 ……いや、あり得ることはあり得るか……しかし、どんなハプニングでそんな事に……。


「……千代島、そういった個体の状態が分かった時点で、すぐに退避しなさい。まったく無鉄砲なんですから」

「でもちゃんと確かめてからじゃないと」

「……わかりました、すぐに会いましょう、20時で良いですね。場所はいつもの恵祐カフェです」

「わかりました」

「その仲間の名前は」

「人間の方は、西山祐輔。スカレミトスレカコの方は、モハステチケスイマコです」


 飯島はメモ帳にメモしていく。


「あと千代島、無鉄砲すぎますよ。そのような個体だと判明した時点で距離を取るように」


 飯島は言葉を強めて言った。


「大丈夫ですよ、報告するのは確かめてからで十分でしたし」

「……」


 飯島は頭を抱える。


「では、きちんと伝えておいてくださいね」

「はい、伝えておきます。じゃ、失礼しまーす」


 飯島はスマホをポケットにしまい、ため息をついた。


 このタイミングで仲間か……豆木山の奴と共に来た奴だな……。


 ゴンゴ族の可能性もある……それなら、拷問して聞き出せるな……。


 飯島は、アーモンドを摘まんで口に運ぶ。


  ……また変身して、戦う事になる覚悟はしておくか……。

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