第7話 怪人パワー

 西山は校舎裏から千代島と別れ、ひとり教室に戻った。


 窓辺の席に座ると、前の席の田中が振り返って話しかける。


「おい、千代島さんとどっか行ってたのか?」


 田中は眉を寄せ、西山を睨みつけるように見つめ観察した。


「皆、ふたりで校舎裏へと消えていったとか訳のわからないことを言ってるぞ、そんなわけないよな」

「? ……別に、その通りだけど?」

「……まさか、ラブレターを?」


 田中は口をゆがめて、西山を見る。心配そうな目つきになった。


 「……違うよ、ちょっと……あれだ、昨日の殴られたことで、千代島さんから話があっただけだよ」


 西山は顔の痣をさすった。


「……ああ、そういうこと……」


 口をすぼめて、田中は斜め上を見る。


 そんなふたりの話を、モハステチケスイマコは服の中に耳を作って聞いていた。


 ……嘘が下手ね祐輔って……わかりやすいわ……。


 そう思って、不安になる。


 ……話題を変えないと、千代島さんとはあまり接点ないと思わせた方が良いわよ、ってなんとか伝えられないかしら……。


「そんなことよりさ、レギュラー取れそうなのか、予選は応援しに行くからな」

「ああ……瀬古先輩もうまいからな、なかなか厳しいよ……」


 あっ話題を変えた。やるじゃないっ、でも……たまたまかしら……心配ねぇ……。


 ……1時限目は体育……たしか体力測定をするとか言ってたわね……目立たないと良いけど……。


 西山は重い足取りで更衣室へと移動していく。


「……苦手なんだよなぁ……どの測定も最下位だからなぁ」


 と田中に言って、しぶしぶ西山は更衣室へ向かっていった。


――ドレミファソラシド。


 早速始まった体力測定のシャトルランの音楽がグラウンドに鳴り響く。


 西山は軽いステップで折り返していった。


――ドレミファソラシド。


 これで、50回目っ。


 西山は笑みを浮かべる。


――ドレミファソラシド。


 これで100回目っ。


 おかしい、全然疲れないっ。前にした時は40回で限界だったのにっ、僕は走り続けているぞっ。


 西山が笑顔で周りを見ると、クラスの皆が注目しているのに気づいた。


 へへへ、運動はいつもクラスで最下位だからな、変だと思われているぞ、はははっ。


――ドレミファソラシド。


 もしかしなくても、これは奴の仕業だろうなっ、体力がすごいっ。


 西山がまだ残っている人を確認する。


 ……大岩しか残ってない。こうなったら1位を目指してやろうっ。


――ドレミファソラシド。


 これでっ、120を超えたっ。


 大岩が苦しい表情で隣で走る西山を見た。


 ……おかしい、西山の野郎、何でこんなに体力があるんだっ? 


 くそがっ、もうだめだぁぁあ……。


 大岩が限界を迎え、座り込む


 大岩の馬鹿がついに脱落したぞっ。ははは、ものすごい悔しい顔でこっちを見てやがる、くはははは。


 西山が、座り込む大岩を見て微笑む。


「ねぇ祐輔、目立つ行動はよしたほうが良いんじゃない?」


 右耳に急に聞こえてきたモハステチケスイマコの声に、西山は驚いてしまった。


 ……なんだよ…良い気分だったのに……話しかけるなって言ってるだろうが。


「なんなんだあいつ。運動できたのか?」

「なんで急に?」


 周りがざわざわと騒ぎ出す。


「平気な面で走りやがってる」

「それどころか、全然汗もかいてねぇ」

「なんか変じゃねぇか?」


 皆が、訝しい目で走る西山を見つめていた。


「周りの声が聞こえないの?」


 モハステチケスイマコが小声で言う。


 ……もうここらでやめといた方が良いな……。


 と西山は疲れたふりして走るのをやめ、皆から離れ、壁にもたれて座る。


「ふーっ」


 ……やっとわかったのね、調子乗りだわ……オリンピックとか目指せるんじゃないかとか言ってこないでしょうね……。


「祐輔、いつも通りでいないと……疑われたら終わりよ」


 モハステチケスイマコが小声で注意する。


「わかってるよ」


 西山も小声で返事した。


 ……ホントにわかってるのかしら……いつどこで、検査を受けろと言われるかわからないのに……。


 モハステチケスイマコが訝しい目つきで西山を見つめる。


 その後、両手反復横跳び、50メートル走、ハンドボール投げと、体力測定は続く。


 西山はなんとか目立たないように抑えたが、学年1位の記録を取り続けてしまった。


「あいつ、こんなにすごい能力を隠していたのかっ」

「さっき聞いたら、なんか鍛えていたらしいぞ」

「先生が言うには、全記録全国上位レベルだとよ」

「なんて奴だ、野球部に誘えよ田中っ」

「……ああ」


 モハステチケスイマコの訝しい目つきが、もっと厳しくなる。


「……祐輔、今朝のニュースで怪人が県大会で新記録を出して、バレて駆除されたってのがあったの覚えてる?」


 モハステチケスイマコが小声で言った。


「……うるさい、人に聞こえたらどうすんだ」


 西山は皆から離れながら、小声で応答する。


「それどころの話じゃないわよ、バカなの祐輔」

「分かってるって、ちょっとミスしただけっ」


 クラス中から熱い視線を送られながら、西山は全ての体力測定を終わらせた。


 ……うーん、困ったわ。クラスの皆の、祐輔を見る目が明らかに変わってしまっているじゃないの……。


 服の隙間から覗きながら、モハステチケスイマコが溜息をつく。


 ……あと大岩っていう怖そうな人が、さっきから睨んできてる……祐輔は気づいてないっぽいわ……。


「おい、とりあえず、実は黙って鍛えてた事にしておいたぞ……誤魔化しきれるだろう……いや、誤魔化しきる」


 西山が自分の体に向かって小声で話した。


 モハステチケスイマコは、またため息をつく。


 ……何をうまくやったみたいにしゃべってるのよ……。


 体力測定が終了すると、教師は余った時間にサッカーをするよう指示した。


 女子も早めに終わったらしく自由時間になり、テニスコートから金網越しに男子のサッカーを見始める。


 「よーっし良いぞ、俺へパスを寄こせぇ!」


 女子が見ているという事もあり、大岩が叫んでゴールへと走り込む。


 すぐにボールが弧を描いて、ゴール前に蹴り込まれた。


 大岩が高くジャンプしてヘディング。


――ガンッ。


 ボールは惜しくもバーに阻まれ、西山へと跳ね返ってくる。


「おっ」


 西山は空中に浮いてるボールにタイミングを合わせて、ボレーシュートを打った。


 ペナルティエリアの外側にいて距離はあったが、放ったシュートは空気を切り裂いて、ディフェンダーの頭を超えゴールへと向かって行く。


 そして横っ飛びしたゴールキーパーも手の届かない、ゴール右隅へと突き刺さる。


「キャーッ、決めたーっ」

「すごーっい」


 グラウンドの隣にあるテニスコートにいる女子が、金網越しに歓声を上げた。


「西山ってこんなにすごかったんだぁ」

「なんだろ、あいつってあんなにかっこよかったっけ?」

「私、さっきから、なんかドキドキしちゃってる」


 女子は皆、西山を見ていた。


 その事に、歓声を聞いて気づいた西山が女子達に振り返る。


「きゃあああ!」

「カッコいいぞぉぉ!」

「すごーい、西山くーん!」


 千代島さんも手を振って褒めていた。


 ……女子たちが、僕を……ふふふ……千代島さんまで……。


 ……なんか、嬉しいな――はっ!?


 とその時、西山は視線を感じてサッと振り向いた。


 そこには、顔を歪ませ睨みつけている大岩の姿がある。


「ちっ!」


 大岩がとんでもなく大きな舌打ちをした。


 ……あの野郎、調子づきやがってぇえええ!


 大岩が西山に背を向け、走り去る。


 ……怖いなぁ……だから目立たないようにしないと……ディフェンスに回ろう。


 そして西山はディフェンダーとして、相手フォワードに一度もシュートを打たせなかった。スライディングでボールをカット、前線へとフィードと活躍し続ける。


――ピーッ。


 教師が笛を鳴らす。


「終了ーっ。皆、並んでぇ」


 号令をかけた。同時に女子達も号令がかかり先に校舎へと帰っていく。


「では、チャイムが鳴る前に着替え終わるようにっ」


 教師がいくつか話をして、男子も解散させた。皆が着替えに教室に戻ろうとガヤガヤと歩き出す。


 その時、


 ……ん? 殺気っ?


 とモハステチケスイマコだけが気づいて神経を研ぎ澄ます。


「おい西山、ちょっと来いや」


 大岩が西山の肩を、乱暴に抱いた。


「え? なんだい?」


 西山は怖がる様子を見せないように、友好的な微笑みを見せる。


 クラスの皆が脚を止め、西山と大岩に注目しだした。


 田中が心配そうに見つめる中、


「おい、てめぇ! 調子乗りすぎじゃねぇか!」

「うわっ」


 西山は胸ぐらを掴まれて、顔を思いきり近づけられる。


「昨日、親父にうるさく言われてよ、大々的にはやれねぇんだ。ここでやられたことをしゃべんじゃねぇぞ」

「……何でうるさく言われたの?」

「どうでも良いだろ。誰かがまたチクったんだよっ」


 そう言うと同時に、西山の下腹部へと、大岩の右拳が下から突き上げられる。


 全力で不意を突いたパンチだった。


 ……ふっふっふ、これを食らって立ってたやつは今まで……いねぇ……。


 ……普通なら……無防備になっていた腹に拳がめり込んで、膝から崩れ落ちる……はずなのに……。


 大岩は、眉一つ動かさず平然と立っている西山に戸惑ってしまった。


 そして、西山も戸惑っている。


 何もダメージがなかったのだ。


 何こいつ、誰に喧嘩売ってんの?


 モハステチケスイマコが西山の体を、人の姿を保ったまま戦闘体勢に作り替える。


 ……10%解放したわよ、さぁ祐輔、やっちゃいなさいっ。


「こ、この野郎っ! 死ねぇやぁぁあ! おらぁっ、おらおらおらっ!」


 大岩は、西山の腹を何度も何度も殴る。。


 脚を踏み込み、ぐっと固く握った拳を全力で叩きこんでいった。


 ……あれ? ……ぜんぜん痛くない……。


 西山はボケーっと、勢いよく自分の腹を殴る大岩を見つめる。


「て、てめぇっ、なんだそのふざけた顔はぁ!」


 大岩が胸ぐらをグッと掴んだ。同時に、右ストレートが西山の鼻に炸裂する。


 ……えっ、痛てぇぇぇぇぇ!?


「うがぁぁあっ!」


 西山は痛みに声を上げた。


「はははははは。やっと素直になってきたかぁっ、はははははは」

「ごめんなさい、許してくださいっ」


 西山は反射的に謝った。


 ああ……なんだよ、普通に痛いじゃないかっ。


「いまさら謝っても遅いわ!」


 大岩が拳を振りかぶる。右ストレートがもう一度、西山の顔面へと飛んできた。


「ああああっ」


 西山は咄嗟に、身を守ろうと大岩の右腕を掴んだ。


「えっ?」


 大岩が目を見開き、掴まれた腕を見ている。


 なっなんだ、まったく腕が動かねぇ……。


「やめてくださいっ」


 西山は大岩をドンっと、もう一方の手で押した。


「ぎゃあああああ!」


 大岩が突き飛ばされ、3メートルほど飛んで地面に倒れる。


「ああ、ぐああぁぁ……」


 大岩はうんうん唸り、押された腹部を押さえて蹲っていた。


 ……なんだ? ちょっと押しただけで……。


「蹴とばしてやんなさいよ、まだやられた分は返してないわよ」


 モハステチケスイマコがささやいた。


「……目立たない方が良いんじゃないのかよ……」

「こういう時は良いのよっ」

「なんだよそれ……」

「私の力があるのよ、こんなザコ、相手にもならないわ。なににさっきから怖がっちゃってさ、情けないっ」

「……」


 西山は蹲る大岩を見た。そして今まで見てきた、大岩にやられた被害者の人達を思い返す。


「てめぇ! 良くもやりやがったなぁ!」


 大岩が立ち上がり、右拳を振り上げ、西山へと襲い掛かった。


「ほら、蹴飛ばしなさい、祐輔」

「……おりゃぁっ」


 西山は突撃してくる大岩へ、さっきのボレーシュートの要領で蹴りを放つ。


 格闘技経験のある大岩は、丸見えの西山の蹴りを簡単にガードした。


――何だこんな蹴り、このまま脚を掬って転がしてやらぁ!


 と大岩が、ほくそ笑む。


 しかし次の瞬間には顔が引きつっていた。


――あれっ? 重いっ!?


 西山の蹴りは止まらず、ガードした腕ごと大岩のわき腹を強く蹴り飛ばす。


「うごおぉぉお!」


 大岩の体が宙に舞う。5メートル先で地面に叩きつけられ、大の字に倒れたまま動かなくなった。


「良いわね、やるじゃない」


 モハステチケスイマコが嬉しそうにつぶやく。


「おーっ」

「すげーっ」

「やるなーっ」


 見ていたクラスの男子が歓声を上げた。


「なんだよあいつ、めっちゃ喧嘩強いのかよ」

「見直したぜ、あいつの事」

「ああ、あいつってすごかったんだな」


 ざわざわと騒ぎ出す。


 西山は、ボケーっと大岩を眺めて続けて、歓声には無反応だった。


 モハステチケスイマコが、そんな西山を襟口から静かに見つめていた。


 ……祐輔……自信がないのがいけないわね……。


 西山をじっと見つめる。


 ……今ので自信をつけてくれたら良いんだけど……。

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