3.宿でスープの勉強
カリカリカリカリ……
「よし、冷製スープに相性のいい素材と作り方は大体覚えた。次はフルーツ系の種類と効果を覚えつつ、スープ作りに必要な道具を並行して暗記してと」
カリカリカリカリ……
俺がクズ共に学園を追放されてからもう4日が経過した。
今はテルリア王国の北の街、ガダルシャのボロ宿に泊まって、ひたすらスープの勉強中だ。
この宿はなんと銀貨5枚で飯と風呂付き、一晩泊まれるという破格。
ただ、木のベッドはギシギシいうし、部屋の色味も悲しい……(ちょっとホコリもある)。
飯は食用草を炒めて味付けしたものや魚料理が出されるが正直味は微妙……。
ただ、立地はいい。
北の草原まで距離が近いので、狩りで体は訛らない。
だから、ガマンガマン。
泊まれるだけ感謝だ。
「そういや、スープこと勉強してて思うけど、知らないことばっかだな……」
白術学園の昼食で出されるスープの味はどれも美味とは言えないものだったので、正直俺はスープに対してあまり関心がなかった。
しかし、勉強してみると、どの素材を合わせるのか、どれくらい素材を煮込むのか、どのように素材を活かすのかなど、スープは奥が深くて面白い。
「……あの野郎共、スープを粗末にしやがって」
クラスメイトにかけられたスープで熱傷を負った右腕が痛む。
俺の魔法ならこんなもの簡単に治せるのだが、痛みを忘れないために俺はあえてこの傷を治癒しないことにしている。
「……駄目だ、勉強勉強」
そうだ、冤罪で生徒を追放するクズ共のことなんて考えるな。
辛いことがあっても、努力すれば必ず報われる。
そう信じるんだ。
今は辛くても、必ず歩いてきてよかったと思わせてくれる光は待っている。
俺はそうしてこれまでの人生を生きてきたのだから。
☆★☆★
この俺、ガレッダ・イグレウスは、ミガルシャ村という小さな村に生を受けた。
緑豊かで長閑なミガルシャ村ですくすく育ち、友達も仲良くしてくれる村の仲間も沢山できた。
ただ、8つくらいになった時から、俺は周りより劣っていることを悟り始めた。
魔法、剣、勉強などを楽々とこなす友達を横目に、俺はせっせと剣を振るだけで精一杯だった。
段々父は俺の出来の悪さに苛立っていき、母さんは父に恐怖していた。
俺は1人息子だから、立派な跡取りにしようと焦ったんだろう。
父は無理矢理俺を名門の白術学園中等部に入学させようとするが失敗。
失敗の原因は、俺が入学試験でボロボロだったから。
魔法の才もない、力もない、頭もよくない奴が名門に入ることは叶わなかった。
「そんなんじゃ立派な大人にはなれんぞ!! 何が何でも白術学園高等部に、外部試験で入学するんだ!! お前に特別な才能はないから、死ぬ気で努力するんだ!! 分かったな、ガレッダ!!」
父親にそう怒鳴られ、俺は勉強や修行をせざるを得なかった。
その日から村ではただ必死に食らいつくように勉強や魔法の練習をした。
そのうち村では大人しいつまらないやつというイメージが定着し、徐々に俺は1人になった。
しかしそんな苦しい日々に耐え、努力の甲斐あって白術学園高等部へ合格、入学することができた。
村の人間は出世頭だと皆大喜びで俺を囃し立て、父も猫撫で声で俺を甘やかした。
その時初めて、俺は努力して何かを成し遂げることの喜びを覚えたのだ。
それから白術学園に外部で進学し寮生活へ。
俺は学園で死ぬほど努力した。
毎日朝早くから夜遅くまで必死に勉強、修行。
娯楽や休みはない。
必要なかった。
いや、そんなこと考える暇もなかった。
俺はとにかく自分を高めたかった。
必死に、必死に、必死に自分を高め、それで自分を保っていた。
そして名家出身でもなく、才能のない俺は第2学年にして血を吐くような努力で首席まで辿り着いた。
努力だけで首席に辿り着いた俺を尊敬する奴もいれば、疎む奴もいた。
俺を尊敬する奴はラディム、リリア、後輩達など。
疎む奴は、家柄でのし上がってきた第1学年首席のアガルダ・セーヴァンや一部上層部の人間など。
特にサーラム学園長は俺のことを嫌っていたように思う。
別に俺もサーラム学園長のことが好きだったわけじゃないけど、少しくらいは努力を認めてほしかったもんだ。
平凡な家の出である俺が首席を取ったことが気に入らないらしい。
まあ、家柄が平凡で首席の人間は俺が初らしいからな。
アガルダ・セーヴァンは、俺とは真逆の世界を生きてきた人間だ。
全ての才能に満ち溢れており、家も名家。
セーヴァン家といえば、昔からその名を轟かせる魔法の名家だ。
父は白術学園のOBで現最高経営責任者。
あいつが俺を退学させるにあたり、父親絡みのなんらかの権力を行使したことは間違いない。
アガルダに父親が協力したということは、おそらくあいつの父親も、俺の成り上がりを見て疎ましく感じたのだろう。
自分で言うのもアレだが、名家出身の第1学年首席のアガルダより、平凡な出の第2学年首席の俺の方が何かと話題になることが多かったからな。
まあ、あいつらはそのうち痛い目に遭う気がする。
今は放っておこう。
――コンコン!!
感傷にふけっていると、部屋の木の扉がノックされた。
「おーいあんた、入るよ?」
「どうぞー」
扉の向こうには、宿主のおばさんがいた。
「あんたが討伐した巨大鳥の肉やら皮やら爪が届いたよ。魔物処理ギルドのほうで小分けにされてね」
「ああ、ギルドに解体を頼んでた
「やれやれ……長年この宿やってきたけど、あんな巨大鳥片手で引っ提げてくる奴は初めて見たよ。1人で討伐したんだろう? あんたのその実力、一体何者なんだい……」
「はは。まあ、それなりに厄介でしたからね」
あれは2日前。
ちょうどこの宿に泊まってすぐだったか。
北の草原に
既に何人かが
巨大な呼吸器官が蓄えられた腹を利用し、口から風を吹いたり、のしかかり攻撃をしてくるデブ鳥だ。
性格はマスコットキャラ的見た目に反してわりと獰猛で、旅人を襲ったりもする。
誰も討伐出来そうになかったので、俺がサッと討伐して持って帰って魔物処理ギルドに解体を頼みに行った。
早めに狩れてよかった。
もう少し出遅れていたら、名の知れた玄人達が狩っていただろうからな。
「あんた、まだしばらくここにいるのかい?」
「はい、あと3日くらいは」
「そうかい。じゃあこの素材はウチで冷やしといてやるよ」
「お、それはありがたいです。じゃあ3日間保存よろしくお願いします」
「あいよ。あんたスープの店を開きたいんだって? 夢叶えるために勉強頑張りなね」
「ありがとうございます、おばさん」
そういうと宿主のおばさんが出ていった。
寝床飯風呂付きで銀貨5枚っていう破格なんだからもう少し冷たいのかと思ったら、普通にいい人だった。
世の中悪い人ばかりじゃないな。
「まあ、この宿もよーく見てみると味があっていいな」
木の引き出し、ベッド、謎の女の絵、花瓶、本棚。
シンプルな調度品が並べられたこの部屋は、改めて見ると意外と悪くない雰囲気だ。
本当にさすらいの旅人になった気分。
「さて、勉強勉強っと」
店を開くにあたり、やはり人並外れたスープの知識は必須。
そして1人で店を切り盛りするとなれば、素材の生息場所、捌き方、処理なんかも学ぶ必要がある。
少し荷が重いが、新たな生活を想像すると自然と手が進む。
今度こそ、俺は幸せになる。
最高の人生を送る。
それを想像すれば、どんな困難でも乗り越えられそうだ。
こうして俺は宿に滞在する間、ただひたすらスープの勉強をし続けたのだった。
追加:何故か最後の文がスープ→ポーションに変換されてたので修正しました。
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