2.第二の人生はスープ職人

 白術学園の門を潜って早半日。

 俺は白術学園のあるテルリア王国の最北の街、ガダルシャを意味もなくふらふらと歩き回っていた。

 所持品は銀貨や缶詰食糧にスープ、水なんかが大量に入ったバッグに、リリアに持たされたいくつかのポーション、替えの麻の服、ラディムに渡されたいくつかの娯楽の本と地図。

 決して余裕があるとは言えない。

 

「さて……学生から、晴れてニートになったわけだが……」


 成り上がるとはいったものの、これからのビジョンを見通せない。

 一体俺は何をして生きていけばいいんだ。

 いや、そもそも俺は生きていけるのだろうか。

 

「……まあ、取り合えずするか」


 でも、アレがやっぱ体に染みついてるんだよな。

 アレをしないと違和感を感じる。


「ガダルシャの大門をくぐれば大草原がある。そこでいいや」

 


 ☆★☆★



「オラオラオラオラオラ!!!」

「ギグエーッ!!!」


 ガダルシャの大門付近に広がる大草原、そこにはスライムやら小型ドラゴンやら魔物が生息している。

 俺はそいつらを適当に狩っている最中だ。

 

「オラ!! オラオラオラ!!」

「ギギャッ!!」


 こいつらは人に害を与えるので、一般的には近づかないほうがいいとされている。

 けど、俺は別段問題ない。

 

「ふーっ……」


 獲得:シビれスライム×17体


「結構湧くもんだな。さっき試しに幸運のポーション+3を飲んだからか? 効果あるもんだな」


 何故狩りをしているかというと、鍛錬の為だ。

 けっして腹いせの為ではない。

 俺は白術学園に入学して以来、毎日欠かさず鍛錬をしている。

 俺のような才能なしが金に物を言わせる貴族達や才能マンに追い付くには、努力しかなかったからだ。


「グガオッ!!」

「うおっ!! 岩の大盾ロックシード!!」


 ガガン!!

 

 突然4メートルくらいのフェーブルドラゴンが飛び出してきたので、防御魔法で攻撃を受ける。


「悪い、凍らせるぞ。氷銃アイスガン!!」

「ギギャッ!!」


 獲得:氷漬けフェーブルドラゴン×1体


 よし、討伐完了。

 そういやつい最近までテスト期間で、最近実践演習なんてしてなかったから腕が鈍ってるな。

 シールドで受けるのは無駄な動作だ。

 すぐに気配を察知後、即座に凍らせる流れに持っていけばよかった。

 反省だな。


「おい、そこの青髪の君。君は一体何者だ……?」

「ん?」


 俺が1人寂しく狩りをしていると、草原にいた狩人に声を掛けられた。

 髭が素敵なおじさんだ。


「一瞬でドラゴンがカチコチに凍ったぞ。その魔法の精度、とてつもないな」

「あー、ありがとうございます」

「魔法は独学で?」

「いや、魔法学園です。退学になりましたが」

「おお、それは気の毒に……どこの学園だ?」

「白術学園です」

「な……まじか!?」

「ええ。まじです」


 まあ、白術学園といえば王国最難関の魔法学園だからな。

 皆の憧れとなっている学園なので、このお爺さんが驚くのも無理ない。


「てことは、凄い名家出身なのか……? どこの家の御令息で?」

「いいや、俺は貴族の出でもないし名家の出でもない。金持ちでもないですよ」

「え……? でも、白術学園って大体はいい家柄の子供がいくんじゃ――」

「まあね。でも俺は少しイレギュラーなんで。だから干されたのかもしれませんが」

「そうか……君の魔法には感動した。これを」

「ん?」

魔法式収納箱マジックボックスだ」


 魔法式収納箱マジックボックス

 よく旅人とか狩人が使うアイテムだ。

 四角い小さなキューブ状になっているが、魔力を流すと大きなボックスに変化する。

 狩った獲物や採取したアイテムを詰め込み、再びキューブ状に戻して運べる優れもの。


「売ってくれるんですか? どれくらいの銀貨を出せば?」

「いいや、タダでやろう」


 おお……。

 このお爺さん、太っ腹すぎないか?

 アガルダや校長みたいなクズより、こういう人が幸せになればいいのに。


「え、いいんですか?」

「ああ。君は大物になる気がするよ」


 このおっさんは何故か俺に期待してくれてるらしい。

 まあ魔法の精度にはそこそこ自信あるが、そこまで感動してくれたとは。


「ありがたいです。俺も何かお礼を」

「いいよ、構わん。これからも頑張ってくれたまえ。君、名は?」

「ガレッダ・イグレウスです。よろしくお願いします」

「イグレウス君か。覚えておくよ。おじさんと長話は疲れるだろう。それじゃ、また」

「はい。魔法式収納箱マジックボックス、本当にありがとうございます。またどこかで」


 おじさんは魔法式収納箱マジックボックスを俺に渡すと、そそくさと草原を歩いて行った。

 

「……悪いことがあれば、いいことも巡るもんだな」


 なんとかプラス思考。

 けど、アガルダ……あの野郎の顔を思い出すと、容易く胸が黒焦げになる。

 なんとかギャフンと言わせてやりたいが……それだけを考えて行動するのは奴の思う壺だ。

 

「まあ、とにかく戦利品でも整理するか」


 小さなキューブの魔法式収納箱マジックボックスに魔力を流し、巨大なボックスへと変化させる。

 その中に、今日狩った素材を詰めていく。


「シビれスライムが大量……あと、フェーブルドラゴンは持ち帰って爪とか肉とか鱗、皮に分けるか……」


 俺は座学や実戦でも優秀なほうではあったので(一応総合で首席だし)、魔物の処理や捌き方の知識も技術も、プロレベルではないものの持っている。 

 自炊なんかは特に問題なさそうだ。


「あとは、ボックスにポーションも入れとくか……」


 リリアに持たされたポーションは数種類ある。


 幸運のポーション+3(ゴールドランク)×1

 眠気覚ましのポーション+2(ブロンズランク)×2

 空腹緩和のポーション+2(ブロンズランク)×2

 毒耐性のポーション+2(ブロンズランク)×3

 回復のポーション+2(ブロンズランク)×3

 

「……見事にワケありセレクトだな」


 空腹緩和とか眠気覚ましとか、窮地に陥っている前提なのか……。

 

「そんで、スープか。これは市販のスープだが、あいつらの優しさが胸に染みて美味しいな。何杯でも飲めそうだ」


 リリアはやはり優しい。

 あいつとラディムの優しさに、俺は救われる。 

 俺あは二人が持たせてくれた、アランの実のスープを自身の魔法で温めて飲んでみた。

 美味い、豊潤な柑橘の香りに甘さが際立つ。

 ……冤罪でクラスメイトにかけられたスープはあんなに哀しい味がしたのに、人の優しさで飲むスープはこんなにも美味いのか。


「……スープ。スープ、か」


 貰ったスープの粉を眺めていると、ふと俺はあることを思いついた。

 スープって、俺にも造れないだろうか。

 俺は仮にも首席。

 人一倍魔法の知識や魔物の知識、素材の知識もある。

 幸い貯めておいた銀貨もある。

 そして、俺は勉強が好きだ。

 スープの勉強も、白術学園で首席をとるよりは簡単だろう。


「……あれ、いけんじゃね?」


 ひょんな思い付きだが、実際俺は興奮していた。

 自分のスープの店を持って、自分の居場所をつくる。

 きっとそれは、ウンザリしていた権力争いとは切り離された生活だ。


「うん……やってみたい。やろう、やってみよう」


 俺は決断力があるほうで、やると決めたらすぐに行動するタイプだ。

 

「まずは資金の確認、土地の物色……と、その前に、店の名前か」


 店の名前。

 カッコよくしたりカワイくしたりするのもいいが、俺はやはり――


「ガレッダ・スープハウスだな」


 自分の名前を店名にしたい。

 いつかでっかくなったら、あいつらを見返してやれる。

 そうだ、このままで終わってたまるかよ!

 俺としたことが、少し人生諦めムードになっていた。

 第2学年首席として、第1学年首席のアガルダ・セーヴァンには負けられない。

 絶対に負けてたまるか。


「アガルダよ。お前は少し俺を舐めすぎだな。お前には負けねぇ。絶対、絶対だ」


 これまで、俺は努力で遠い夢を勝ち取ってきた。

 今回もやることは今までと変わらないはずだ。

 

「……学園は追放された。地位は失った。……でも、それでも始めよう。また1からコツコツと。第2の人生は、最高の人生を送ろう。リリアとラディムがそうしてくれたように、俺も誰かの心を満たせるようなスープを作りたい」


 学園を追放されたその日、俺はスープ職人になって自分のスープの店を開き最高の人生を送るという夢を持って、第2の人生に向けて進み始めたのだった。

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