1.冤罪と学園追放とスープ
俺の名前はガレッダ・イグレウス。
王国最大の魔法学園、
努力して魔法学園首席にまで登り詰めた俺の地位は、たった今一つの密告により崩れ去ろうとしていた。
「複数の女子生徒への暴行。以上の理由を持って、イグレウス君。君に退学勧告を言い渡す。できればこの勧告に従って学園を去るのをお勧めする。既に学園の生徒達に君の悪行は知れ渡っているだろうからね」
「はい?」
「本当に残念だ。第2学年首席ともあろう君が、何故こんなことを……」
「いやいや、サーラム学園長。複数の女子生徒への暴行? いや、俺は何もしていないんですが? 何かの間違いでは?」
「いいや、確かにはっきりとこの目で見たよ。魔法鏡に君が犯行に及ぶ瞬間が映っている」
「ふーん。……じゃあ、それ見せて下さい」
「構わん。――アガルダ君!! 入りたまえ!!」
アガルダ、という名に冷や汗をかく。
まさかこの虚偽の報告はアガルダが?
アガルダ・セーヴァン。
かつて俺を心から信頼していると言ってくれた、第1学年の後輩だ。
「こんにちは、アガルダです。はい、サーラム学園長。魔法鏡、ですね?」
「ああ。イグレウス君がまだ罪を認めようとしないのでね」
「それは残念です。さっさと罪を認めればいいものを」
「……アガルダ。てめぇ、一体どういうつもりだ?」
「僕は失望しましたよ、ガレッダさん。第2学年首席のあなたともあろうものがこんな下らないことを……」
心底残念そうな顔を作ってみせるアガルダ。
だが、俺だけにはその顔が真っ赤な嘘で塗り固められたものだと分かる。
だって俺は、複数の女子生徒への暴行など全く身に覚えがないのだから。
「魔法鏡をご覧下さい、ガレッダさん」
「ああ。見せてくれ」
魔法鏡は、日常の瞬間を鏡の中に記憶として残しておける。
俺はその魔法鏡に映った映像を凝視した。
成る程、確かに俺は魔法鏡の映像の中で、女子生徒への脅しと暴行を行っている。
ふざけるな、俺の方が強い、お前ら如きが逆らうなと叫び散らかしながら。
これが事実なら確かに退学案件だろう。
ただ――
「サーラム学園長。あなたはこの魔法学園の名門、
「何……? 魔法のデータ、つまり魔力を読み取れば、君が暴行を働いた日時、場所、時間が詳細に分かるが」
「はあ……。たかだが第1学年の生徒が造った嘘の魔法鏡を見抜けないとは……あなたは――」
ん?
この魔法鏡、魔力に違和感がある。
……いや、違う。
何だ、この魔法鏡に流し込まれている膨大な魔力は。
こんな魔力の魔法鏡、今のアガルダには到底造れない。
まさか――
「アガルダ……お前まさか」
俺がアガルダを睨むと、アガルダはササッとこちらへ急接近。
そして耳打ちで嬉しそうに俺に囁いた。
「びっくりでしょ。この魔法鏡ね、少し、
「それで学園長を騙したのか」
「ええ。あ、あとこれ学園のジジイ(サーラム)にはナイショでお願いします。工作をしたらあのバカまんまと引っかかったみたいだけど、気付かれたら僕が退学になっちゃう。可愛い後輩のことは先輩も売れませんよねぇ?」
「お前……やりやがったな」
アガルダは黒だった。
どうやら、俺を貶める為に学園長に虚偽の申告を行ったようだ。
途端に義憤を感じるが、それ以上に思ったのは――
「何故だアガルダ。お前は第1学年の首席。なのに何故こんなことを」
「だからですよ、
「呼び捨てか、いい度胸だなアガルダ。お前、そんなことの為に俺を」
「
「お前、いつからそこまで腐ったんだ。一緒に魔法の練習をした時も、飯を食ってる時もそんなこと考えてたのかよ」
「さあねぇ。いつからって、ずっとじゃないですか? クスクス」
滑らかな黒髪を整えながら陰惨な笑みを浮かべるアガルダ。
駄目だ。
腐っている。
アガルダ・セーヴァンも、こんなので生徒を退学にするこの学園も。
「サーラム学園長。俺には分かります。この魔法鏡は偽物です。これは――」
「それもアガルダ君から聞いている。イグレウス君は、必ずそれを理由に挙げて罪を逃れようとするとね。君程の実力の魔法士だ。説得力は大いにある」
「はあ? じゃあ何故アガルダのことを信じるんです!?」
「……入りたまえ」
サーラム学園長がそう呟くと、学園長室のドアから1人の女子生徒が学園長室に入ってきた。
「あ……アガルダさん……この人です……私、この人に殴られました! 間違いありません」
「そうかい、それは辛かったね。安心したまえ。君は何があっても僕が守るよ、だから安心して」
……何だ、この茶番は。
俺は今にもこいつらに向かって魔法をぶちかましてやりたいが、すんでのところで魔法を押し込める。
「見たまえイグレウス君。実際に女子生徒が怯えているではないか。痣もある……ちょうど、殴られた右頬に」
「サーラム学園長、あなたも堕ちましたね。こんなの茶番だ。その女もどうせ金で買ったんだろ、アガルダ」
「ッ――ひどい!! なんてこと言うんですか……」
俺がそう言うと、女子生徒は突然涙を流し始めた。
甲高い声でしくしくと泣く女子生徒に俺は辟易する。
「うわぁお……ここまでクズだとは。驚きだなぁ。もういい、早く去ってください、クズ野郎」
「罪のない女子生徒に対してなんという言い掛かりだ、イグレウス君……もういい、さっさと学園を去りたまえ」
「……サーラム学園長。本当に俺を退学させる気ですね。あなたが俺を嫌っているのは知っていました。俺はあんたの嫌いな平凡な家柄の出ですもんね、こういう機会があるのを狙っていたか」
「今更何を言っても変わるまい。この際言わせてもらうと、君がいると白術学園の品位が落ちる」
「……この選択、後悔しないで下さいね」
「するわけがなかろう」
自慢げに品位を語ってるけど、俺の中ではテメェらに品位なんてもうないが……。
駄目だ、こいつらは腐ってる。
本当に腐っている。
俺はこいつらの望み通り、学園を去ることにした。
無言で学園長室を去ろうとした時、再びアガルダに耳打ちをされた。
「あーあ。ここを退学になったら、あなたはどう生きていくんですかねぇ……努力が取り柄なのに、努力できる場も与えられないなんて……」
「クスクス……ちょっとアガルダさん、言い過ぎですよ。いくら平凡な家の出だからって可哀想」
アガルダと女がクスクス笑う。
だが、俺はもう気にも留めなかった。
☆★☆★
俺が自分の教室で荷物を整理していると、クラスメイトの視線は殆ど俺に集まっていた。
怯えるもの、面白がるもの、憐れむもの、憤るもの、同情するもの。
色んな感情が錯綜している。
サーラム学園長の言っていた通り、既に俺の悪行は生徒に知れ渡っているらしいな。
「おい、あの噂マジだったのかよ……女殴ったって」
「退学するんだから本当じゃない……?」
「多分色々抱え込んでたんだよ。首席の重圧なんて計り知れないぞ。あのメガネの奥にはきっとストレスが溜まってんだ」
「でも、だからって女の子を殴るのは駄目でしょ。格好悪いし最低よ」
「でも、退学は流石に可哀想じゃね? せっかく首席なのに勿体ない……」
ヒソヒソヒソヒソと、クラスメイトは俺を見て呟いている。
自分の目で事実確認もしないで、よくもまあここまで言えるもんだな。
もういい。
退学手続きはあいつらが勝手に進めているだろうし、さっさと消えよう。
もういい、疲れた。
教室を出ると、廊下に仲良くしていた後輩数人や友達が待っていた。
特に、同級生で友人のラディムとリリアは目に涙を浮かべている。
「なあガレッダ。俺は、お前を信じてる……お前は絶対あんなことしてない。だから、もっかい抗議しに行こう。お前の努力は俺達が知ってる」
「ガレッダ、私はずっとあなたの味方。何処に行っても必ず応援するから。もしここからいなくなっても、手伝えることがあればすぐにでも駆けつけるから」
世の中には、闇があれば光がある。
闇はアガルダや学園長で、光はこいつらだ。
「ラディム、リリア、後輩達よ。大丈夫、俺はお前らまで巻き込みたくないから。俺のことは気にするな」
「ガレッダ……お前」
ああ、まだずっと、優しいこいつらと一緒にいたいな。
でも、俺1人で学園の闇に立ち向かうことは出来ない。
こいつらの行く先を思えば、犠牲は俺だけでいい。
俺は俺の仲間を守る為に、俺を犠牲にする。
ほんとは笑える状態ではないが、涙の別れなんて寂しすぎる。
だから、俺は笑顔でこいつらに最後の言葉を告げた。
「お前らは、無理せず程々に生きろよ? あんま頑張りすぎっと、俺みたいに目付けられちまうからな。――んじゃ、またどっかでな。ラディム、リリア、後輩達よ、どうか元気で。学園のクズには気を付けろ」
すすり泣く後輩達とラディムとリリアを残して、白術魔法学園第2学年主席の俺ガレッダ・イグレウスは白術魔法学園を去ろうとした。
その途端、俺の頭上に冷たい液体が直撃した。
塩辛い味、この味は何度も味わったことがある。
この学園で昼食に出されるスープだ。
「あ、手が滑った!! ごっめーん、犯罪者君!」
「ちょっと、やりすぎよ……クスクスッ」
……どうやら俺はクラスメイトにスープを投げつけられたようだ。
――このスープの味は、一生忘れることはないだろう。
待っていろ、俺はこんなところで終わらない。
これからどんな手段を使ってでも、成り上がってやる。
俺はそう誓い、足早に教室を出てこの学園を去ったのだった。
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