4.おじいさんとスープハウス

「んじゃ、おばさん。色々世話になりました」

「いいんだいいんだ。あんたの根性に私ゃ惚れたよ」


 宿にお世話になって数日経った朝。

 今日、俺は宿を去る。

 根性とは、俺が宿に泊まっていた間ずっとスープの勉強をしていたことを言っているのだろう。


「ありがとうございます。自分の夢の為ですから、その為なら頑張れます」

「スープハウスを開いて、世界中をスープで笑顔にしたいっていうあんたの夢は必ず叶う。最高の人生を送るんだろ?」

「ええ。――必ず」


 昨日の夜、俺は共に晩酌していた宿主のおばさんに自分の想いを話した。

 スープ職人になって自分の店を持ちたいと。

 これからの人生は幸せに生きたい、人を幸せにしてもう人生を後悔したくないと。

 そしたらお互い大分熱くなってたみたいで、おばさんと意気投合。

 夜深くまであれやこれやと語り散らした。


「あんたなら出来るさ。寝床に困ったらウチを頼りな、格安だよ。つっても、あんたなら何とかしそうだけどね」

「ピンチになったら頼らせてもらいます。ご飯も寝床も最高でした」


 最初は魚や野菜メインの栄養志向な飯もギシギシいう木の寝台も不満だったが、慣れてくると意外と心地よくなった。

 旅人感があって俺は好きだ。


「それじゃあね……」

「はい。それじゃあ、泊まりに来た時にまた会いましょう」

「最後に、もう一度名乗っておくれ」

「はい。俺の名はガレッダ・イグレウス。最高のスープハウスを造って最高のスープ職人になって、最高の人生を送る男です」


 俺が名乗ると、おばさんはニコッと微笑。

 そのまま振り向き、手を振って宿の中へと帰っていった。


「いい人だったな。……学園を出てから、何だか人に恵まれてる気がするな」


 やはりこの世界は優しい人も多く、捨てたもんじゃないないな。今の所は順調。


「けど、これからどうするかなあ。宿を転々とする生活か。学園生活で貯めてた銀貨でその生活は半年くらいは出来そう。でも、そっからどうするかって話だ。やっぱ自分の拠点を持たないと厳しいだろうな」


 宿を回ってその日暮らし。

 そんな堕落した生活を、長い人生の中で経験しておくのもありだな。

 ……それは言い訳か。

 ちゃんと自分の居場所を探そう。


「まあ、とにかく歩くか」


 とにかくテルリア王国の街を歩こう。

 ずっと大量の本と共に宿に籠ってたしな。

 外の空気を吸って気分転換。


 王国内はやはり綺麗だ。

 清潔感のある噴水や、緑の芝生の道や石畳の道、行き交う獣車、立派な屋根の家、玄人が構える商店、奥の王都に聳える城。

 目が喜んでいる。


「ああ、でも何かあの宿の小汚さが恋しい」


 街は綺麗だけど、何故かあのボロ宿が恋しい。

 やっぱ綺麗なものばかりが素敵ってわけじゃないんだな。

 嫌なことがあったら、あの宿に泊まりに行こう。


「まあ、久々の外は悪くないな。長閑のどかで」

「――――い」

「鳥がさえずる」

「――――い!」

「虫のチロチロって鳴き声も素敵」

「おーーい!!!」

「おじいさんの叫び声も……って、叫び声?」


 俺の耳は外の長閑な自然音を堪能していたはずだが。

 何だ何だ、この大声は。

 何か走ってくるぞ。


「おーーーい!! 君が、ガレッダ・イグレウスかい?」

「え? ……誰、だ?」


 街の空気を吸っていたら、突然前の道からドタドタと白髪のおじいさんが走ってきた。

 誰だこの人?


「ハア……ハア……疲れた」

「でしょうね」


 全速力も全速力で走ってたぞ。

 そりゃ疲れるわ。

 おじいさん大分元気だな。


「君がガレッダ・イグレウスかい?」

「ええ。俺はガレッダ・イグレウスです。よろしくお願いします」

「そうか、よかった。無造作な濃い青髪に丸い黒のメガネ、そして176センチくらいの細身だがガタイがいい男。情報通りだ」

「情報……? なんですか情報って」

「そうだな。まずは私の自己紹介をさせてくれ」

「そうですね、怖いので是非してもらいたいです」


 正直怖いんだが……。

 情報って、学園関係か?

 だとしたら俺は走って逃げるぞ。

 もう俺から何も奪うな、白術学園よ。


「私はジムテスの友人の、ウッズだ。よろしく」

「ウッズさん、よろしくお願いします。……で、もう少し具体的には?」

「おお!! これはすまん、名前で自己紹介に満足してしもうた」

「ええ……」


 ウッズさん、そこでストップしちゃ駄目でしょ……。


「私は最高に情に厚いジムテスの友人の、ウッズだ」

「いやそこじゃない!! あの人はいい人ですが、重要なのは多分そこから先なんですよね!!」

「おお、そうだ!! ジムテスは知ってるかい?」

「ジムテスさんは、俺が泊まった宿のおばさんですね。知ってます。先程まで泊まっていましたから」

「それは知っている。ジムテスと魔法鏡を通じ、連絡を取ったからね」

「ジムテスさんと? あの、それって俺について情報共有したってことですか」

「ああ、そうだ」


 俺はあからさまに顔を引き攣らせた。

 何故、何のために客の情報共有を?

 警戒しなければ。

 俺は魔力を体に巡らせた。


「安心してくれガレッダ。私は君の夢の為に君に会いに来たんだ」

「俺の……夢の為?」


 俺の夢とはつまり、スープ職人になりたい、自分のスープハウスを持ちたいという夢のことだろうか。

 ジムテスさんには話したが、その話を共有したのか。


「ああ。自分の店を持ちたいのだろう」

「そうです。その為に今は色々行動してるとこですよ」

「なら、少し私の提案を聞いてくれまいか」

「提案?」

「ああ。君は今どのくらい資産がある?」


 資産か。

 コツコツ貯めていた金があるから、まあ1500銀貨くらいはあるな。


「1500銀貨くらいはありますが。でもそれが俺の全てです。そこから生活費なんかが引かれるから、まあ余裕があるとは言えませんね」

「それだけあれば十分だよ!!」

「十分とは?」

「本題に入ろう。私は昔色々やっていて、土地や家を持っていてね。このテルリア王国の辺境の南の都市、セルノルに大きめの別荘を持っているんだ」

「ああ、セルノルにですか。あの観光とかで有名な。それはオシャレですね」

「ああ。まあ辺境だから、栄えてる場所ではないんだがね」

「ええ。セルノルはテルリア王国の都市の中ではかなり田舎……いや、自然豊かだと思いますね。で、そこの家がどうしたんですか?」

「そう、これが提案なんだが……セルノルにある私の大きな別荘を格安で貸すから、スープハウスを開いてみないかい?」

「え?」


 これは思いがけない提案だ。

 俺が一番頭を悩ませていた、店を構える土地を何処にするか問題の解決につながる。

 

「別荘を貸すと言っても、ほぼ君の家になるだろう。家は好きに使ってもらっていい。改造しようが何をしようが君の勝手だ。自分の住みやすい、やりやすい店にすればいい」

「いや、待ってください。何故俺にそこまで? 格安って、それじゃああなたにメリットがない」

「いや、これは私がしたくて提案していることなんだ」

「理由を聞いても?」

「ああ。昨日の夜、ジムテスから連絡がきてね。久々に面白い若者を見つけたと。気難しいあいつが惚れこむなんて、どんな男かと興味が湧いたのさ」

「成る程」

「それで、君の話を色々と聞いたわけだ」


 つまりは、昨日の晩酌の後に連絡をとったのか。

 俺が寝落ちした後の話だな。


「君の話を聞いているうちに、私は君に興味を持ってしまってね。あの魔法の名門、白術学園で首席にもかかわらず色々あって去ったこと、今は自分のスープハウスを持つ為に色々と努力していること。なんともロマンがあるじゃないか」


 ロマン?

 もしかしたらウッズさんは自分の店の為に退学したと思っているのかもしれないが……。

 退学理由はなんとも後味悪いものだぞ。


「成る程。それで、俺に協力してくれると」

「ああ。最近は穏やかな生活に少し飽き飽きしていたからね。君の夢を後押しさせてもらいたいのだが……どうかな?」

「――ありがたい話です。是非、お願いします」

「え……いいのか? 正直私は見ず知らずの他人だし、断られると思っていたが」


 正直まだウッズさんを完全に信頼したわけじゃない。

 でも、とにかくこの話は美味しい。

 本来なら大量の銀貨を消費して店の建物を買うつもりだったが、格安となれば他の道具や素材に金を回せる。

 ここは話に乗るしかない。


「その家を貸してください、ウッズさん。俺が必ずいいスープハウスにしてみせます」


 俺が頭を下げると、ウッズさんはニコリと優しく微笑んだ。


「ああ。やはり聞いていた通りの好青年だ。よし、それでは早速取り掛かろう」

「はい、よろしくお願いします」


 こうしてジムテスさんとウッズさんのご厚意のおかげで、俺は家を格安で借りてスープハウスを造ることになったのだった。

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