第33話
体育祭も終わり、賑やかだった校舎も少しずつ落ち着きを取り戻していた。
行事が終わった今、やっと自分の時間が戻ってきたような気がして、俺は放課後の美術室にこもっていた。
目の前のタブレットには、描きかけの人物画。モデルは――陽菜。
この前のデートで撮った、笑顔の陽菜をそっと切り取った一枚の写真だ。
光の入り方、頬にできた小さな影、さらりと揺れる髪。
全部が愛おしくて、どうしても描き残しておきたくなった。
誰にも見せるつもりはない。ただ、俺の中にあるこの気持ちを、形にしておきたかっただけ。
「……よし、もう少しハイライト足して……」
静かな室内に、スタイラスペンがタブレットをなぞる音だけが響いていた。
けれど、その静寂は突然破られた。
「やっぱりいた」
不意に扉が開いて、軽やかな声が響いた。
振り返ると、そこには夏希が立っていた。
制服のリボンを少し緩めて、息を整えている。
まるで探し回っていたかのように。
「……なんでここに?」
「冬馬のことだから、きっと今日は絵描いてると思って」
そう言って笑った彼女の顔には、確かな確信があった。
「連絡してないけど?」
「うん。でも、なんとなくわかるんだよね、あんたの行動パターン」
軽く言いながら夏希は近づいてきて、俺のタブレットの画面を覗き込んだ。
一瞬、目が丸くなる。
「……これって、陽菜ちゃん?」
「……ああ」
答えると、夏希は無言でしばらく画面を見つめていた。
その後、視線をスマホへと移す。テーブルの上に伏せて置いていた俺のスマホを、ふと手に取ってスリープを解除した。
「ちょ、勝手に……」
「え、見ただけだし。……あ、写真」
夏希の目に止まったのは、あのとき撮ったツーショットの写真だった。
イメチェンした俺と、笑顔の陽菜。
まるで本物のカップルのような、そんな一枚。
「これ……冬馬? うわ、全然違うじゃん……!」
「……言うなよ、黒歴史になる可能性あるんだから」
「いやいや、むしろ陽菜ちゃんより“美形”とか言われてたの、納得したわ。てか、この姿……私、見せてもらってないんだけ
ど?」
「……べつに、見せるつもりなかったし」
「ふーん……陽菜ちゃんには見せるのに?」
夏希の声が、わずかに低くなった。
言葉にとげがあったわけじゃないけど、微妙な空気が流れる。
俺は慌てて話題を変えようと、またタブレットに視線を戻した。
「そ、それより……こっちどう思う? 顔の陰影とか……」
「あれっ、普段聞かないことを聞いたってことは焦ってるね、冬馬」
俺はそう言われながらもペンを進める。
「そういえば、もうすぐですテストだよね、勉強大丈夫そ?」
そう言われて俺は動きがぴたっと止まる。
「やめて……聞こえない、聞こえない……」
「現実逃避しないの!」
「でもなぁ、絵描いてる方が楽しいし、勉強なんて……」
「それでも、やらないと補習で絵どころじゃなくなるよ」
ごもっともすぎて、ぐうの音も出ない。
「……わかったよ。テスト勉強する。ちゃんとする。……たぶん」
「“たぶん”じゃないの。ほんとにやるの」
俺はガックリと肩を落とした。
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