俺の娘がヤンデレムーブに憧れすぎて困ってるんだが

遊月奈喩多

「お父さん、だぁいすき」

 愛娘の真帆まほが、今日も俺のベッドにやってくる。視界がはっきりしなくて、体もうまく動かない。そんな中で嬉々とした態度の真帆──あぁ、いつものあれヽヽヽヽヽヽか。真帆は間近から俺の顔を覗き込んで、嬉しそうな笑顔で囁きかけてくる。


「よかったぁ、これでお父さんも元通り♪ お父さんは、いつまでも真帆のお父さんだもんね。誰にも邪魔させないんだから……、真帆とお父さんの、幸せで甘々な毎日。ずっとずっと、ずうっと一緒なんだからね?」


 やれやれ、真帆ももう6年生になるっていうのに、親離れしないやつだ。もちろん父親として嬉しいところもあるが、なんだか心配にもなってしまう。この先、俺がいなくなった後も生きていけるんだろうか?

 真帆の体重が、俺のベッドを軋ませる。どうやら俺の脇に寝転がったらしい。どうやら今日も、真帆からの報告ヽヽを聞く羽目になりそうだ。鈴を転がすような可愛らしい声で、真帆は何度も報告してくるんだ。


「今日はね、ケイリのサトウ?って女を片付けたの」

 佐藤さとう……あぁ、経理に今年入ってきた新卒の子か。俺のことを「お父さんみたい」とか言って、何かと絡んできてたっけ。よく弁当とか作ってくれてたが、何だかんだで真帆の弁当の方が旨かったっけな……。佐藤の弁当は何というか、全体的に甘過ぎるというか、な。


「知ってるよ、お父さんを食べ物で釣って、気を引こうとしたメガネの人。真帆が小さいからって油断したのかな、簡単に家まで入れたの。それでね、したり顔でお弁当の作り方とか教えてきたんだよ? あと年上の男はこうやって落とせ……だったかな、なんかよくわかんないこと話してた。

 なんかね、ずっと得意気でイライラしちゃって。だから、片付けてきちゃった♪ ほら、お父さんわかる? ふふふっ、真帆の手、ちゃ~んと石鹸のいい匂いするよね? サトウの血がべったり付いて、嫌な匂いしたんだもん。そんな手でお父さんのこと触れないもんね」


 あぁ、まぁ佐藤くらいの年頃だと、そういう意識もあったりするのかもな。わりとよくしてもらっていた手前、そんな本音を知ってしまったのはなんだか残念だが。

 ……ああ、同期の村上むらかみなら「そのギャップもたまらないな」とか言ってすっかり肥えた腹を揺らすのだろうか。カミさんの食事だけでほぼ倍くらいの体重になった幸せ太り野郎のわりに、無闇にプレイボーイを気取りたがるのは若い頃から変わらないんだよな。


「大好きだよ、お父さん。お父さんがいなくなったら、真帆ほんとに生きていけないんだからね?」


 やれやれ、本当に心配になってくるな。

 真帆がこういうヽヽヽヽ言動をするようになったのは、つい最近のことだ。ふたりで観ていたテレビで特集された平成の文化のひとつに「ヤンデレ」があったのだ。確かに、平成後半のヤンデレブームは尋常ではなかった。恋愛もののドラマや小説、アニメには必ず1、2回は刃傷沙汰が付き物だったし、来日した外国人の間でも「SUSHIスシ FUJIYAMAフジヤマ YANDEREヤンデレ」といった具合に、日本といえばヤンデレというイメージが世界中に根付いていたように思う。時の政治家が色恋のスキャンダルで不倫相手の奥さんを刺したりしたのもブームに拍車をかけたっけ……なんて話は、さすがに放送されていなかったが。

 とにかく、その番組に刺激を受けた真帆の愛情表現は過激になっていった。もちろん色っぽい方向ではなく、主にゴア的な方面で。こないだのバレンタインなんてワインチョコの要領で真帆の血がチョコから出てきて、思わず悲鳴をあげてしまったものだった。


 と、まぁ、ここ最近では季節のイベントにかこつけたヤンデレムーブが止まらないわけだが。


「あとひとり、あとひとりだよお父さん」


 あとひとり?

 ……あぁ、確か、あと砂奇嶋さきしま部長を『片付ける』なんて言ってたっけ。確かにあの人は年上の男全般を目のかたきにしていて、俺自身も若い頃ですら経験したことのないようなパワハラに悩まされていたが、どうもそれも彼女の過去に起因しているらしいことがわかったから、これからその傷を癒していこうとか話していたんだが、参ったな、真帆ったら部長にも迷惑かけるのか。事前に言っとかないとな。

 ああ……、ずっと寝たままだからか、なんだか眠くなってきた。せっかく真帆がいろいろ話してるから、最後まで聞いてやりたいんだがな。


「上下関係を利用してお父さんに近付いて、それに苛めたりするような人なんて、もっと早く片付けちゃえばよかった。もし真帆がちゃんと動けてたらお父さんは…………」


 うぅ、ごめんな、真帆。

 お父さんちょっと眠くなってきちゃったや。

 また明日聞くから……真帆、なぁ、真帆。

 おやすみな、真帆。

 明日はどんなこと聞かせてくれるんだ?

 …………。

 ……………………。


「お父さん、真帆頑張ったよ。会社でお父さんのこといじめた人は、そのサキシマって女でみんな最後。お父さんが会社から飛び下りるくらい苦しんでたのに無視してた人たちも、もうこの世にいないんだよ? 怖いことなんて、もうないの。

 お父さんの破片だって、全部集めたんだよ。もうすっかり元通りにくっつけたもん。だから……お父さんを見つけた人をみんな片付けたら」


 少女は、物言わぬ父の亡骸に身を寄せる。

 強く抱き締めることで、腐敗の始まった躯が崩れるのにも構わず。

 最愛の父に何度となく手向けた言葉を、今夜も口にする。


「怖い人がいなくなったら、真帆のとこに帰ってきてね、お父さん」

 6月の雨の日。

 今日も、夜は更けていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

俺の娘がヤンデレムーブに憧れすぎて困ってるんだが 遊月奈喩多 @vAN1-SHing

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ