第4話



 翌日朝早くメリクはローディスの街を発った。


 話に聞いたエルシドの森のことを考えた。

旧神きゅうしん】を奉じた古代遺跡と言っていた。

 エデン大陸は一説には【堕ちた大地】と呼ばれ、元々は神界から下りた神々の翼を休める、美しい世界だったという伝説がある。


 そこへ人が生まれ住み着くと、世界は穢れ、神々は神界へ去った。

 だからエデン各地には、神々の遺産と言うべき呪術や秘術、封印や遺跡がたくさん残っているのだという。


 旧神とはいわば地上を見捨てて去った神々ではなく、その後も地上に留まった数少ない神達の総称なのだ。

 人間の守護神と深く信仰される反面、人間の偶像に都合良く歪められ【邪神信仰じゃしんしんこう】の土台となっている地域もある。


 人とは因縁ある神なのだ。


 生け贄の話が出ていたが、魔術的な儀式がなされていた場合、それが不完全な形で行なわれ終わると、例え良い儀式だとしても、魔術的に不死者を集めることになったりもする。


 アレンダール王国はアレンダール神教を建国以来信仰しているが、もしかしたら隣接するエルシドの古代遺跡に対しての守りの為に、別の信仰が強く根付いたとも考えられる。


 魔術観からすると、信憑性はありそうな土地ではあった。


 山道が終わる。

 眼下に深い森が広がっていた。

 森の先に視線を向ける。


 ……微かに魔的な『気配』を確かに感じた。


 だが森全体を覆うようなものではない。

 備えて行けば恐らく抜けれるだろう、とメリクは踏んだ。

 歩きながら溜め息が零れる。


 サンゴール王国を出て三年。

 どこか一カ所に留まるようなことは一度もしなかった。

 流浪の身の上だ。

 親しい人間も作らなかった。

 色んな土地に行ってこういう曰く付きの大地にも、幾度となく足を運んだ。

 今では不死者が明らかに存在する場所をどうやって通り過ぎればいいか、その見当まで簡単に着く。


 自分が人間より『そうでないもの』の方に慣れて来ている。

 ……そんな気がメリクにはした。


 それを嫌だとかは思わない。

 ただそんな風になって来たんだなと淡々と思うだけだ。

 不死者を生み出す理由は色々あるが、広い意味での未練は共通している。


(未練、か……)


 自分とは無関係の言葉だ。

 そして何よりも、執拗に結びついているようにも思える。

 思えば並の人より、ずっと不死者の類いにはち合わせているのに、それと激しく争った記憶がメリクにはさほど無い。

 ただ息を潜めていれば未練の無い身体の側を、彼らは風のように静かに通り過ぎて行くだけなのだ。やむを得ず対峙する場合は少しだけ彼らを魔術で抑え込んで、そのうちに立ち去ればそれで済む。

 あまりにも魔術的因縁の強すぎる場所にはメリクの方が近づかなかった。


 人間の賊の方がよほど乱暴で、最初の頃は逃げる為に、結果として深手を負わせることになったりもしていた。


 今では人よりよほど、人でないものの世界の方に溶け込む。



(…………心の無いものの方に)


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