第41話
バストン共和国の首都――トルベリア。
ここは三国の中でもひときわ人の流れが絶えぬ大都市だ。
街路は石畳ではなく、近代的に整備された灰色の舗装路が広がり、馬車だけでなく、魔導機関を利用した運搬車が行き交っている。
道沿いには背の高い煉瓦造りの建物や工場群が立ち並び、広場には商人と市民がひしめき合っていた。
「なんか帝国よりも進んでる感じだな。 飾りとかより機能性重視って感じ。」
「ね! 帝国の古風な街並みも好きだけど、こっちのほうが慣れてる感じ!」
お上りさんのようにキョロキョロする俺とメイ。
「共和国は三国の中で一番国土が広いんだ。 それに合わせて人も一番多いよ。」
知っているのか、ニナ!
「おほんっ!」
ニナは軽い咳払いのあと、魔法で水を作り出し一飲み、喉の調子を整える。
というわけでニナ先生の講座が始まるのだった。
北部では穀物や果実、綿花など多彩な農産物が生まれ、南部の荒れた地では鉄鉱石や希少鉱物が掘り出される。
農業と工業、その両輪によって国の基盤は強固に支えられているんだそうな。
また、この国はヒュランを中心としながらも、エルフィニアやフェイリスといった他種族の混ざり合いが最も進んでいる。
なるほど、広場を見渡せば、その多様さがひと目でわかるほどだ。
経済の面ではすでに他の二国を凌ぎ、近年は魔導兵器の開発によって軍事的にも三国最強ではないかと囁かれていると。
「ご清聴ありがとう。 お代はここの名物、鉄火まんじゅうでよろしく!」
物知りニナ先生の為になる異世界講座でした。
いかがだったかな、ここはテストに出るんでちゃんとノートに書いておきなよ。
俺は重たい頭を左右に振る。
違うんだ、情報量で頭が重くなったんじゃない、物理的な話だ。
「おい、いい加減降りろよ。 いつまで乗っかってるつもりなんだ?」
俺に肩車されて、いや、俺を何かの乗り物と勘違いしているのか、レティは肩の上に座って一人う〜んと唸っていた。
「魔法技術においてこのワシに出来んことなどないはずじゃ……何故じゃ……」
火やら風やら、はたまた土やら多様な魔法が俺の頭の上で放たれる。
「もうすぐトルベリアに着くんだ、あんまり目立つようなことはやめなさいよ。」
「うるさいのぅ、どうせワシよりアヤツのほうがえぇんじゃろ? 扱いが雑になっておるわ!」
いや、今までも丁寧に扱ってきた記憶はないし、これからもそうはならんだろ。
シリウスとの一件があってからレティはずっとあの魔力操作について頭を悩ませていた。
何度やっても俺が簡単にできることができないのだ。
それに納得がいかないようで彼女はバストン共和国への移動中、俺に肩車させて自分はずっと魔法の実験をしていた。
ちなみにレティとローザは例の魔力操作がほとんど出来ない。
ニナは彼女たちよりはできるといったところ。
特にアジリティについては強化が見られ、もともとあったスピードにさらに磨きがかかっていた。
逆にメイはスピードにはあまり伸びがなく、それ以外の面で俺より劣るが、それなりの強化が見て取れた。
パーティーの強化の為に皆にやり方をシリウスがやったように説明して、バストン共和国への移動中、ずっと訓練していたのだ。
「なぁ」
「なんじゃ! ワシは忙しいんじゃ!」
よっぽど納得がいかないのか、レティはイライラしている。
瞬間湯沸器のようにすぐに怒るのは常だけど、イライラし続けているのはかなり珍しい。
「これって、魔法の下手さが必要なんじゃない? なんつうか、身体の中の抵抗値っていうかさ……」
オームの法則を説明するときに使われる水道管と水の流れでレティに説明してみた。
そうなんだよな、レティの水道管は極太すぎてあっという間に外部へと出力される魔力変換が行われる。
一方俺は外部への出力が全く行われない。
その分身体の中で巡ることになっていて、それがこの強化に繋がっているんじゃないかと説明した。
「魔法の苦手な順で並べると俺、メイ、ニナになるし、割と的を射た考えじゃないかとおもうんだが……」
俺の話を黙って聞くレティ。
もう一押しか。
「要はさ、レティが天才過ぎる故に凡夫のことは理解出来ないんだよ。 サスガダナー、レティチャンゴイスー」
するとレティは雷に打たれたかのようにピクンと背筋を伸ばしフリーズした。
「いや、なるほどなるほど。」
う〜んう〜んと唸っていたレティはうんうんと頷くようになり次第に表情が晴れやかになっていく。
「確かにそれは一理……いや万里に通じる! ワシ、可愛いからの!」
はぁ、やっといつも通りに戻ってくれた。
面倒くさ、コイツ。
可愛いなんていうワードは、今の説明の中に1ドットたりとも入ってないわ。
俺の髪の毛をワシャワシャとかき乱しぐるりと顔に手を回すレティ。
さっきの積乱雲は何処へやら……
「やめろ、前が見えん。 もうすぐ待ち合わせの大衆食堂に着くんだからいい加減降りろ。」
レティの指の間からアイアンベリーと書かれている看板が見える。
ここで別行動をしていたヘルクスハイン兄妹とアクセル君、そして協力者の一人と落ち合うことになっているのだ。
大通りには香ばしい匂いに釣られるように、お店の中へと誘われる人々。
俺たちも同じように満腹のお腹が模された鉄製の看板の下の扉を開け、中へと入る。
アイアンベリーの店内は雑多な活気に溢れていた。
冒険者のみならず鉱夫や農夫など、賑わいに加わる人の種類は多岐にわたる。
「ミルズさん!」
この雑音の中でもはっきりと通る声で呼ばれる。
テーブル席から手を振る若い冒険者風のエルフィニアの男性……アクセル君だ。
ここに来て1年経つのか経たないか、それくらいだけど成長期の男の子はすげぇ変化するな。
すっと立ち上がる姿勢に体幹のブレがなく自身に満ち溢れている。
その瞳は強く輝いていて、それだけで彼の充実ぶりがわかる。
痩せていた少年は既にここにはおらず、いつもの騎士団の装備ではない、冒険者のもの……にもかかわらずその立ち振る舞いは立派の一言だ。
そのテーブルにはヘルクスハイン兄妹、彼らもいつもの装束ではない。
それでも目立つのは彼らの見た目からもう仕方のないことかも知れない。
「おぉ、兄さんら! はよぅ座りや。 こっちやで。」
アクセル君の横の席には、グレイ色の髪のヒュランがこちらに手招きしている。
当然初対面なのだが、何らかの関わりがある設定なのかな、妙に馴れ馴れしい。
まぁ、適当に合わせるとするか。
「あぁ、すまん。 遅くなった。 ちと色々と手間取ってしまったんだわ。」
「なんでレティちゃんを肩車しとるんや?」
「ここはワシの特等席じゃからの。 いつだってコヤツの隣はワシのものじゃ。」
チラリとローザとニナを見る。
ローザとニナはレティを見あげると、一つ席をあけて座ったあと、ポンポンと俺に座るように促してきた。
黙ってそれに従い、着席する。
「で、誰の隣が誰のものでしたっけ?」
「両隣は埋まっちゃったね。」
「今日はここの気分じゃから別に構わんよ。 場所の問題じゃないからの、そのあたりが分かるようになるとえぇのぅ。」
またやり始めたよ、この人たち。
漫画では羨ましいと思えるシチュエーションでも自分の身に降りかかるとあまり良いものではないな……
しかし、人の頭の上での飲食はお断りしたいんだが?
「あっははははは、久しぶりやけどいつも通りで安心したわ。」
口角だけ上がっていて笑ってんだかわからんほどの糸目に怪しげな雰囲気の関西弁の男。
こいつは……
「父ちゃん、コイツは裏切るキャラだ!」
「確かに!」
「酷いな、君ら。 このフォルカーニ ジルベロを捕まえて裏切り者て!」
ここまで華麗に裏切り者キャラの見た目フラグを立てるやつは見たことないわ。
「いいから早く座ってください。 馬鹿ばかりでこの先が心配になります。」
「すいません、妹が。 皆さん、何飲みます? 店員さん!」
全員着席して共和国の協力者との顔合わせも完了だ。
少し人相に不安を覚えたが、それだけで判断するのは流石にな!
ちなみに声をかけられた店員はしばらく声のヌシを探していた。
もう一度カインに声をかけられると"ひぃっ!"とビビって声をあげていた。
怖いもんな、顔。
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