第40話

「この世界に戻ってそんなに経っとらんから気のせいかの。」

レティは一人で納得したのか、どうでもよくなったのか勝手にソファに腰をかけた。

ポンポンと隣を叩き、俺に座るように促してくる。

俺が座ると満足げに頷いて機嫌良さげだ。


「どうぞ、皆さんおかけになってください。」

シリウスに目線で許可を取ると、そう言われたので皆で着席する。


「あなたがレティシアさんですか。 フェイから素晴らしい魔道士だと聞いています。」

「今昔を含めてもワシより上はおらんじゃろうな! あまりにも愛らしい存在、それがこのレティちゃんじゃ!」

「エルフリーデの魔法を見破るだけでなく、カウンターまでいれるあたり、実力のほどは間違いないようです。 それに……」

シリウスはローザを一瞥する。


「あと一人、魔道士を探していたのですが彼女で問題なさそうです。」

「……」

辛辣な毒舌を吐きながらも基本的には微笑を浮かべているローザが珍しく真顔だ。

目隠しで目線からは読み取ることは出来ないけれど、ローザの身体からは緊張感が伝わってくる。


また気付かない間に何かされてたりするのか?

けどレティが何も言っていないってことは大丈夫なはず。


対面にシリウスが座り優雅に足を組む。

俺にはただのイケメンにしか思えないんだが……


「さて、今回の依頼ですが……」

顔の前で指を組み俺に視線を合わせる。


「あなた達には拒否権はありません。 それでも拒否なさる場合はこの国とことを構えると覚悟して下さい。」

「物騒なことを言うのぅ。 内容を話さんうちから脅迫じゃとな。」


ランクが上がると色々と便宜を図ってくれたりするけど、こういうところは本当に面倒くさい。

生活に困ることもなくなってきたし、別に冒険者じゃなくてもいいんじゃないかなぁ。

「例えばじゃ、とりあえず今は了承して逃げだすってのもあり得るんじゃぞ? それとも、逃げられんと思うかの?」


シリウスはまったく表情を動かさない。

顔が整いすぎてて顔面の攻撃力が高い……


「では、こういうのはどうでしょう……」

視線を俺からレティ、そしてローザへと移す。

ローザの表情は変わらず硬い。


「バストン共和国は軍事クーデターを起こそうとしています。 その首謀者の名前はティアーゴ マルケージと言います。」

傍目には何も変化は無い。

だけどローザの杖を握るその手は少し震えている。


「彼は内々に支援者を募り、水面下で準備を進めていました。 そして今回、彼とその支援者が提示してきたお話がこちらの利益に通じるものだった。 そこで帝国は彼らの要求に応じ優秀な魔道士を派遣することにしました。」

俺達を一瞥するシリウスは最期にローザに視線を止めて告げる。

「これでどうでしょうか?」


これでどう?……とは。

ローザの手はさっきとは違って震えてもいない。

表情も柔らかくなった。

いつも通りのローザだ。


だが……


クーデターの方か首謀者の方か、いずれかがローザに深く関わるもの……なんだろう。

誤魔化すにしても判断の早いローザにしては失敗だったね。

俺はこういうのに気付くのは早い方なんだ。


「わかった。 もともと拒否しても良いことなんてないんだから依頼は受けるよ。」

ローザが口を開こうとする前に俺は割って入った。


「ま、ヌシがそういうんじゃ。 ワシはそれでえぇよ。」

「異議なし!」

「僕もオッケー。」

「私も問題ありません……」

俺にはローザがホッとしたかの様に見えた。

たぶんだけど、これで良かったのだろう。


彼女が何を考えているかはまだ分からない。

だけど、彼女の事情に関われないままに過ごしていくのは俺には無理だ。

もう十分に深く関わったからな。


それに最初に守るってって言ったし。

あれ、言ってたっけ?

泣きじゃくって話すことも出来なかったんだっけか?


俺達の返答を受けてシリウスは満足したのか説明をはじめる。

その頃にはヘルクスハイン兄妹も戻ってきて話に加わっていた。


依頼内容は極秘裏にバストン共和国に潜入。


三部隊に分かれて、ドライロートと呼ばれる3つの塔の中にある魔導制御盤のコントロールをそれぞれ奪取する。


それには卓越した魔法制御の腕が必要なことから、レティ、ローザ、そしてカインとエルフリーデがそれぞれの部隊に入ることとなる。


話し合いの結果、レティの部隊にはニナ、そして騎士団からアクセルくんがそこに加わる。


カインとエルフリーデ組にはメイが、そして俺とローザの組には現地の工作員が一人加わることになっている。


クーデターの発生を陽動として俺達はドライロートへと侵入、魔導兵器の制御と通信を担う制御盤のコントロールを奪う。


「共和国の魔導兵器の沈黙を確認次第、帝国はクーデター軍と共闘、首脳部を抑えます。 あなた方の成功無くしてこの作戦の成立はあり得ません。」


えらい重要な役割だな。

そんなのを俺たちに任せてもいいのかよ。


「こう言っちゃなんだけど、レティやローザは別として残りが俺たちでいいんですか? たかがランク3のぽっと出の冒険者だと思うんですが。」

「先日、とある方からわざわざ国家間の魔導通信を用いて私宛に連絡がありました。 ゴルドバでは私の弟子を随分と可愛がってくれた、意趣返しは実力を持って行う、だそうです。」

コルドバ……ということは……


「まぁ、断るつもりはないし、微力を尽くすよ。」

ロザリカって人は陰湿というか粘着質とか聞いたし面倒にならないといいなぁ。

出来れば矛先は目の前の美男子にお願いします。


「アクセルくんも来るんだね! 強くなってそう!」

「彼も今や騎士団の各団長に迫る実力をつけています。」

「ほぅ、確かにえぇ素質を持っとったからの。ヌシも負けてられんじゃろ。」


アクセル君か。

ミーレスでは魔法有りの模擬戦では勝てなかったんよな。

「俺も強くなったとは思うけど、未だに魔法の一つも使えないんじゃ危うい気がする……」

「ちゃんと素質はあるんじゃがな、なんでじゃろ。」

レティとシリウスにじっと見られる。

なんだよう、そんな出来ない子を見る目で見ないでくれよ。


そんなことを思っているとシリウスが手を差し出してきた。

よくわからんがとりあえず手を取ると引き上げられて立たされた。

「これはわかります?」

シリウスの手からかなりの力を感じる。

それはフェイから感じた以上の圧力……

魔道士がこのフィジカルなのか?!


しかし、これはわかるか?ってどういう意味だ?

ただ力強いだけじゃ……ないの……か?


「では、これは?」

握手の形のまま手を上下に振られる。

ぶるんぶらんと波打つ様に。


「あ!」

なんかわかるぞ。

魔力を身体の強化に使うことを考えなしにやってたけど……身体操作の様なものも魔力にも応用しないといけないと言うことか!


「こう?」

シリウスから送られてくる魔力と逆位相の魔力を体内に這わせる。

上下に振られていた腕はピタっととまり、ちゃんと相殺出来たことがわかった。


「そうです、それです。 こっちは?」

さっきのまったく腕が動かないバージョンをもう一度やられた。

これは魔力でフレームを作っているのか。

「おぉ!!! こうか!!!」

シリウスの身体が少し宙に浮く。

あんなに重たく感じたのに!


「ふふ、あなたは私と同じタイプのようですね。 属性への変換が極めて下手です。」

シリウスがズンっと重くなる。

これはどういう原理だ?


「身体操作はかなりのレベルです。 それに伴うように魔力操作を覚えてください。」

コイツ、すげぇ。

やべぇ。

感動した。


俺はこっちを目指すべきだ。


派手な魔法をパナしたいという願望は今でもある。

が、進むべき道が異なるっていうのはよくある話だ。


なんて考えていたらケツ肉をギュッと掴まれて捻られた。

「あいだ!!!」


隣を見るとレティがめっちゃ膨れていた。

わかりやすくぷっくりとほっぺを膨らませてお怒りモードだ。


「なんじゃ、この浮気者が! バカタレがぁ!」

「いや、お前の教えももちろん素晴らしいものだって! ローザやニナを見ればわかるだろ?」

「ふんじゃ! この代償は大きいからの!!」

「おい、悪かったって! すまん、謝るから!」


このあと、レティをなだめるのにとてつもない時間と労力が必要だったのは言うまでもない。

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