第3話 見習い道士は飯を食う

ユイさーん。チャーハンおかわりー!」

「あいよ! 修行で疲れてるだろうから、しっかり食べるんだよ」


 お昼時。

 私は村にある食堂でご飯を食べていた。


 ハオランは今、お使いを頼んでいて別行動中。

 うちのキョンシーは市場にお使いにも行ける、すごいキョンシーなの。

 なんだか全然キョンシーっぽくないって? 私もそう思う。


 そういえば前に一緒に行ったときにハオラン、キレイなお姉さんに声をかけられてたっけ。

 まさかとは思うけど、今ごろまた誰かに声をかけられてないよね?

 ハオラン、かっこいいからなあ……。


「おやおや迷えるシャオメイちゃん。恋のお悩みかなー?」

「なっ!?」

 おかわりのチャーハンを手に声をかけてきたのは、女将のユイさん。

 ヤバ、声に出てた!?


 宇さんはニマニマ笑いながら、テーブルを挟んで向かい合うように座ってくる。


「そ、そんなんじゃないですって。だいたい私は、修行中の身。恋にうつつを抜かしてる暇なんてないんです」

「うんうん、修行熱心なのはいいことね。けどね、恋って言うのは理屈抜きで、気がつけば落ちているものよ」


 う、それはよ~くわかってる。

 いくら修行に集中していても、ハオランに声をかけられたらドキッとしちゃうし、笑いかけられると胸がキュンキュンしちゃうんだもん。

 だけどキョンシーであるハオランに恋してるなんて、言えないよね。


「と、とにかく私は、修行で忙しいんです。試験も近いですし」

「あ~、確かにねえ。残念、どんな男でも一発で落とす秘薬の作り方を教えてあげようと思ったけど、それじゃあやめて……」

「教えてください、今すぐに!」


 食いぎみでユイさんにお願いする。

 試験が近いのに、恋にうつつを抜かしてていいのかって?

 ち、違うの。これにはちゃんと、わけがあるんだから!


 実はユイさんも数年前までは、道士として活躍していたの。

 今は引退して食堂の女将さんをやってるけど凄腕の道士として有名で、特に薬の調合に長けていたと言う。

 そんなユイさんが秘薬の作り方を教えてくれるなら、聞かないわけにはいかないじゃない。


 興味があるのは、秘薬の効果じゃなくて作り方の方。

 恋とか愛とかじゃなくて、あくまで道士修行のためなんだからね。本当だよ!


「どんな男性でも落とすって、惚れ薬ってことですよね? そんなに効くんですか?」

「効くよ~。なにを隠そう、私もそれで、旦那の心を射止めたんだから!」


 え、あの旦那さんを!?

 ユイさん夫婦は、村でも評判のおしどり夫婦。

 そんな旦那さんの心を射止めた惚れ薬って、どんなものなんだろう?


「そ、それで、作り方というのは!?」

「よーし、それじゃあ特別に教えてあげよう。まずは中華鍋でニンニク、しょうが、長ネギ、それからひき肉を炒める」


 ふむふむ、それで?


「さらに豆鼓醤、豆板醤、しょうゆを加えて、鶏ガラスープを入れ、強火にかける」


 へー、色んな調味料を使っていて、薬を調合してるというよりまるで料理みたい。

 想像しただけで美味しそう……って、あれ?


「さらにそこに切った豆腐を加えて……」

「ま、待ったー! ひょっとしてこれって」

「ユイさん秘伝の、麻婆豆腐よ。これで見事、うちの人の胃袋つかんだの」


 ふふんと胸を張るユイさんだったけど、脱力した私はテーブルに顔を伏せる。

 つまり惚れ薬じゃなくて、ただの料理じゃん!


「ほ、惚れ薬じゃなかったんですね」

「当たり前よ。だいたい好きな人の心を薬で操って手に入れても、嬉しくないでしょ」


 そ、それは確かに。

 最初はつい飛び付こうとしたけど、よくよく考えたら惚れ薬で無理矢理好きにさせるなんて、失礼すぎるよね。

 ま、まあ私は道士見習いとして、薬に興味があっただけなんだけどー。


「シャオメイちゃんもこれで、相手の胃袋を掴んでみるといいわ」

「だ、だから~、恋してる暇なんてないんですってば!」


 だいたいハオランはキョンシーだから、物を食べられないし。

 できることなら一緒にご飯や甘味を食べてるけど、そんな当たり前の事だってできない。

 やっぱり人間とキョンシーとじゃ、越えられない壁があるのかなあ?

 難しい恋をしている事を改めて思い知らされた気がして、ため息をついていると……。


「女将さ~ん、ラーメンと水餃子……おや、シャオメイちゃんも来てたのか」


 村のオジサンが、店に入ってきた。

 よく挨拶をする、気のいいオジサンだ。


「道士修行、頑張ってるかい?」

「まあ、ぼちぼちです」

「頑張ってくれよ。シャオメイちゃんならミーファンさんみたいな道士になれるって、みんな言ってるよ。次の試験は、上手くできそうかい……」

「ちょっとちょっと。あんまり言ってやると、かえってシャオメイちゃんが緊張しちゃうでしょ」

「おっと、こいつはいけねえ」


 ユイさんに言われて、オジサンはペコリと頭を下げる。


 オジサンや村の人が私に期待してくれているのには、理由がある。

 ここ凰華国では時おり、妖や悪霊が事件を起こしては、人々を苦しめているんだけど、それに対抗する力を持っているのが道士。

 私が道士になれたら、村を守ることができる。お母さんが生きてた頃はお母さん守ってくれてたんだけど、亡くなってからは何かあったら都から道士を呼ばなければならず、そうすると対処が遅れる。


 ユイさんも元道士で、力は今でも健在なんだけど、実は決まりとして道士の資格を持っていないと、上級術は使っちゃいけないことになっているんだよね。

 下級術など、許されてる術もあるんだけど、資格を持っていない人に自由に術を使わせると悪用する危険があるとかで、道士協会が厳しく制限しているの。


 面倒な決まりだけど、事実道士の術を悪いことに使う人はいるから、仕方ないよね。

 だから早く一人前の道士になって、生まれ育ったこの村を守っていきたい。

 それが私の、道士を目指す理由なの……。

 すると、思い出したようにオジサンが言う。


「そういえばユイさん。さっきやけに立派な服を着た人達が、通りを歩いていたなあ。たぶん都から来た役人だと思うけど、こんな田舎に何のようだろう?」

「役人? まさか、妖が出たとかじゃ……いや、それなら私達が知らないはずないか」


 ユイさんの言う通り、もしそうならすぐ噂になってるだろうね。


「けどそれなら、こんな田舎に何の用だろうね?」

「さあてねえ。山の方に歩いて行ってたけど」

「山の方……それって、シャオメイちゃんの家の方じゃないの?」


 私を見るユイさん。役人がうちに向かってるってこと?

 もちろん勘違いかもしれないけど、なんだろう? 変な胸騒ぎがする。

 そろそろ買い物をすませたハオランが、戻ってるはずだけど……。

 私は残っていたチャーハンを、一気に食べつくす。


「ちょっと様子を見てきますね。ユイさん、ごちそうさまでしたー」


 お代を置いて、店を後にする。

 やっぱり関係ないとは思うんだけど、なぜか不思議と、嫌な予感がした。

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