第2話 見習い道士は修行中

 ハオランと初めて会ったのは、私がまだ8つのころ。

 道士だったお母さんがある日、彼を連れて帰ってきたの。


『シャオメイ、彼はあたしがあたらしく使役したキョンシーよ。仲良くしてあげてねー!』


 って、まるで犬でも連れてきたようなノリで紹介されて、戸惑ったのを覚えている。


 お母さんの魅蘭ミーファンはここ凰華国でも指折りの、凄腕の道士。

 そんな道士の使う術の一つが屍を動かして、キョンシーという妖として使役する、屍傀儡の術。


 ハオランがどういう経緯でお母さんに使役されたのかは話してくれなかったけど、私は彼がキョンシーということに驚いたのを覚えてる。

 だって初対面でまず……。


『シャオメイ様ですね。ミーファン様の契約キョンシー、ハオランです。どうかよろしくお願いします』


 って、丁寧に挨拶してきたんだもの。

 私の知るキョンシーのほとんどは、喋ったりしない。

 ただ死体が動いてるだけで、喋るにしても『あー』とか『うー』とか、唸り声を上げる程度。

 なのにハオランは、ニコッと笑って挨拶をしてくれて。しかもその笑顔がまるで、晴れわたる空のように眩しくて、目が釘付けになった。


 これがキョンシーなんて、ウソでしょ!?

 死体感ゼロなんだけど!


 目を合わせたまま反らすことができずに、不思議と胸の奥が熱くなったのを覚えてる。


 だけどその後触れたハオランの手は、死体特有の冷たさがあって。

 彼は本当にキョンシーなんだって、思い知らされた。

 まあそれにしたって、キョンシーっぽさはないんだけどね。

 これに対してお母さんは


『ハオランがキョンシーっぽくない? それはほら、お母さん天才道士じゃない。だから使役するキョンシーだって、メッチャすごいのよ』


 だって。

 砂糖と塩を間違えたり、うっかり服を後ろ前にして出かけちゃうようなお母さんが、本当にすごい道士だってことを、このとき私ははじめて知ったよ。


 通常、道士はキョンシーを必要なときにだけ動かすことが多いけど、お母さんはハオランを家に住まわせて、まるで家族のように扱っていた。


 その様子は、まるで奉公人でも雇ってるみたいで。

 私もお兄ちゃんができたみたいで、嬉しかった。


 けど数年前、お母さんが流行り病にかかって、亡くなってしまったの。

 あんなに元気で強かったお母さんにしては、あまりにあっさりした最期。


 私はそれが信じられなくて、泣くこともできなかったけど、そんな私にハオランが言ってくれたの。


『シャオメイ様。ミーファン様のかわりにはなれないかもしれないけど、アナタのことは俺が守ります。なにがあっても、必ず』


 放心状態だった私を、ギュッと抱きしめてくれたハオラン。


 彼の体はやっぱり冷たかったけど、もっと小さかった頃お母さんの腕に抱かれていたときと、同じ暖かさを感じた。


 あれから時が経って、私はお母さんと同じ道士になるべく、毎日修行に明け暮れているのだけど……。

 

「雷帝召来!」


 いつも修行している、家の裏の山の中。

 私は念がこもった御札を、大岩に向けて構える。


 今やっているのは、御札を使って雷撃を放つ、攻撃術。

 狙い通り、御札からはバリバリーッて雷が発せられる……まではよかったんだけど。


 雷が落ちたのは、岩のすぐ横だった。


「うう~、外れちゃったー!」


 悔しさで奥歯を噛み締めながら、地団駄を踏む。

 また失敗。

 お母さんみたいな一人前の道士になりたくて、修行をはじめてから数年。

 少しは成長したとは思うけど、術の細かな操作は未だ苦手なんだよね。

 するとそんな私に近づく影が。ハオランだ。


「気を落とさないでください。前より確実に精度は上がってきてますから。最初は自分に雷を落としていたのに、大きな進歩ですよ」

「ぎゃああああっ! 恥ずかしいこと思い出させないでぇっ!」


 あの時のことを思い出すと、顔を覆いたくなる。

 普段はお団子に結っている頭が、爆発したみたいにチリチリになって。

 恥ずかしくて数日、家に引きこもってた。


 更にイヤだったのは、最も恥ずかしい姿を見られたくない相手が、家の中にいたこと。

 それは年頃の乙女にとって、耐え難い時間だったよ。


 その後修行の甲斐あって、頭が爆発するような事態が起きることはなくなったけど、まだ完璧に使いこなせてるとは言えないんだよねえ。


「ねえハオラン、お母さんはこの術を使うとき、どうやってた?」

「ミーファン様ですか? そうですねえ、もっと肩の力を抜いて、まるで石で水切りでもするような感じで、御札をかざしていました」

「肩の力を抜いて、水切りするように……よし、やってみよう」


 お母さんができたんだから、娘の私だってきっとできるもん。

 御札を握る手に、力を込めたそのとき。


「シャオメイ様、また力が入っていますよ」

「ひゃうっ!?」


 両肩をトンって触れられて、思わず声を上げる。

 もちろんハオランは力を抜いてほしくてやったんだろうけど、彼に触れられるとドキッとしちゃうよ。

 だというのに。


「すみません。俺の手、冷たかったですよね」


 叱られた子犬みたいに、しょぼんとなるハオラン。

 冷たくて声を上げたんじゃなくてドキドキしたのに、ハオランは全くそれに気づいていない。

 それはそれで助かるんだけどさ、きっと私を異性として意識していないから、勘づけないのだろう。


 そりゃあ出会ったばかりのころは歳は離れていたから、無理もないよ。

 だけど歳を取らないキョンシーのハオランは歳を取らず、今では私と彼の歳の差なんてほとんどない。

 にもかかわらず、いつまでたってもこの調子。

 もう、ちょっとは意識してくれてもいいのに。

 私ってそんなに、魅力ないのかなあ……。


 って、修行の最中だっていうのに、こんな煩悩まみれなこと考えてちゃダメだよね。


「も、もう一回やってみるから。ハオランは見てて」

「頑張ってください。シャオメイ様なら、きっとできますから」

「当たり前よ。絶対に道士試験に合格して、お母さんみたいな一人前の道士になってやるんだから!」


 大岩めがけて、再び御札を構える。

 道士の道を志したのはいつ、どんな理由だっただろう?

 お母さんみたいな道士になりたいから? それとも道士になってキョンシーのハオランのことを、もっと知りたいと思ったから?

 きっかけなんてもう覚えていないけれど、それが私の選んだ道。


 私はハオランに見守られながら、手にした御札に力を込めた。


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