第11話
氷室サヤカさんの執務室から、俺は夢遊病者のようにふらふらと廊下へ出た。
壁に背中を預け、ずるずるとその場にへたり込む。
ワイシャツの、彼女に外された一番上のボタンは、まだ留めることができないでいた。
心臓が、まだバクバクと鳴り響いている。
彼女に触れられた首筋や腰が、服の上からでも異常なまでに熱い。
(やばい……あの人、ヤバすぎる……)
恐怖。そして、その恐怖の奥底から、芽生えてはいけない何かが、ちろちろと舌なめずりをしているような、倒錯した興奮。
俺の脳は、完全にキャパシティオーバーを起こしていた。
その時だった。
『ヴーーーーッ!ヴーーーーッ!ヴーーーーッ!』
突如、社内全体に、鼓膜を突き破るようなけたたましい警報音が鳴り響いた。
天井の白い蛍光灯が消え、壁の赤い非常灯が、悪魔の心臓のように点滅を始める。
「な、なんだ!?」
さっきまでの悩殺的な雰囲気はどこへやら、オフィスフロアが一気に緊張感に包まれる。
社員たちが、慌ただしく、しかし手慣れた様子で自分の席から立ち上がり、奥の扉へと向かっていく。
ガチャリ、と執務室のドアが開いた。
中から現れたサヤカさんは、先ほどまでの妖艶な捕食者の顔ではなく、完璧に冷静な指揮官の顔に戻っていた。
「黒崎幹部、緊急事態よ。あなたも来なさい」
有無を言わさぬその声に、俺はよろめきながらも立ち上がり、彼女の後に続いた。
通されたのは、NASAの管制室のような、巨大な総合司令室だった。
壁一面を埋め尽くす巨大なメインスクリーン。
その下には、何十もの小型モニターと、キーボードを凄まじい速度で叩くオペレーターたちが並んでいる。
部屋の隅には、すでに灰咲シノが腕を組んで立っており、苦虫を噛み潰したような顔でモニターを睨んでいた。
「状況は!」
サヤカさんの鋭い声が飛ぶ。
「我が社の怪人『ギガント・オーガ』が、所属不明の第三勢力と交戦! 現在、一方的に破壊されています!」
メインスクリーンに、上空のドローンから送られてきたであろう、鮮明な映像が映し出された。
そこには、ギガント・オーガが、文字通り「解体」されている、凄惨な光景が広がっていた。
だが、相手は魔法少女ではない。
「な……なんだ、あいつら……」
そこにいたのは、全身を、まるで中世の騎士のような、しかしどこか神々しさすら感じさせる白銀のフルプレートアーマーに包んだ、謎の集団だった。
彼らは、リリィちゃんのような可憐なステッキではなく、巨大なエネルギーランスや、光り輝くグレートソードといった、殺意の塊のような武器を手にしている。
その動きには、一切の無駄も、躊躇も、そして俺が愛する「遊び」もなかった。
ただ、冷徹に、効率的に、オーガの手足を切断し、胴体を貫き、その命を刈り取っていく。
それは「戦闘」というより、一方的な「処理」だった。
俺は、戦慄した。
俺の哲学は、愛だ。
相手を理解し、悦びを与えることで、支配する。
だが、こいつらは違う。
こいつらの行動原理には、「愛」も「悦び」も、かけらも存在しない。
ただ、純粋なまでの『破壊』と『殺意』だけだ。
やがて、オーガが完全に沈黙すると、集団のリーダーらしき、兜の飾りが一際大きい個体が前に進み出た。
その兜のスピーカーから、ノイズ混じりの、しかし鋼のように冷たい声が響き渡る。
「我々は『聖域守護隊』! 神聖なる魔法少女を弄ぶ、悪の組織ジェネシスよ!」
その声は、近くのビルに隠れて戦いを見守っていた、別の魔法少女にも向けられていた。
「そして、その汚れた手管に堕ちた、穢れた魔法少女よ! 我らが神の鉄槌により、悪も、悪に染まった魔法少女も、共に浄化してくれる!」
聖域守護隊の一人が、魔法少女に向かって、警告と呼ぶにはあまりにも強力な光の槍を放った。
ビルの一部が、轟音と共に爆ぜ飛ぶ。
(こいつら……魔法少女も、敵だと……!?)
俺は、自分の煩悩の哲学そのものを、根底から否定されたような感覚に陥り、立ち尽くした。
その時、俺の肩に、ぽん、と柔らかい感触があった。
サヤカさんの手だ。
さっき執務室で触れられた時の、ぞくぞくするような感覚が蘇る。
彼女は、恐怖に引きつる俺の横顔を、心底楽しそうに見つめていた。
そして、俺の耳元に、再びあの悪魔の囁きを吹き込む。
「黒崎くん。幹部としての、初仕事よ。君の爆発する『煩悩』が、あの無粋な『正義』を打ち砕けるのか、見せてちょうだい」
モニターに映る、絶対的な拒絶の象徴。
耳元で囁く、抗いがたい支配者の声。
俺の前に、俺の煩悩の哲学そのものを否定する、最大の【障壁】が立ちはだかった。
物語の幕は、今、上がったばかりだというのに。
魔法少女にエロいことをしたい俺は悪の大幹部になる 暁ノ鳥 @toritake_1
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