第13話 希望
もしも世界がいちから作れるなら、できるだけせまくて、きれいなものがたくさんあるといいな。
窓の外を見ながら、嘗て俺が妹にそう言った。
だから妹は、世界を作ることにした。俺は妹の優しさに気付いていて、でも甘えたくなくて、自分で言ったことを忘れたみたいに振舞っていたけれど。いつか妹が作ったゲームを心の支えにする日を想像していた。
妹の作ったゲームだけが唯一の楽しみであるような闘病生活が、またいつか訪れるのではないかと。いつも、不安と期待の両方を抱いて、生きていた。
13
「わたくしは、あのとき魂を救っていただいたのです」
エスティアが話し始めた「あのとき」のこと。それが今世の話ではないことに俺は気付いていた。あのとき、事故に遭ったとき。車椅子の子供を助けようとして、俺と妹がトラックに轢かれた日のこと。
「そのせいでお二人が命を落とされたことを『神様』から伺いました」
学園の外で会おうと、俺から誘った初めてのデート。お忍びで訪れた城下町のカフェの、窓際の席。エスティアは自らの前世のことを打ち明けてくれた。
あのときの車椅子の子供とは、自分のことなのだと。
「前世の記憶を持ったまま生まれ変わる場合は、享年からこの世界での人生が始まるそうです。ですからわたくしは十三歳になったとき、アニシア様やフレイヤ様よりも先に、この世界で目覚めました」
注文した紅茶はとっくに冷めているけれど、エスティアが触れればあっという間に飲みやすい適温に戻る。元より能力値の高いキャラクターではあったが、アニシアやフレイヤがこの世界に生まれ変わって来るのを待つ間、エスティアとなった少女はひたすら自分を磨き続けていたのだと。
「お二人には感謝してもしきれませんし、謝罪を……しても、償いきれるものではありません。せめて、お二人のお役に立てる私になって、この世界で恩返しがしたかったんです」
「俺達が死んだのは、君のせいじゃない。あまりにも運悪くトラックの制御装置が機能しなかったんだ。整備不良やアンラッキーを恨んだとしても、君を責める気持ちなんて微塵も無いよ」
俺は、アニシアではなく俺として話していた。エスティアも、姿かたちは変わりないのに、何処か別人のように見えた。
でも俺はそんなエスティアのことも変わらず愛しかった。自分の罰を待ちながら、俺達のために必死に魔法や教養を磨いてくれていた、小さな女の子の魂を愛しいと感じた。
窓の外を眺めて、青く澄んだ空に目を細めるひとりの女の子を、改めて素敵だと思った。
「わたくしの前世は、治療法のまだ見つかっていない難病を患っていました。あんなに発展した世にも医療の及ばない領域は存在するのだなと、なんだか神様に見放された気がしていて……せめて死ぬ前に、海を見てみたかったんです。それで病院を抜け出して」
そのせいで他人を巻き込んで事故を起こすなんて思ってもいなかったのだと。そう言い訳はせずに、黙ってエスティアは俯いた。
俺達へも、そして前世の両親や友人や、治療や介護をしてくれていた病院のスタッフ。たくさんの人々への罪の意識で彼女は押しつぶされそうになりながらも生きていた。自由に生きられるエスティアの体に、どうしようもない喜びも感じていただろう。それでも贖罪を忘れることが出来なかったのだ。
「実は、俺も前世は体が弱くて」
もっと正確に言うのなら、臓器の幾つかが上手く機能しないというハンデを抱えて生まれてきていた。あの世界のあの時代には、人工臓器は十分に発達していたし、移植を繰り返して俺は普通に近い生活を送ることが出来ていたけれど。それでもエスティアの語る「病院暮らし」は想像がつく。人工の臓器が使い物にならなくなるたびに、新しいものを移植するための入院手術を繰り返して、俺も終わらない苦痛に神様を恨んでいたから。
「正直に言ってしまえば、前世より今世の方がずっといい。早く死にたかったから、あのとき事故に遭っても俺自身のことなんて全然構いやしなかったんだ。妹に死んで欲しくなかっただけで」
妹は俺のせいで、窮屈な人生だっただろう。俺のためにお見舞いにばかりきて、俺の愚痴を真に受けてゲーム開発なんかにのめり込んで、もっと良い人生があっただろうにと申し訳なく思ってばかりだった。
そんなことを言ったら殴られそうだから、本人に言ったことはないけれど。
「俺が死を望んだから、妹はそれに巻き込まれたんだ。俺が運命を歪めたから、妹は巻き添えになった」
「……わたくしも、死んでしまいたいと願っていました。だからきっとあの事故は起きたのだ、と」
「だとしたら共犯だ、俺達は」
君だけのせいじゃない。俺の慰めにもならない下手な言葉に、エスティアは幾つも涙を零して、それ以上は謝罪を重ねはしなかった。
こんなカラクリを知ってしまって俺達は、今後この世界での新しい人生を、心から楽しめるだろうか。
少なくとも、エスティアというキャラクターに都合よく縋って、中身の無い愛情を抱いていた頃にはもう戻れない気がしている。
「エスティア、海を見に行こう」
それでも俺は縮こまる少女の魂に、手を差し伸べたいと願っていた。似た境遇への同情と、共犯者への歪んだ愛着と、この世界の設定を踏まえたら手を取り合うメリットが大きいという打算と、諦めと、贖罪と。そういうものがぐちゃぐちゃに合わさって、けれどその濁った理由の底に、たった一つ透き通った本音はある。
会えてよかった、君に。
「俺もずっと見たかった。この世界が美しいことが嬉しくて、この人生があまりにも気楽で、将来の責任や立場すら本音ではスパイスみたいに思ってる……ひどい言い方だけど」
嫌な人間だということを隠しながら、可哀想な障害がある男の子として生きていた。でも本来は俺は結構な野心家で、自分の力を誰かの役に立てるような生き方に憧れるような、そこそこ普通の子供だったのだ。
そんな子供のまま、あろうことか王子に生まれ変わった。意地悪な神の采配を、今度は恨まずにいたい。そういう自分というものをアニシアとして今世でやり直したい。
「この命を謳歌してるんだ。俺は君にも、そう在って欲しい」
エスティアの涙は、木々の隙間から漏れる陽の粒のようで綺麗だった。俺が憧れたものがそこにあるように、車椅子の少女が憧れていた海も、この世界にはあるのだというのを一緒に見に行きたかった。誰かのためではなく、嘗ての俺達の苦しみを救ってやるために。
俺の誘いに、エスティアは深く頷いた。別にもう無理に俺やフレイヤに恩返しなんてしようと思わなくっていい。でも、末永く仲良くはして欲しい。
そんなワガママを聞いてもらう前に、エスティアの密かな願いを叶えに行こう。
砂浜を裸足で歩いたとき初めて、俺達はもしかしたら、ようやく自分が生きていることを心から喜べるのかもしれない。
兄妹でゲーム世界に転生したけど、今世では恋(?)のライバルです!? 八朔日いな @hodumi-ina
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