番外編 妹の恋
このゲームを作ろうと思ったのは、お兄ちゃんのため。
でも作り始めてからは、私自身がずっと楽しかった。こんな世界だったら楽しいのに。こんな人達がいたら毎日が刺激的なのに。私の想像がどんどん膨らんでいくのも、それが形になっていくのを見るのも嬉しかった。
だけど生まれ変わって暮らすとなったら、この世界はあまりにも、知っていることだらけでつまらない。
メインキャラのプロフィール、そのキャラと仲良くなったら訪れる未来、どんなことを話せば好感度が上がるか。私は、全部知っている。
お兄ちゃんは勿論だけど、他のメインキャラともあまり関わり合いたくなかった。知っている展開が自分の人生になるなんて面白くないもの。私は、私の知らない未来が見たいから。
そう思っていた矢先に出逢ったのは、クラスメイトのヨアニス・クライスレス。モブにも名前と人生があることを、彼と話して初めて実感した。
面白くないなんて、あまりにも失礼だった。この世界には私の知らない部分もたくさんあって、私が知らない人がそれぞれの生活を送っていて、まだ見たことのない景色もたくさんある。
「アバドーン様が、先日の翻訳魔法のことをお知りになったようで、卒業までに一度留学しないかと誘われた」
ヨアニスから告げられたことに、私は衝撃を受けて言葉を失ってしまう。だってイーコック・アバドーン──私たちのクラスに留学してきた他国の王子が、自国への留学に誘うのはフレイヤであるはずだったのだ。
私が誘われるはずだったのに、というヤキモチじゃない。私の知らない展開が、私にも訪れていることへの感動だ。そして、私が親しくなったこの「モブキャラ」の大出世を喜ぶ気持ち。
「凄い……! 凄いじゃない、そうだよね。だってヨアニスの魔法化の力は、それだけの価値があるもん」
子供みたいにはしゃぐ私とは対照的に、大人みたいに微笑んで、ありがとうと返すヨアニス。同い年とは思えないほどの落ち着きは、彼のこれまでのどんな人生によって築かれてきたものなんだろう。
私は、ヨアニスの「設定」をしらない。モブは私が作ってたわけじゃないから、この世界が創られた時に、魂ごと神様に新規作成されたキャラクターなのだろう。キャラクターといっても生きている。私の知らない、嘗て私のものだった世界の住人。
別れは寂しいけれど、留学は永遠ではないだろうから。もしかしたらそのまま異国の方が肌に合うとかで、帰ってこないで、私のことなんて忘れて、遠い地で幸せに生きていくのかもしれないけれど。
「……一緒に、行かないか」
え、と返事にならない声を漏らしたきり、私の唇は動かなくなってしまった。嘘だ。ずっと小刻みに震えて、声が発せられなくなってしまった。
「君がこの国に、特別の愛着を抱いていることは知っているつもりだ。第一王子とも親しく、その婚約者のことも慕っていると……だが俺は、君を、君が知らない国に連れていきたい。君が想像したことのない景色を見せたい。君の知らない魔法を俺がたくさん生み出して、君に贈りたい」
この人は、すごくよく喋る。普段は私のおしゃべりに付き合って静かに頷いていてくれるのに、私が黙ると、今度は自分の番だとばかりにぺらぺらと。言葉を尽くして、素敵な提案をしてくれる。
プロポーズみたいな言葉で私を誘ってくれるのに、好きだとは言ってくれない、狡い人でもある。
「まずはどんな魔法を、見てみたい?」
その問い掛けに私は考えるフリをして、でも答えはもう出ている。実はずっと欲しい魔法があったの、と。システムはまたトゥートに作ってもらえるかな。トゥートは公務を離れて御自身の趣味を兼ねた魔法研究に専念することになったと聞いているから、頼んだらきっと一緒に作ってくれる。
「海の向こうからでも、親しい人にお手紙をすぐ送れる魔法。できれば映像や、写真なんかも」
「……写真?」
「そっか、そこからか」
お兄ちゃんにも見せてあげたいから。私は、大人になってお兄ちゃんから離れる前に死んでしまったけれど、この世界ではちゃんと、一人で生きて、自分のために生きていく。お兄ちゃんのためじゃなくて、私のためにやりたいことを見付けていく。
でも綺麗な景色も、知らない世界も、お兄ちゃんにもエスティアちゃんにも見せてあげたいから。本当はエスティアちゃんとパートナーになるなんて最初から思ってない。だってお兄ちゃんの恋はきっと本物だから。
私のパートナーはこのひとがいい。私が知り尽くしたゲームの、私が知らない、名前もつけてない登場人物A。私が出会った未知の存在。私を知ろうとしてくれたモブキャラ。ただの通行人のはずが、手を差し伸べてくれた唯一のイレギュラー。私の想像の及ばない相手。
私がこの世界で一番好きなひと。
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