第一章 Aとの出会い


昼休み。

屋上の隅っこで、私は弁当も食べずに、空を見ていた。

冷たい風が吹き抜ける春の午後。


「ねぇ、なんでそんな顔してるの」


声をかけてきたのは、クラスでも変わり者で有名なAだった。


短く刈り込まれた髪、男でも女でもないような中性的な佇まい。

Aは不思議な存在だった。

誰とも深く関わらないくせに、誰の悪口も言わない。

人の輪の中にいても、いつも少しだけ外にいた。


「……放っといて」


私は視線をそらした。でもAは帰らなかった。

ポケットに手を突っ込んだまま、ぽつりと言う。


「ミオってさ、ふたなりなんでしょ?」


心臓が跳ねた。


「……なんで知ってるの」


「知ってる人は知ってるよ。でもさ、別に怖くないよ」


Aは、空を見ながら言った。


「だって、ふたなりって、かっこいいじゃん」


Aの言葉が、空気を変えた。

……本当に変わった。たとえば量子的な意味で。


「……え? なに、今、空ちょっと揺れなかった?」

「うん、気のせいだよ。よくある、ふたなり干渉波」


「……なにそれ」

「いや、こっちの話。多分まだ知らなくていい」


Aはにやっと笑った。


「ミオ、ふたなりってさ、人類にとって“第三の選択肢”なんだよ」


「性別とか超えてるって意味?」

「いや、そういうレベルじゃなくて。“構造的に正しい”って意味。左右対称だし」


「……左右対称……?」


「だって、普通はさ、1と0の世界じゃん? ふたなりは、1と0が同居してる。

それってもう、バグであり、アップデートであり、ワンチャン神だよ」


ミオは頭を抱えた。屋上で哲学とプログラムを混ぜるな危険。

でも、Aの言葉には、なぜか妙な説得力があった。

自信に満ちていた。自分が「ふたなり」に“なれなかった”ということを、完全に肯定しているようにすら見えた。


「ねえ、ミオ」

Aが突然顔を近づける。空の青さよりも近い距離で、Aは言った。


「ふたなり革命、起こそうよ」


「……は?」

「人類、ふたなり化計画。コードネーム:F.G.P(Futanari Global Project)」


「コードネームのセンスよ」


Aは真顔だった。

「冗談じゃない。これ、わりと本気でやるから」



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