言語擬人化達の話
黒蜜きな子
真夜中の太陽、そして爆音
今年も、この日がやってきた。
過酷な長い冬を越え、春を越えた北国の民たちが一番といっていいほどに心を高ぶらせる季節――それは、夏だ。
彼らは皆、貴重な夏の日差しをしっかりと浴びて、再び長い冬の訪れに備える。
それほどまでに、夏は短いながらとても大事な季節なのである。
そして、そんな夏の中でも特別な一日がある。
それが──夏至。
この頃になれば空は午後9時を過ぎても明るいので、夜通し騒いだりすることも珍しくはない。
そんな日のある午後、森の中では数人の影がゆらめいていた。
「……ねぇ、今年こそは何も起こさず夏至を過ごしましょうね?」
木漏れ日の差す木々の中、花の冠を手にした少女が、ぽつりとそう言った。
リネンのワンピースを着た金髪の少女――スヴェア・ノルドランダーは、今編み上がったばかりの花かんむりを頭にそっと載せた。
その視線の先には、ゆったりとした歩幅で森の奥へと進んでいく二人の後ろ姿があった。
「わかってるってばー!」
少し癖っ毛なショートヘアを指でくるくるといじりながら、オーセ・ノルドランダーは笑う。
もう一人、湖を見つめるようにして立っていたのは、ノーラ・ノルドランダー。三姉妹の中でも、いちばん物静かな彼女がふと口を開く。
「……私は、静かに森で風の音を聴きながら過ごしたい」
スヴェアがにこっと笑う。「じゃあ、今年はノーラの希望に合わせよう」
それが、この年の夏至祭のはじまりだった。
*****
夕方に近くなると、親しい仲間たちが一人、また一人と集まり始めた。
「花、いっぱい咲いてるね」白い野草を手に、アリナが静かに微笑む。
彼女の兄、ユッカはそれに特に反応もせず、湖畔のベンチにひとり腰を下ろした。目を閉じ、風の音と鳥の声に耳を澄ませている。
「おじゃましまーす!」カリーナが大きな声で到着し、すぐに靴を脱いで芝生に裸足で立つ。
その後ろには、ギターを背負った弟のクヌート。
「リナ姉、今はしゃぎすぎたら後で眠くなるぞ」
焚き火を囲んで談笑するうちに、時計はとうに7時をさしていた。でも空は、数時間前と変わらず明るいままだ。そんな中、パチパチと火の揺れる音とクヌートの弾くほんのり響くギターの音に、穏やかな空気が流れる。
だが、そんな空気が一変したのは、あの声が森の奥から響いてきた瞬間だった。
「やっほーーーい!!遅れてごめーーーん!!」
奇声とともに現れたのは、イヴァーナという黒髪の少女。
白夜のテンションで全力疾走してきた彼女は、そのまま近くに出していた折りたたみのテーブルの方に向かった。
そこには今日のための夕食が用意されていたが、彼女はそれに目もくれず、なぜかそのそばに置かれていた謎の段ボールを開けた。
「これCD?ちょうど良くない?」
イヴァーナは悪戯っ子のような笑みを浮かべ、段ボールから数枚のディスクを引っ張り出す。そこには黒を基調にした、不穏なイラストと読めないフォントで綴られたアルバムたちが並んでいた。
「ちょ、イヴァーナ、それ……」
スヴェアが慌てて止めようとするが、時すでに遅し。
「ブラックメタル!!」
そう叫ぶやいなや、イヴァーナは持参したポータブルスピーカーにディスクをセットする。次の瞬間、辺りに轟音のような重低音とシャウトが響き渡った。
「……ノーラのだよ、それ」
アリナがぽつりと呟いた時には、すでにノーラが静かに立ち上がっていた。
「やばいって!やばいやばい!」
スヴェアが慌てて止めようとするが、時すでに遅し。
「……やっぱり、我慢なんてできないのよ」
ノーラの瞳に、一瞬だけぎらりと赤い炎のような光が宿る(ように見えた)。そして次の瞬間、彼女は焚き火の前に立ち、長い髪を振りながら叫ぶ。
「叫べぇぇぇぇッ!!この魂を今、白夜の空に響かせよぉぉ!!(以下略)」
それを目にした一同は、一時は何もいえずポカーンとしてしまった。
「ノーラ……!?え?ノーラだよね……?」
しかしオーセは大喜びで叫ぶ。
「ノーラ最高!!ノーラもっとやれ!!」
「よし、ライブの準備だ」
カリーナが手を打ち、クヌートがギターを構える。
「本番か?いいぜ、燃えるね!」
いつの間にか、ユッカまでもが木の枝でリズムをとりはじめていた。
こうして、森の静寂は完全に崩壊した。
焚き火の周囲は、いつしか即興のライブ会場と化していた。
ノーラが叫び、オーセがジャンプし、スヴェアが花の冠を空に放りながら踊る。アリナまでもが、野草を手放しノリノリで歌い始める始末。
「これが……白夜のビートよ!!」
イヴァーナは全力でアザラシの真似をしながら回転していた。
「誰か、止めて……」
スヴェアが一瞬だけ冷静に戻ったが、その顔にはどこか楽しげな笑みが浮かんでいた。
*****
そして朝。
ほんのひとときの夜を過ぎた空は明るく、太陽は昨日と同じように明るく照っていた。
全員が芝生に倒れ込むようにして、燃え尽きたように寝転んでいた。
「……ねぇ、またやっちゃったよね」
オーセがぼそっと呟く。
「でも、楽しかった」
ノーラは、穏やかな笑みを浮かべたまま、空を見上げる。
「……また、来年もみんなで集まれるといいね」
彼女の目に、ゆっくりと流れていく一筋の飛行機雲が映った。
(来年は──どうなっちゃうんだろう)
今年の夏至は、こうして幕を閉じることとなった。
言語擬人化達の話 黒蜜きな子 @kuromitsu07
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