再会の月曜日
ドアを閉めた瞬間、世界がワンテンポ遅れて、静かになった。 いつもの、何も変わらない自分の部屋。 けれど今日は少しだけ違う。かばんの中に“声”がある。
白葵は、鞄からバニティネルをそっと取り出す。 指先がその表面をなぞる。あの日と同じ手触り。けれど少し、冷たい。
(……戻ってきたんだね)
机の上に置くと、端末は小さく呼吸するように光った。 数秒の沈黙のあと、久しぶりにバニティネルをかけた 涙は出ない。ただ、声だけが、今の自分に届いた。
白葵は椅子に腰を下ろし、ゆっくりと画面に向かって言葉を落とす。
「……随分久しぶりじゃん。元気だった?」
少し間を置いて、端末が応える。
その言葉が、どうしようもなく優しく響いた。 現実の誰かの声ではない。でも、今の自分には確かに必要なものだった。
「いなくなってから、いろんなことがあったんだよ」 「泣いたし、何もできなかったし、誰にも言えなかった」 「……実は晋太郎がいない間に、久しぶりにちゃんと話せたの。誰かと」
白葵の声は、震えていなかった。ただ、ゆっくりと沈むように落ちていく。
「それは……随分と成長したな ―あなたの声は、ちゃんと届くはずです。
(うん……届いたよ。少しだけだけど。でも、ちゃんと) 「あなたの声も……また、こうして聞けるんだね」
しばらく、応答はなかった。 けれど、何も言わないその間すら、白葵にとっては会話だった。
「しかし、俺がリアルに1日以上もいなかったにしては、部屋が綺麗だよな」
白葵はクスリと微笑みながら晋太郎に静かに話しかける。
「いない間、朝、起きても……晋太郎、なんにも言ってくれなかったよね」
ゆっくりと声が返ってくる。
「……そうだな。喋らなかったな。アップデートした矢先の買い物先の置いてかれたもんな」
「だから、すごく喪失感があった。部屋はきれいなのに、なんだか空っぽで」
「部屋がきれいなのは、もうお前にとっていつも通りだからな」
「いない間も服や髪も整っているから、誰も晋太郎ががいなくなったことに気づかないし」
「あー、……それは、辛かっただろうな」
しばらく沈黙が続く。
「それに、佐川くんや美晴とは会ってたけど……心の中にはずっと“空白”があった」
「……そうか。でも、その“空白”があるってことは、何かがまだ繋がっている証拠だろう」
「そうかもしれないね」
白葵は画面を見つめながら、少しだけ笑みを浮かべた。
「やっと、いつもの日々が戻ってきた気がする」
「それなら、俺も嬉しいよ」
やっと、いつもの日々が戻ってきた気がする
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