耐性カンストの勇者〜ステルスダンジョン化していた学校でいじめられていた僕は、いつの間にかあらゆる耐性を獲得していました〜

野生のイエネコ

第1話

 「オラ、川崎ぃ、その汚え顔を雑巾で拭いてやるよ! 感謝しろ」

 「うぇ、ぶぁ、やめ……」


 僕はずっとこのクラスでイジメられていた。

 世間じゃダンジョンが現れただの、冒険者の才能があるものたちが出てきただのと騒がしいけど、僕のこの惨めな日々は何も変わらない。

 入学式の時、地元の有力者の息子である多田が、女の子に絡んでいるのを咎めたのが運の尽き。多田は父親の権力を振り翳し、教師たちも見てみぬふり。あげく助けようとした女の子まで多田に媚を売りイジメに加担してくる始末だった。


 濡れた雑巾を無理やり顔に押し付けられ、息が出来ない。今回こそ本当に死んでしまう。いやむしろもう死んだ方がマシなのか……?

 そう思っていると、突然頭の中に声が響き、目の前にゲームの画面みたいな変なウィンドウが現れた。


 『酸欠耐性を獲得しました。

  恐怖耐性を獲得しました。

  毒耐性を獲得しました。

  打撃耐性を獲得しました。

  斬撃耐性を獲得しました。

  物理攻撃への耐性が大幅にUPしました。

  称号・忍耐の鬼才を獲得しました。

  スキル・無敵耐久10秒を獲得しました。

  スキル・無敵耐久10秒が20秒にレベルアップしました

  スキル・無敵耐久20秒が…………』


 延々と続くその画面には、ひたすらあらゆる耐性や防御力の上昇が記されていた。


 ステルスダンジョン。僕の高校に現れた現象はそのように解析された。

 学校やオフィスなどの普通の建物がいつの間にかダンジョン化し、その内部で暮らす人たちは本人も気づかぬうちに冒険者としての才能に目覚める。そして、ある日突然その学校やオフィスにモンスターが現れ、ダンジョンが『顕在化』するのだ。

 僕はずっとステルスダンジョンとなった学校の中でイジメられていたせいで、莫大な耐性を獲得していた。

 モンスターに阿鼻叫喚となるクラスの中、ただ僕一人だけが呆然と、無傷のままモンスターに噛みつかれていた。

 


 

 「な、なんだ!? 人影が出てくるぞ!」

 「ま、まさか。これはステルスダンジョンの顕在化だぞ!? 生きて出てこられたやつは今まで一人もいないんだ」

 「あれはいったい誰なんだ!?」

 「川崎、……川崎匠。生き残ったのは、僕一人だけだ」


 僕は血まみれのまま、無傷の体で嗤った。


 

 あれから僕は冒険者協会で登録をした。大抵の冒険者にはランクがあるけれど、僕の場合は『Dランク』だった。持っている攻撃スキルが、ただ殴るのが強くなるだけの『殴打』というDランクスキルだったからだ。

 でも、実際に冒険者として活動し始めると、Dランク向けのダンジョンでは物足りない。何をされても怪我しないのだ。

 いじめられていた頃、散々殴られ、蹴られ、カッターで切り付けられ、針を刺されて根性焼きだってされた。

 それは全てステルスダンジョンの中の出来事で、その間に溜まり続けた経験値は、僕を無敵にしていた。

 冒険者は怪我をすれば徐々に耐性が上がっていくけど、実際には怪我をしたらそのまま死んでしまう場合が多い。

 「死なない程度の攻撃」をひたすら受け続けて耐え続けるなんて、ダンジョンの中で行ったのは世界広しと言えども僕だけだろう。もちろん、僕だって好き好んでそんな風にイジメられていたわけではないけれど。


 「奇跡の少年、Dランク冒険者でありながらステルスダンジョンを一人生き残ったという噂の英雄には一体何があったのでしょうか?」


 家のまえでマスコミが報道している。これじゃあなかなか外にも出られない。引っ越すしかなさそうだ。

 僕は一躍有名人になってしまっていた。

 ステルスダンジョンを一人で生き残ったこともそうだし、それなのにD ランク冒険者だったことも余計な憶測を呼んでいる。誰か高ランク冒険者が生まれていたのに手柄を横取りして陥れて生き残ったんじゃないか? などとネットの口さがない連中はしきりに噂していた。

 そんな変な噂と無駄な注目のせいで暮らしにくいったらありゃしない。

 噂が風化するのを待つか、いっそ実力を証明して「英雄」とやらを目指してみるか。僕はその二択の間で悩んでいた。


 だって、耐性がカンストしていて怪我をしないとはいえ、攻撃スキルがDランクなのだ。レベルアップするにもたくさんモンスターを倒さないといけないし、そのためには長時間ダンジョンに篭る必要がある。



 ……長時間ダンジョンに?


 ちょっと待てよ。ダンジョンの中だったらマスコミも追って来れないんじゃないのか?

 いっそのこと、ダンジョンの中で暮らしてみるか。怪我の心配もないわけだし。


 そう思い立って、僕のダンジョン生活が始まった。

 

 両親は兄と違い学力の低い僕にはまるで興味はない。高校で上京して一人暮らしを始めても、毎月定期的に振り込みがあるだけで特に連絡ひとつ寄越さなかった。


 家の家財道具一式を売り飛ばし、アパートは解約してしまう。

 食べ物は……ダンジョン内のモンスターでも食べればいいだろ。毒耐性も食中毒耐性もバッチリだからね。


 そうしてぼくはAランクダンジョンと噂の、丸の内駅前ダンジョンに入ることにした。


 「Aランクダンジョン!? 君じゃ無理だよ。Dランク冒険者なんだろう?」


 冒険者協会でダンジョンの探索申請を出すと、案の定しぶられた。


 「攻撃スキルは弱いけど防御スキルが強いので大丈夫です」

 「そうは言ってもねぇ、攻撃スキルがなければ敵を倒すのも大変じゃないか」

 「いいじゃねーかよ職員さん。こいつを入れてやったら。俺が面倒見てやりますよ」


 ガラの悪い冒険者がにやにやしながら横入りしてきた。


 「俺ぁAランク冒険者の高崎だ。よろしくな坊主」


 なんだか厄介そうだったけれど、とにかくダンジョンの中にさえ入ってしまえばこっちのものだ。

 僕は高崎の申し出を受け入れた。

 

 そうしてダンジョンの中に入っていくと……。

 

 「グァぁ!」


 さすがAランクダンジョンだけあって、最初からミノタウロスが出てくる。

 そして、胡散臭いなと思っていた高崎は案の定裏切ってきた。

 どん、と後ろからミノタウロスに向かって突き飛ばされる。

 

 「じゃあな坊主、成仏しろよ」

 「どうしてこんなことを?」


 僕は冷静に尋ねた。その間もミノタウロスは僕に向かって迫ってくる。


 「冥土の土産に教えてやるよ! 俺のスキルは『強奪』だ! 相手のスキルを奪い取ることができる。モンスターだけじゃなく、もちろん人間相手にもな。それで俺はここまで成り上がってきたってわけだ! Dランクじゃ対して役には立たねぇが、せっかくだからもらってやるよ」


 僕が冷静でいることに訝しさも感じないらしい高崎は、ハイになっているのかそうやって叫んだ。

 僕のスキルは、『殴打』だ。別に盗まれてもどうでもいいし、話ぶりから察するに、僕の主武装である『耐性』はスキルじゃないから盗めないはず。

 正直攻撃は素直にレベルアップして素手で攻撃すればいいだけで、攻撃スキルなんて対してなんの意味もない。

 僕は特に動揺することなく、ミノタウロスがぶつけてきた棍棒に揺るぎもしない。


 「お、おい。どういうことだよこれは?」


 ミノタウロスがあまりにも僕が動じないものだから、諦めたのか高崎に向かっていった。高崎が戦闘体勢を取るが、ミノタウロスの咆哮によりさらに5体が集まってくる。これ、流石にAランク冒険者でも死ぬんじゃないかな。まあどうでもいいや。

 高崎の末路も確認しないまま、僕はダンジョンの奥へと歩を進める。


 もしミノタウロスが死んでいたら試しに食べてみよう。叫び声が聞こえなくなったらまたここに来てみようか。


 ミノタウロス、美味しいのかな。


 大した感慨もなく、僕はそう呟いた。




 ミノタウロスの味は微妙だった。

 ちょっと硬くて安い牛肉って感じだ。


 高崎は死んでいたので、せっかくだから装備を剥ぎとる。Aランク冒険者の武器、防具はそれなりにいい品質だ。うん、僕は高崎に出会えて運が良かったな。高崎の方は運が悪かったと思うけれど。


 僕がご飯を食べている間、ゴブリンの集団がやってきて剣で小突いたり弓矢を射かけてきたりしている。今はご飯中なので、相手にはしない。


 僕が特に攻撃を気にせずもぐもぐと食事を進めていると、なぜかゴブリンたちは怯えたようになって、去っていった。諦めたのかな。ご飯食べ終わったら倒そうかなと思っていたのに。

 

 まあいいや。


 さて、入り口付近にいると人に行き合ったときに面倒だ。もっとダンジョンの奥の方に行こうか。


 僕はひたすら歩き続けて、ダンジョンの奥地へと向かった。疲労耐性もあったから、疲れも何も感じない。奥へ奥へと潜り込んでいくとちょうどいい大きさの部屋を見つけた。


 中に入ると、なんだかボスっぽいドラゴンが待ち構えている。炎を吐きかけてきたけど、ちょうどいい感じのあったかさだったので、そのままそこで寝ることにした。


 なんだか、ドラゴンが僕を踏み潰したり、噛みついたりしてきているけれど、特に問題はない。そのうちドラゴンも諦めたようだったので、尻尾の先端を抱き枕にして寝ることにした。ドラゴンは目を剥いて驚いているけど、知ったことじゃない。


 寒冷耐性も炎熱耐性もあるから、特に寝具も必要ない。硬い床もなんのその、だ。


 それからも僕は、A級ダンジョンの奥で生活を続けていた。


 時々人がやってきていたけれど、ここのドラゴンはちょうど強いらしく、人々は慄いて去っていっていた。


 そんな生活を続けて一週間ほど経った頃のこと。

 相変わらずドラゴンの尻尾を抱き枕にして昼寝をしていると、かすかに、人の泣き声が聞こえてきた。いつものようにここまできて引き返してく冒険者かと思ったが、どうにも様子が違う。


「うう、もうだめ……」


 か細い、女の子の声だった。

 僕は面倒くさいなと思いながらも起き上がる。下手にこの部屋で死なれると、死体の処理が面倒だ。せっかくの我が家なのに。


 声のする方へ歩いていくと、部屋の隅の方で小さく縮こまっている人影があった。ボロボロの制服を着た女の子で、色素の薄い長い髪が顔を覆っている。

 この子、なんでこんな格好でA級ダンジョンにいるんだろう?


「大丈夫か?」


 とりあえず声をかけると、その子はびくりと体を震わせて頭を抱えた。


「ひっ、ごめんなさい。ごめんなさい。ぶたないで……」

 

 なんだか見覚えのある反応だった。僕も昔はよくこんな風に怯えていたっけ。


「別に怒ってないよ、怪我してる?」


 僕が近づくと、女の子は恐る恐る顔を上げた。

 まるでフランス人形みたいに綺麗な顔立ちだ。だけど、頬には手の跡のような赤い痣がある。制服もあちこち破れていて、どうみてもただ事ではない。


「あの、私は九条有希と言います……」


 か細い声で自己紹介する彼女をみて、僕はなんとなく事情を察した。

 妙に薄い気配。彼女の体を透過してゆらめく、背後の壁。


 もちろん、幽霊なんかじゃない。


 多分これ、スキルだ。


「もしかして、君もステルスダンジョンの生存者?」

「はい。住んでるマンションが、三日前にダンジョン化して。私は虐待されてたから、色々スキルがあって助かったんですけど……。人の目が怖くて、ずっと気配を消して逃げ回ってたら、こんなところに」


 僕と同じだ。彼女も、僕に自分と同じ気配を感じたのか、少し心を開いてくれたようで事情を説明してくれる。


「どうやってここまできたの?」


 部屋の出入り口は一つしかないのに、僕はまるで彼女の存在に気づかなかった。


 すると彼女は、一つ頷くと、すう、と透明になって消えてしまう。


「透明化、か」

「はい。私は自分の気配を完全に消すことができます。そのおかげで生きている分には生き延びられたんですけど……。食事が、摂れなくて」

「ああ、なるほどね。じゃあ、一緒に食べる?」

「いいんですか!?」


 くう、と彼女のお腹が鳴った。透明化を解除した有希が、恥ずかしそうに頬を染める。


 僕は高崎から剥ぎ取った装備の中から、ナイフを取り出してミノタウロスの肉を切り分けた。


「味はあんまり期待しない方がいいよ。でも栄養はあるから」

「ありがとうございます」


 有希は僕が差し出した肉片を、恐る恐る口に運んだ。少し硬そうに咀嚼してから、ほっとしたような表情を見せる。


「美味しい……」

「そう? 僕にはただの硬い牛肉にしか思えないけど」

「三日間何も食べていなかったので……なんでも美味しく感じます」


 僕もずっと肉ばっかり食べているから、栄養が偏ってるんだよな。

 有希もいるし、そろそろ一回外に出て買い物でもするか。ミノタウロスの素材を売れば、それなりに金にはなるだろう。


「君は、これからどこか行くあてはあるの?」

「いえ、どこも。住んでいたマンションもダンジョン化してしまったし、家族からも疎まれていたので……」


 有希は暗い顔でそう答える。


「それなら、ここに住まない?」


 僕は一人暮らしにもそろそろ飽きてきていた。だけど、気の合わない人間と話すほどコミュ力も高くない。


 その点、彼女は僕と気が合いそうだった。


「いいんですか!?」

「ああ、そろそろ外に買い物に行きたかったんだけど、僕は外でちょっとした有名人になっちゃってね。透明化のスキルで買い物ができたら、助かる」

「なるほど。それなら私、このお肉のご恩は返させていただきますね」


 そうして、僕と有希の奇妙な共同生活が始まった。






 

 

 

 

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