第2話 ポンコツ魔王と、初めての野宿飯

魔王城を後にした大介と玉藻は、手近な森へと足を踏み入れた。昼間でも薄暗い木々の間を縫うように進む。ひんやりとした森の空気が肌を撫で、土の匂いがふわりと香る。鳥のさえずりが遠くで聞こえ、時折、小動物がガサガサと草むらを駆け抜ける音がする。


「おい人間、こんなところに留まるんか? 魔王城の方がマシやろ!」


玉藻は偉そうに腕を組み、不満げに言った。ロリ化したとはいえ、元魔王としてのプライドは健在らしい。


「いやいや、魔王城は流石に物騒でしょ。それに、どうせ終の住処を探す旅に出るんだから、まずは野宿の練習も兼ねて」


大介はそう言いながら、慣れた手つきで道具を広げ始める。コンパクトなテントを広げ、エアマットを膨らませ、寝袋を置く。玉藻はその様子を怪訝そうに見ていた。


「なんや、その変な布切れと空気袋は」


「テントとエアマット。これで快適に眠れるんだよ。魔王様でもきっと気に入るって」


玉藻は鼻を鳴らしたが、好奇心は隠せないようだ。大介は続けて、焚き火の準備を始めた。落ちている枯れ枝を集め、小石で囲いを作る。


「さて、と。火を熾すか」


チャッカマンを取り出し、枯れ葉に火をつけようとするが、風が強く、なかなか火が定着しない。何回か試しても、すぐに消えてしまう。


「あー、もう! なかなか上手くいかないな」


大介が少し苛立ちを見せた時、玉藻が呆れたような顔で言った。


「フン。あんた、こんなんもできひんの? しょーもないな」


玉藻はそう言いながらも、チラリと大介の顔を窺う。人間のすることに興味があるのか、それとも単に煽りたいだけなのか。


「ちょっと見てろや」


玉藻は小さな手を伸ばし、パチンと指を鳴らした。枯れ葉の山からボウッと小さな炎が立ち上る。一瞬で火は枯れ枝に燃え移り、勢いよく燃え上がった。それはまるで、彼女の中にほんの少しだけ残った魔素が、料理の匂いにつられて無意識に反応したかのような光景だった。


「おお! やるじゃないか魔王様!」


大介が感心すると、玉藻は「フンッ」と鼻を鳴らし、そっぽを向いた。その横顔には、どこか得意げな色がにじんでいた。


「別に、アンタのためにやったんとちゃうし!」


そう言って、そそくさとテントの中に入っていく玉藻。大介は小さく笑いながら、焚き火に薪をくべていく。パチパチと薪が爆ぜる音が、森に穏やかに響いた。


食事が始まった。今日のメニューは、森で採れたキノコと、持参した豚肉を使ったシンプルな炒め物だ。大介はキノコを調理する前に、その色と匂いを慎重に確認する。(色と匂いから推測するに、たぶん毒はない。野生のキノコは慎重に扱うべきだが……今は背に腹は代えられない)彼はプロ以上の腕前で、あっという間に香ばしい匂いのする料理を完成させた。火加減は絶妙で、肉は焦げ付かず、キノコは最高の状態に仕上がっている。


玉藻は警戒しながら一口食べた。


「……別に、うまそうとか思ってないからな!」


そう言いながら、彼女の箸は止まらない。口いっぱいに頬張り、時折「んむっ!」「もぐもぐ」と小さな音を立てる。その瞳は、料理に釘付けだった。


「う、うまいやんけ……!」


その声には、驚きと感動が混じっていた。あっという間に皿を空にした玉藻は、大介をじっと見つめた。


(ワシ、弱っとるんか……? 昔は誰かと飯食うなんて、考えられへんかったのに)


玉藻はそう呟くと、視線を焚き火に移した。パチパチと燃える炎が、玉藻の瞳の中で揺れる。


「この匂い……ええな。久しぶりに、落ち着く気がする」


玉藻はそう呟くと、視線を焚き火に移した。パチパチと燃える炎が、玉藻の瞳の中で揺れる。


「うちは……もう誰の王にもならへん。でも、あんたの隣くらいなら……」


玉藻の言葉は、焚き火の音に混じって、ほとんど聞き取れないほど小さかった。しかし、大介の心には、その言葉がはっきりと響いた。孤独と期待が入り混じった、どこか切ない響きだった。大介は玉藻の隣に座り、夜空を見上げた。満点の星が、森の木々の間から瞬いている。


「こうやって焚き火を囲んで飯を食うのが、俺は好きだったんだ。スキル選択?ああ、玉藻のことを守れる力なら、なんでもいい」


大介はそう言い、玉藻の頭をぽん、と軽く撫でた。玉藻はびくりと肩を震わせたが、振り払うことはしなかった。


「……アホちゃうか。変なこと言うなや」


玉藻はそう呟き、そっぽを向いた。


「なんやの、この人間の匂い。きらいじゃない……」


玉藻のモノローグだった。彼女の小さな心の中で、確かに何かが変わり始めていた。


翌朝、二人は再び旅支度を整えた。魔王城での不測の事態から一転、穏やかな旅の始まりだ。


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【魔王のわるだくみノート】


フン! 人間め、昨日の野宿もなかなかやるやんけ。ワシの言うこと聞けば、案外使える奴やな。それにしても、この人間の作る飯は美味いし、腹が満たされると、ワシの力も少し戻ってきた気がするわ。まあ、これはワシのわるだくみのためやけどな! 次は宿屋やと? どんな場所か知らんけど、ワシの新たな魔王城を作るためなら、付き合ってやってもええで。アホな人間が、ワシの掌で踊っとるん、見てるの、なかなか面白いやんけ。


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次回予告


フン! 人間め、昨日の宿は狭苦しくて最悪やったわ! でも、ワシの隣で寝といて、まさかのアホ面で赤面しとったな! 昼間はああだこうだと偉そうなくせに、夜はドギマギしとるなんて、しょーもない人間やで、ほんま! まあ、そんなところが、ちょっとだけ……アカンアカン! 次の旅は、森やと? また変なもん拾ってこなきゃええけどな! ワシの魔王城は、まだまだ遠いんやで!


次回 第3話 宿屋の一夜は嵐の予感

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