倒した魔王は食いしん坊ロリ 〜焼き芋とスローライフと、時々ざまぁ〜

五平

第1話 異世界転移、スーパーの帰り道に

花守林大介は、スーパーのビニール袋を提げ、自宅への道を歩いていた。夕焼けがビルの谷間に沈み、空は茜色に染まる。今日の夕飯は奮発した特売の国産豚バラ肉で生姜焼きだ。付け合わせのキャベツの千切り、味噌汁の具は玉ねぎとワカメ。完璧な献立に、彼の口元が緩む。


(働いて、食って、寝るだけ。……そろそろ限界だったんだよな)


彼のモノローグが、ブラック会社での疲弊と、日常への限界を感じさせる。いつもの角を曲がった、その一瞬。


景色が、一瞬で真っ白に染まった。


「え、なに、これ?」


声に出した瞬間、足元がぐにゃりと歪む。立っているはずの地面の感触がなくなり、まるで水中に沈んでいくような浮遊感に襲われる。真っ白な空間はどこまでも広がる。音もなく、匂いもなく、ただ“無”がそこにあった。彼の思考は、今夜の生姜焼きでいっぱいのまま、突然の状況に追い付かない。


「あ、また勇者死んだ。やっぱレベル1じゃ無理ゲーだよなー」


突如、空間に声が響いた。ゲーム画面から聞こえる声。大介がそちらを見ると、白い空間の中心に、巨大なゲーム画面が浮かんでいる。画面に夢中の幼い少女が一人。彼女は、膝を抱えるように座り込み、コントローラーを握りしめていた。その表情は、まるで感情のないシステムAIのようだ。画面の隅には、小さく“召喚管理端末 α-13”と書かれていた。


「あの、すみません。ここはどこですか? 俺、スーパーの帰り道だったんですけど」


大介の言葉に、少女は一瞥もくれずにコントローラーを操作し続ける。


「あー、そこのアンタ、召喚ね。はい、チートスキル入れとくから。適当に頑張ってねー」


画面から目を離さず、指先一つで何かを操作すると、大介の体が再びぐにゃりと歪んだ。


「え、チートスキルって何ですか? ていうか、せめて話聞いて!」


彼の声は届いているのか、いないのか。再び視界が真っ白になったかと思うと、次の瞬間、ドッと体に衝撃が走った。埃と黴びた空気が、鼻腔をくすぐる。


「いってて……どこだよ、ここ」


体が着地したのは、ひんやりとした石畳の上だった。周囲は薄暗く、広大な石造りの部屋の隅っこだった。目の前には、巨大な玉座。その奥に広がる不気味な空間は、誰もが知る場所。


魔王城。


彼は、召喚陣の真ん中ではなく、部屋の隅に転移していた。これがへっぽこ召喚士の不完全な召喚のせいだということを、大介はまだ知らない。


「まさか、これがチートスキルの副作用か? いや、それより夕飯……」


スーパーの袋をぎゅっと握りしめながら立ち上がると、彼の足元に、なぜかキャンプ道具一式が転がっていることに気づいた。そういえば、今日は仕事帰りにそのままキャンプ道具を返しに行く途中だった。日常にしがみつく癖があるのか、非日常の中でも、変わらない日常のルーティンを求めてしまう。彼の視線は自然と玉座の方向へ向かう。そこには、予想を裏切る存在がいた。


「なに見てんのよ、この人間が」


玉座に座っていたのは、銀色の髪をした幼女だった。その頭にはピンと立ったキツネの耳が、背中からはふさふさとした尻尾が生えている。見た目は十歳前後といったところか。彼女は偉そうに腕を組み、鋭い眼光で大介を睨みつけていた。どう見ても、想像していた「魔王」とはかけ離れた姿だ。


「え、魔王って、まさかあんたが?」


思わず口から出た言葉に、幼女はムッとした表情になる。


「当たり前やろが! この玉藻様を誰やと思ってんのよ!」


その口調は、どう聞いても関西弁だった。大介は困惑した。レベル1。魔王城の隅っこ。目の前にはロリ魔王。夕飯は豚の生姜焼きなのに。


「あの、申し訳ないんですけど、俺、今すぐ帰りたいんですけど。夕飯の買い物中で……」


「はぁ?! なんやコイツ、図々しいにも程があるやろ! 大人しく死ねや!」


玉藻が手を振り上げた瞬間、大介の脳裏に声が響いた。


《魔王をテイムしますか? YES / NO》


「え? なんだこれ」


考える間もなく、大介の指先が勝手に動いた。


《テイムプロトコル……起動異常。対象魔王。特例許可処理》


「うおっ!?」


YES。


その瞬間、玉藻の体に淡い光が包み込み、彼女は「きゃんっ!」と小さな悲鳴を上げた。光が収まると、彼女は呆然とした表情で自分の手を見つめている。魔力がみるみるうちに抜けていく。そして、光と共に、彼女の身体を構成する魔素が、甘く、誘うような、微細な粒子となって舞い上がり、周囲の空気を震わせた。大介は、その光景に一瞬息を呑んだ。


(……この匂い、どこかで……)


まるで、張り詰めていた何かが、ふっと緩んだかのような変化だった。大介の視線が、玉藻の耳元を掠める。ピンと立ったキツネの耳は、ロリ化したことでさらに可愛らしく、思わず「かわいい」と声が出そうになる。


「はぁ? な、なんなんこれ?! わ、わ、わ、ワシの力が、消えた……?」


玉藻は顔を真っ赤にして大介を睨みつける。その目は、恐怖よりも困惑と怒りに満ちていた。魔王としての重責から解放された安堵、そして突然の孤独感が、彼女の心にじんわりと広がっていく。


「いや、俺も何が起きたのか……って、そういやチートスキルって言ってたな、あの女神」


状況を理解できないまま、大介はビニール袋から豚バラ肉を取り出した。


「ところで、腹減ったな。この魔王城に台所とかあります? 俺、料理できるんで」


玉藻は目を丸くした。怒りも忘れ、呆れたような視線で大介を見つめている。


「ハァァァァァァ?! なんやこの人間! いきなり召喚されて魔王テイムして飯の話か?! 頭おかしいんちゃうか?!」


その瞬間、玉藻の身体の奥から、微かに小さな火花のような魔力が生まれるのを、大介は感じ取った。


玉藻はしぶしぶと台所らしき場所へ案内してくれた。薄暗い一室には、かまどらしきものと、古びた調理器具がいくつか転がっている。


「食材なんてあるわけないやろ。魔王城やぞ、ここ」


玉藻はふんぞり返っているが、大介は持参したスーパーの袋から豚バラ肉とキャベツを取り出した。


「大丈夫です。俺、キャンプ道具一式、いつも持ってるんで」


そう言って、愛用のコンパクトストーブとフライパンを取り出す。火を起こし、ジュウッと豚肉を焼き始めた。焦げ茶の香りが部屋に充満し、玉藻の鼻がぴくぴくと動く。


「別に、うまそうとか思ってないからな!」


そう言いながらも、玉藻の視線はフライパンに釘付けだ。醤油と生姜が弾けた、焦げ茶の香りが食欲をそそる。


「はい、どうぞ」


大介が差し出した皿を受け取ると、玉藻は警戒しながら一口食べた。その瞬間、彼女の瞳が大きく見開かれた。


「う、うまいやんけ……!」


その声には、驚きと感動が混じっていた。あっという間に皿を空にした玉藻は、まだ何か言いたげに大介を見つめる。


「……別に世界なんて救わんでええやん。あんたとメシうまかったら、それでええねん」


その一言の裏に、小さな諦めと、初めて見せる“期待”が隠れていた。玉藻は、どこか遠い目をして、ぼそりと呟いた。


(……まさか、このワシが、人間にこんな感情を抱くなんてな……)


大介は、フライパンに残った豚肉を眺めながら、静かに答える。


「……それも、悪くないかもな。誰かと飯を食うって、こんなに悪くないんだな」


(……そういや、会社ではいつも一人でコンビニ弁当だったな。あの頃は、それが普通だと思ってたけど……)


大介は、過去の自分を思い出し、小さくため息をついた。ブラック会社で働いていた頃、彼は仕事に誇りを持っていた。しかし、過酷な労働条件と人間関係の中で、いつしか心をすり減らし、ただ「生きるため」だけに毎日を過ごすようになっていた。


窓の外は、すでに真っ暗だった。月明かりが、魔王城の寂れた床を淡く照らしている。埃っぽい空気の中、彼の「日常」は思わぬ形で再開された。


——こうして、魔王と人間の“滅びない旅”が始まった。


……なお、今夜のメニューは、スーパーの特売だった。


---

【魔王のわるだくみノート】


フン! 人間め、まさかワシの力がこんなに簡単に消えるなんてな。しょーもない女神のチートスキルとかいうやつか? まあ、この人間、飯は美味いし、しばらくは利用したるか。ワシの新たな魔王城を作るためなら、多少の我慢も必要や。それにしても、この人間、ワシがこんなになったのに、全然ビビってへんやんけ。ほんま、アホやな。けど、そんなアホな人間に、ワシのこの力、取り戻させたるからな。覚悟しいや!


---


次回予告


フン! 人間め、またワシを感心させおったな! まさかあんなしょーもない料理で、あの村長をギャフンと言わせるとは。まあ、ワシの力がなくなっても、この人間がおるなら当分は困らへんか。でも、ワシの魔王軍のへっぽこ共も、そろそろ役に立つところを見せてほしいもんやで! 次は、獣人の村に行くらしいが、どんな奴らがいるのか、楽しみやな!


次回 第2話 ポンコツ魔王と、初めての野宿飯

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る