第002話 ゲームと小さな投資

 1995年5月7日 日曜日


「聡、準備はいい?」


 翔が僕の家の前で手を振っている。今日は約束の中古ゲーム屋巡りの日だ。


「うん、行こう」


 僕はお小遣いの1000円と、貯金箱から出した2000円を財布に入れていた。合計3000円。10歳の小学生には大金だ。


「俺の兄ちゃんが教えてくれた店に行こうぜ。ゲームボーイのソフトがたくさんあるんだって」


 商店街の一角にある「ゲームプラザ田中」。看板はちょっと色あせているが、店内には大量のゲームソフトが並んでいる。


「いらっしゃい」


 店主のおじさんが笑顔で迎えてくれた。


 僕は店内を見回しながら、前世の記憶を整理した。1995年は携帯ゲーム機の黄金期。そしてもうすぐ、ポケットモンスターが発売される。


「おじさん、ゲームって買い取りもしてるんですか?」


「ああ、状態の良いものなら買い取ってるよ。特に人気のあるソフトは高値で引き取ってる」


 翔が目を輝かせた。


「聡、俺たちもゲーム売ってみない?」


「でも、売るゲームなんて持ってないよ」


 僕は店内の相場を観察していた。ドラゴンクエストやファイナルファンタジーの人気作は高値で売られている。一方で、あまり知られていないゲームは安い。


「おじさん、このソフトはどうして安いんですか?」


 僕が指差したのは「メトロイド」というゲーム。前世の知識では、後に名作として評価されるゲームだ。


「ああ、それはちょっと難しくてね。子供にはあまり人気がないんだ。でも、よくできたゲームなんだよ」


 500円の値札が付いている。僕は迷わず手に取った。


「これ、買います」


「え、聡、そんなつまらなそうなゲーム買うの?」


 翔が驚いた顔をした。


「なんとなく面白そうだから」


 僕は心の中で微笑んだ。このゲームは将来プレミア価格になる。今500円で買って、数年後に数千円で売れるはずだ。


 さらに僕は店内を巡り、前世の知識で価値が上がりそうなゲームを3本選んだ。合計2000円。


 翔は首をかしげていた。


「聡って変な趣味だな。俺だったら人気のゲーム買うけど」


「人と同じことをしても面白くないよ」


 家に帰ると、僕は早速購入したゲームを試してみた。メトロイドは確かに難しいが、前世でプレイした記憶があるので攻略法を覚えている。


「聡、難しいゲーム買ったのね」


 母さんが心配そうに見ている。


「大丈夫。少しずつやってみる」


 夕食時、僕は父さんに相談した。


「お父さん、お小遣いを増やしてもらうことはできる?」


「増やすって、1000円じゃ足りないのか?」


「足りるんだけど、もっと貯金したいんだ。それと、何か手伝いをしてお金をもらいたい」


 両親が顔を見合わせた。


「手伝いか。家の掃除とか、お使いとかなら手伝ってもらえるかな」


 母さんが提案した。


「一回50円ぐらいなら出せるわよ」


「やった!ありがとう」


 僕は計算した。月に20回手伝いをすれば1000円。通常のお小遣いと合わせて月2000円。これなら半年で1万円以上貯められる。


 その夜、僕は日記に書いた。


『投資日記スタート』

『現在の資産:1,240円(ゲーム購入後)』

『ゲーム4本購入(将来価値上昇期待)』

『月収入予定:2,000円(お小遣い+手伝い)』

『目標:半年で10,000円達成』


 ゲームは趣味でもあり、投資でもある。前世の知識を活かして、小さな利益を積み重ねよう。


 翌日、学校で翔に話した。


「昨日のゲーム、すごく面白いよ」


「本当?難しそうだったけど」


「最初は難しいけど、慣れると楽しい。今度一緒にやろう」


「いいね!」


 翔の純粋な笑顔を見ていると、前世では味わえなかった友情の大切さを感じる。


 お金儲けも大切だが、こうした人とのつながりの方がもっと価値がある。


 でも、投資で成功することで、大切な人たちをもっと幸せにできるはずだ。


 休み時間、僕は翔に提案した。


「翔、僕たちでゲーム交換クラブみたいなのを作らない?」


「ゲーム交換クラブ?」


「みんなでゲームを貸し借りしたり、いらなくなったゲームを交換したりするんだ」


 翔の目が輝いた。


「面白そう!やろう!」


 これも小さな投資の練習になる。需要と供給、価値の交換。経済の基本を遊びながら学べる。


 放課後、僕たちは早速クラスメートに声をかけた。


「ゲーム交換クラブに入らない?」


「何それ?」


「みんなでゲームを交換して、色んなゲームを楽しむんだ」


 数人の男子が興味を示した。


「面白そう!俺も入る」


「僕も!」


 あっという間に8人のメンバーが集まった。


「よし、明日から始めよう」


 家に帰ると、僕は興奮していた。ゲーム交換クラブは予想以上に好評だった。


「お帰り、聡。今日は楽しそうね」


「うん!友達とゲームクラブを作ったんだ」


 母さんが微笑んだ。


「友達がたくさんできて良かったわ」


 夕食後、僕は投資日記を更新した。


『ゲーム交換クラブ設立』

『メンバー8人』

『目的:遊びながら経済を学ぶ』

『将来の準備:人脈作り、リーダーシップ経験』


 小学生の僕にできることは限られている。でも、できることから始めれば、必ず大きな成果につながる。


 ベッドに横になりながら、僕は将来を想像した。10年後、20年後、僕はどんな大人になっているだろう。


 前世とは違う、成功と幸せに満ちた人生を送りたい。そのための第一歩が、今日始まったのかもしれない。


『明日は何を学ぼうか』


 期待に胸を膨らませながら、僕は眠りについた。


 翌週の土曜日


「聡、ゲームクラブの集まりはどう?」


 翔が聞いてきた。1週間でクラブは大人気になっていた。


「みんな楽しんでるよ。でも、もっと組織的にしたいんだ」


 僕は一つのアイディアを思いついていた。


「翔、今度中古ゲーム屋に一緒に行かない?今度は売る方も試してみよう」


「売る?」


「うん。クラブのメンバーから不要なゲームを集めて、まとめて売ってみるんだ」


 翔は目を丸くした。


「それって商売じゃない?」


「小さな商売だね。でも勉強になると思う」


『少しずつ、確実に』


 僕は心の中でつぶやいた。


 転生という奇跡を無駄にしない。今度こそ、最高の人生を築いてみせる。


 そのために、今日も小さな一歩を踏み出そう。


 数日後


 ゲーム交換クラブは予想以上に盛り上がっていた。メンバーが持ち寄ったゲームは20本を超え、みんな楽しそうに交換している。


「聡、すげーな。君のアイディアでみんな喜んでる」


 翔が感心したように言った。


「みんなで楽しめるのが一番だよ」


 僕は本心からそう思っていた。お金儲けも大切だが、友達との時間はお金では買えない価値がある。


「でも、君が言ってた『売る』っていうのも気になるんだ」


「そうだね。今度の土曜日、一緒に試してみよう」


 その週の土曜日、僕と翔は再びゲームプラザ田中を訪れた。今度はクラブメンバーから預かった不要なゲーム5本を持参していた。


「おお、また来たね。今度は売りに来たのか?」


 店主のおじさんが笑顔で迎えてくれた。


「はい。これらのゲーム、買い取ってもらえませんか?」


 おじさんはゲームを一本ずつ検査した。


「これは800円、これは500円、これは300円...全部で1,800円になるな」


 僕たちが持参したゲームの元の購入価格は合計で約3,000円だった。中古での買い取り価格は新品価格の6割程度ということがわかった。


「ありがとうございます」


 僕は1,800円を受け取りながら、貴重な勉強をしたと思った。


 帰り道、翔が興奮していた。


「すごいじゃん!本当に売れたよ!」


「うん。でも、新品で買うより安く買い取られるから、よく考えないとね」


「そうだね。でも、遊び終わったゲームがお金になるのは嬉しい」


 家に帰ると、僕は投資日記を更新した。


『ゲーム売買実験結果』

『買い取り価格:新品価格の約60%』

『学んだこと:中古市場の価格形成』

『今後の戦略:価値が上がりそうなゲームは保持』


 小さな実験だったが、投資の基本を体験できた。買う時の価格と売る時の価格の差、需要と供給の関係、そして何より、実際にお金が動く感覚を味わえた。


『次は仁天堂の株を買ってみたい』


 僕は心の中でつぶやいた。


 でも焦る必要はない。確実に準備を整えて、最適なタイミングで行動しよう。


 前世の失敗を繰り返さないために。

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