第56話 話し合い(1)

6月29日、水曜日。

放課後。


帰りのホーム―ルームが終わると、私は一人で生徒指導室へ向かった。

学年主任の田原先生と楓恋たちと私で、いじめの事実についての話し合いをするためだ。


本当はこの時間は部活動だが、今日は特別に休みをもらった。

楓恋たちも田原先生によって、強制的に部活動を欠席することになっている。



生徒指導室に入ると、楓恋たちは全員既に来ていて、長方形のテーブルの手前の長辺に偏り座っていた。



真っ先に鋭い視線を向けた圭子を除き、他の楓恋、香織、美奈子、花梨は、睨むわけでなく、申し訳なさそうな表情を浮かべるわけでもなく、ただ無表情で私を見た。

もちろん話し合いの内容を知っているのだろうが、何を考えているのか分からず、何だが怖い。


でも、ここは身を縮めるところじゃない。

私は“被害者”なのだから、堂々としていればいい。

この機会で、絶対にいじめの事実を学校に認めさせ、そして殺人未遂を繰り返している犯人を暴いて見せるんだ。



そう意気込みながら、楓恋たちの向かいの席に座った時。


ドアが開いて、田原先生が入って来た。

長方形のテーブルの短辺――――いわゆる誕生日席に腰を下ろすと、


「よし、全員そろっているようだな。始めようか」


そう言って、両肘をテーブルにつき、額に皺を寄せる。


「……君たちも忙しいだろうし……単刀直入に行こうか」


鋭い視線を、田原先生から一番遠い楓恋、圭子、香織、美奈子、花梨の順番に走らせる。


「君たちは、そこにいる中谷をいじめていたのか?」


その問いに、楓恋は目を伏せ、それを圭子が不安げな表情で見つめる。

香織たち三人は、互いに顔を見合わせる。


「どうなんだ? 中谷と担任の後藤先生からは、「いじめがあった」と報告を受けている」


田原先生がイライラした様子で、テーブルを人差し指でトントンと叩く。


「田原先生」


私が口を開く。


「証拠もないのに、「いじめがあった」と言っても、彼女たちは認めないでしょう。なので、これを聴いていただこうかと」


ポケットから取り出したスマートフォンを起動し、ある音声データを開くと、一度楓恋たちを見渡した。


――自転車の事故でデータが飛んだと思った? 残念ね。ちゃんと家のパソコンにバックアップ取ってあったんだから!


私は不敵に微笑むと、再生ボタンを押した。



スマートフォンから、音声が流れる。

楓恋たちと戦うと決意した次の日の朝に録音した、あの音声だ。


「【あっれー、彩里あいり、今日も来たの?】」

「【ほんと根性だけはあるよねー】」

「【ウッザー!】」

「【ねえ、もうやめて欲しんだけど】」

「【はあ?】」

「【今すぐやめないなら、全部学校に言う。そうしたら、あんたたち全員、停学になると思うよ。大学行けなくなるかもよ? それでもいい?】」

「【何、いきなり漫画の主人公気分? 彩里のクセに、調子乗らないでくんない?」

「【調子に乗ってるのは、あんたたちの方でしょ。悪口言ったり、教科書汚したり、暴力振るったり……それが正義だとでも思ってるの?】」

「【そうよ。私たちは、クラスの害虫であるあなたを退治しようとしているだけ。これは奉仕活動なの。これだけ教えてあげてもわからないなんて……余程のおバカさんなのね】」


音声が流れている間、楓恋たちは冷や汗を流しながら、俯いて聞いていた。


再生が終わり、私がスマートフォンを閉じると、田原先生は再び圧力をかける。


「この録音データは……一体どういうことだね、君たち?」


決定的な証拠を見せつけられた彼女たちは、バツの悪い顔で、田原先生と目線を合わせない。





――――しかし、ただ一人を除いては、だった。



「その音声の通りです」


そう言った人物に、私は驚いて「えっ」と声をあげた。



「私は中谷さんをいじめました」


楓恋は私の顔を見て、はっきりとそう言うと、目線をテーブルに落とした。




――――嘘。楓恋が認めた?

一流大学への進学を希望している彼女のことだから、内申点を気にして、他のメンバーが認めても、なかなか認めないだろうと予想していたのに。


「……そういうことみたいだが、君もかね?」


そんな中、糾弾は楓恋の隣の圭子に及ぶ。


圭子はちらちらと楓恋を気にし、


「……ウチも……いじめました」


唸るように言って、私を睨んだ。


楓恋が認めたのなら、圭子もそうするのは当然だろう。

楓恋を裏切るなんて、彼女には死んでも無理な事だ。



「……では、そっちの三人も、認めるんだな?」


イライラした様子で、田原先生が香織、美奈子、花梨にも回答を求めると、突然、香織が両手で顔を覆って泣きだした。


「こんな……、こんな大事になるなんて、思ってなかったんです。ちょっとした“からかい”のつもりで……」

「中谷さんはそんな風にとらえなかったみたいで……誤解もあるんですけど……。実際はそんな深刻なつもりは全く無くて……」

「西条さんが……ヒック……グスッ……、ちょっと度が過ぎる“からかい”することがあって、あたしはやり過ぎだと感じることもありました」

「けど、言えな……くって……グスッ、ヒック……」


しゃくりあげて泣く香織を、美奈子と花梨が慰める。



私はこの光景を、白けた気持ちで見ていた。



――――追い詰められたら、嘘泣きかよ。

演技下手過ぎ。バレバレだから。

あの録音データを“からかい”と取らせるのは無理ありすぎでしょ。


まあ、私でもわかる演技に大人の田原先生が騙されるわけないし、楓恋と圭子もいじめを認めたのだ。順調だ。


このあと田原先生が香織の嘘泣きを咎めたら、“本題”に入ろう。ブレーキと花瓶、それから倉庫の事件の言及を――――



そう思った、その時。




「なあ、中谷」


田原先生に声を掛けられ、そちらを向く。



先生は、眉を下げ、口元に笑みを浮かべていた。

それはまるで、せっかく買ってもらったアイスクリームを地面に落としてしまった子供を慰める親のような、そんな顔だった。


その表情に、少し違和感を覚えたが、“本当にいじめがあったんだな。辛かったな”という顔なのだろう。




――――しかし。



次の瞬間、田原先生の口から飛び出た台詞に、私は一瞬思考が停止した。







「――――こうして田端も泣いているんだし、実際はちょっと“からかわれた”だけだったんじゃないのか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る