第24話 瑠璃で孤独なグルメ

「‥‥‥あのさ、そろそろいいんだけど」


「ああ、もういいんすか。それじゃあお疲れさまっす」


「うん、お疲れー」


 瑠璃はそういうと後輩の刈谷エムから降りた。エムは立ち上がると、今まで四足歩行で歩いていたところを二足歩行になって、驚愕と不可解の入り混じった表情でこちらを見つめる通行人をよそに颯爽と駅の方へと去っていった。


「まさか後輩の女の子に乗って移動することになるとはね‥‥‥」


 2人で仕事をこなしたあとで、一緒に帰らないすか?とか言われたからてっきり2人並んで帰るものかと思っていたのだが、まさか上下に並んで帰ることになるとは思ってもみなかった。


「まあ何事も経験だね」


 ‥‥‥さて、人の視線に耐えきれなくなったのでとりあえずここで降ろしてもらったのだが、ここは多少見知ってはいるが、あんまり来たことのないよく知らない街だった。


「んー、どうしよっかな。このまま普通に家に帰ってもいいんだけど‥‥‥でもせっかくいつもは来ない街にきたわけだから、もうちょっと色々散策したい気もするなあ‥‥‥」


 と、瑠璃がそこら辺をぶらぶらと適当に歩いて行こうとした時だった。瑠璃は自分の胃の中が空虚な状態になっていることに気がついた。


「腹が、減った‥‥‥」


 そう、瑠璃はめちゃくちゃに腹が減っていた。考えてみれば、朝に一本で満足するバーを一本食べたくらいで、ろくなものを食べていない。スマホを取り出して時間を見ると、もう13時28分だった。お腹も減るはずだ。


「うーん、散策の前に、何かお腹に入れておきたいな。よし、店を探そう」


 瑠璃は店を探すことにした。


「あの子は一体なんなの‥‥‥?」


 馬になったエムの上に瑠璃が乗っていたところを見た通行人は、何か恐ろしいものでも見るような目をしてそう呟く。瑠璃はそれを気にすることなく、店を探しに歩き出した。


 ‥‥‥


「さて、何を食う? 何を食いたい? 俺の腹は今何腹なんだ」


 と、どこかの個人輸入雑貨商のようなことを呟きながら歩いていると、ふととある店が目に入った。


「お?洋食屋グリーン‥‥‥」


 やや年季の入った看板に『洋食屋グリーン』と書かれた店があった。見ると、ケースの中に入った所々黒ずんでいる食品サンプルに、焦茶色の金属と汚れたガラスで出来た扉‥‥‥


「ああ、なんか味のある洋食屋さんだ」


 瑠璃は食品サンプルを見てみる。ハンバーグやらナポリタンやら、オーソドックスな料理が並んでいるかと思えば、どう見てもオムライスの食品サンプルに『カレー』というプレートがつけられたりしていた。


「オムライスがカレー? なんだこれ、面白すぎるな」


 瑠璃はふふ、とちょっと笑ってから言った。


「よし、ここにしよう」


 瑠璃はそう決めるとドアを開けて店の中に入った。


「いらっしゃいまー‥‥‥!?」


 瑠璃が店の中に入ると若い女性の店員さんが出迎えてくれたわけなのだが、なぜか瑠璃を見てちょっと驚いたような顔で固まった。


「‥‥‥えと、あのお母さんとかお父さんは一緒じゃないですか?あとからやってくるとか‥‥‥」


 店員さんはしゃがみ込み、瑠璃と目線を合わせるとそう言った。言われて初めて瑠璃は気がついた。そうだ、よく考えたら今の瑠璃は幼女状態だった。魔法少女の服ではなく妹のお下がりの女児服を着ているのでそこまで目立ってはいないだろうが、幼い女の子1人だけでこんな店に入ってくるというのはやや不自然だったようだ。ちょっと目立っている。


 しかし、今さら変身を解くというのもあれだろう。余計に目立つし自ら正体を晒すことになってしまう。


 仕方ない。このまま押し通そう。


「えと、お父さんとお母さんは今は一緒じゃなくて‥‥‥でも、お金ならあるので、ここでご飯を食べさせてもらえませんか?」


 そう言って、瑠璃は財布の中身を見せた。瑠璃は今二万円ほど持っている。


「そ、そうですか‥‥‥じゃあ‥‥‥えと、どうぞ」


 店員さんは、いいのかな‥‥‥みたいな顔をしつつもとりあえず瑠璃を席へ案内した。


 瑠璃は案内された席へ着く。ちょっと椅子とテーブルが高い感じがするが、まあ仕方ないだろう。店員さんがメニューを持ってきたので、瑠璃はそれを読んだ。


「おお‥‥‥」


 なかなか豊富なメニューが並んでいる。写真付きで、見るからに美味しそうだ。表の食品サンプルで見た通りの王道の料理が並んでいる。例のカレーというプレートのついたオムライスは、ドライカレーを卵で包んだもののようだった。普通にカレーライスもあるので、紛らわしいことこの上ないが、そこもまた味だろう。


 瑠璃はそのメニューをパラパラと見ていく。何にするか。どれも美味しそうで迷ってしまう。


 まあ今はこの体だ。あまり大人向けの、子供にはよくわからないような感じの料理とかはやめておいた方がいいだろう。例えばこのモツ煮定食とかはよしておいた方がいいだろう。もっとわかりやすく美味しいものの方が幼女の舌には良さそうだ。


 しばらく見て、それから瑠璃は手をあげて店員さんを呼んだ。


「すいませーん」


「はーい」


 店員さんがやってくる。瑠璃はメニューを指差して注文した。


「この、ハンバーグ定食をお願いします」


「はい、ハンバーグ定食お一つですね。かしこまりました」


 店員さんは注文を伝えに厨房の方へと向かっていく。これでいい。ハンバーグ定食ならまず外すことはないだろう。


 と、瑠璃が料理を待つ間どうしようかとちょっと考えていると、隣の席にいた年老いた女性から声をかけられた。


「あらあら、まだ小さいのに、漢字が読めてえらいねえ」


 瑠璃が読んだメニューには振り仮名がふられていなかった。それで褒めてくれたのだろう。


「あ‥‥‥ありがとうございます」


「今日は1人でお出かけかい?」


「えと、仕事‥‥‥じゃなくて、お使いで」


「あら、えらいねえ。よくお父さんお母さんのお手伝いして、いい子でいるんだよ」


 女性はそういって瑠璃の頭を撫でてくれた。


 本来男子高校生である瑠璃がこんなふうに頭を撫でて褒められるというのはなんか少し微妙な気分だ。けっこうこういうことがあったりはするものの、いつも大体どうしていいかわからない感じになる。しかし、悪い気はしない。だからいつも素直に撫でられていた。


 しばらくその女性と話して時間を潰していたが、やがてその女性は帰ってしまう。瑠璃はそのあと頬杖をついてしばらく待っていたが、店員さんが来て


「お待たせしました。こちら、定食のサラダになります」


 まずは定食にセットでついているサラダが来た。


「サラダか‥‥‥」


 そういえば、聞いたことがある。子供が野菜を苦手とするのは、大人より苦味を感じやすいからだとかなんとか。


「んー、この体で食べても大丈夫だろうか‥‥‥」


 瑠璃はちょっと逡巡したが、まあ迷っても仕方ないので食べることにする。


「────にがい!!」


 やっぱりだった。ドレッシングがかかっているのだが、いつもより鮮明に苦味を感じてしまう。

 

「仕方ない。鼻をつまみながら食べよう」


 瑠璃が鼻をつまみながらサラダを食べていると、まもなく白いご飯にお椀に入ったスープ、それと主役のハンバーグが来た。


「おいしそう‥‥‥」


 なかなか美味しそうだ。ご飯はお椀に入っており、スープもお椀に入っている。こういうふうに出されると、洋食のライスやスープとはまた違ったように感じる。


 ハンバーグは鉄板とかに乗っているわけではなく、普通にお皿に乗って出てきた。お皿の上にはハンバーグだけではなくコーンとソーセージが乗っていた。


「付け合わせにソーセージか‥‥‥何だか豪華だね」


 瑠璃は早速ハンバーグを食べにかかる。デミグラスソースのかかったオーソドックスなハンバーグだ。箸でそのハンバーグを切って口に運ぶ。


「おいしい‥‥‥」


 見た目通り、等身大にうまい。なんの気取ったところのないごく普通のデミグラスハンバーグなわけだけど、その変わったところのないのが幼女の体である今の瑠璃にはしっくりくる。デミグラスソース特有の酸味、甘味、塩味、ちょっとしたコク‥‥‥正直いって、味にあんまり奥行きとか、複雑さみたいのはないが、その分わかりやすい。幼女の舌にはこういうわかりやすいのが一番いい。


 ハンバーグを食べて、白いご飯を食べる。幸せだ。付け合わせのソーセージも食べる。美味しい。コーンはデミグラスソースと絡めて食べる。美味しい。


 お椀に入ったスープも飲んでみる。オニオンスープとかだろうか。これも分かりやすくうまい。


「おいしい‥‥‥おいしい」


 こういう分かりやすいのは男子高校生の時に食べてももちろん美味しいわけだけど、幼女の時に食べるとより美味しく感じるように思う。年齢や性別が変わると不便なこともあるわけだけど、こういうメリットもある。こういう時には幼女になれるというのもそう悪いことじゃないなと思える。


「おいしかった‥‥‥」


 あっという間に食べ終えてしまった。しかしまだまだお腹には余裕がある感じだ。


「すいませーん」


 瑠璃は店員さんを呼んだ。やってきた店員さんに注文した。


「このミニパフェください」


 男子高校生の時には甘すぎて途中でうんざりしてしまうパフェも、幼女の体なら最後まで美味しく食べられる。


 瑠璃は、にこにこしながらそれを待つのであった。


 ◇


 さて、食べ終わってお会計の時。


「あっ、あの!」


 店員さんに声をかけられた。


「はい、なんでしょう」


「あの、ひょっとして‥‥‥魔法少女ラピスさんですか!?」


「え?」


「いややっぱりそうだ! ラピスさんだ! 最初服装が違うから気づかなかったんですけど、途中からそうじゃないかって! あの、サインください!」


 この店には魔法少女ラピスのサインが飾られることになるのであった。

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一般男子高校生が魔法少女になって魔物を倒す日常 大崎 狂花 @tmtk012

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