第8話 農業地区での小さな騒動

マルタの雑貨屋での出来事から三日後。


トウマは冒険者ギルドの掲示板を眺めながら、軽く顎を撫でた。リオのオルゴール作りは順調に進んでいるようだが、完成までにはまだ一週間はかかりそうだ。


「適当な依頼でも受けておくか……」


掲示板には様々な依頼が貼り出されている。モンスターの討伐、護衛、薬草の採取など、どれも見慣れたものばかりだった。


「あー、トウマさん!」


振り返ると、ギルドの受付嬢が慌てた様子で駆け寄ってきた。


「どうしたんだ、そんなに慌てて?」


「実は、ちょっと困った依頼が舞い込んできまして……」


受付嬢は書類を差し出しながら、申し訳なさそうに説明した。街の北部で、最近野菜の盗難が多発しているという。犯人は捕まっていないが、どうやら普通の盗賊ではなさそうだ。


「野菜泥棒か……まぁ、面白そうじゃないか」


「本当ですか?他の冒険者の方々は、報酬が安いからって敬遠されてしまって……」


確かに、野菜泥棒の討伐では金貨一枚程度の報酬しか期待できない。しかし、トウマには金銭よりも興味が勝った。


「引き受けるよ。詳しい話を聞かせてくれ」


――――――


街の北部は、商業地区とは違って住宅と小さな農園が点在する静かな場所だった。石畳の道は少し狭く、両側には手入れの行き届いた菜園が並んでいる。


「この辺りが被害の中心地か……」


トウマは歩きながら周囲を観察した。確かに、いくつかの畑では野菜が根こそぎ持ち去られた形跡が見て取れる。しかし、不思議なことに足跡らしきものは見当たらない。


「おや、冒険者さんですか?」


声をかけてきたのは、腰の曲がった老人だった。手には鍬を持ち、汚れた作業着を身に纏っている。


「ええ、野菜泥棒の件で来ました。何か手がかりになりそうなことはありませんか?」


「そうですか……実は、うちの畑もやられてしまいまして」


老人は困り果てた表情で、自分の畑を指差した。確かに、そこには大根やキャベツが引き抜かれた跡がくっきりと残っている。


「犯人の姿は見てないんですか?」


「それが……夜中に物音がしたんで見に行ったんですが、誰もいませんでした。でも、確かに野菜が盗まれていて……」


老人の話を聞いていると、トウマの直感が何かを察知した。普通の盗賊なら、もっと雑な盗み方をするはずだ。しかし、ここの被害現場は妙に整然としている。


「ありがとうございました。調べてみます」


老人と別れたトウマは、被害の大きかった畑へと向かった。そこで、彼は興味深いものを発見する。


「これは……?」


畑の隅に、小さな穴が開いていた。直径は人の拳ほどもないが、かなり深そうだ。トウマは膝をついて、穴の中を覗き込んだ。


「もしかすると……うん?」


その時、穴の奥から何かが蠢く音が聞こえた。トウマが身を引こうとした瞬間、穴から勢いよく何かが飛び出してきた。


「うわっ!」


慌てて後ろに跳び退いたトウマの前に現れたのは、手のひらサイズの奇妙な生き物だった。茶色い毛玉のような体に、大きな黒い目。そして、その口には大根の葉っぱがくわえられている。


「……やっぱり、モールラットか」


モールラットは通常、地下に巣を作って木の根や虫を食べる小動物だ。しかし、目の前にいる個体は明らかに普通のモールラットとは違っていた。


「ちょっと待てよ、お前……」


トウマが手を伸ばそうとした瞬間、モールラットは大根の葉を落として、高い声で鳴いた。


「キィー!」


すると、周囲の地面からぞろぞろと同じような生き物が顔を出し始めた。一匹、二匹……気がつくと、トウマの周りには十数匹のモールラットが集まっていた。


「おいおい、これはちょっと……」


しかし、トウマが身構えようとした時、モールラットたちは攻撃してくるどころか、申し訳なさそうに身を寄せ合った。よく見ると、どの個体もやせ細っていて、毛艶も悪い。


「まさか、お前たち……」


トウマの推測が正しければ、この子たちは飢えて野菜を盗んでいるのかもしれない。しかし、モールラットは本来、地下深くに生息する生き物だ。地上に出てくるということは、相当な理由があるはずだった。


試しにトウマは懐から干し肉を取り出すと、小さくちぎってモールラットたちの前に置いた。すると、彼らは恐る恐る近づいて、美味しそうに食べ始めた。


「やっぱり腹を空かせてたんだな……」


しかし、問題はなぜ彼らが地上に出てきたのかということだ。トウマは先ほどの穴を改めて調べてみることにした。


――――――


穴の中に魔法の光を灯して覗き込むと、地下に広がる空間が見えた。本来なら、そこはモールラットたちの巣があるはずの場所だ。しかし、今は水で満たされている。


「地下水脈が変化したのか?」


最近の大雨の影響で、地下の水脈が変わってしまったのかもしれない。そうなると、モールラットたちは住処を失い、食料を求めて地上に出てくるしかなくなる。


「なるほど、それで野菜泥棒というわけか……」


トウマは納得したが、同時に新たな問題も浮上した。このままでは、モールラットたちは農家の人々から害獣として駆除されてしまうかもしれない。


「さて、どうしたものか……」


その時、モールラットの一匹が、トウマの足元に近づいてきた。そして、小さな前足で彼のブーツを軽く叩く。


「どうした?」


モールラットは振り返ると、穴の方向を指差すような仕草をした。まるで、何かを伝えようとしているかのようだ。


「もしかして、案内してくれるのか?」


トウマがそう言うと、モールラットは嬉しそうに鳴いて、穴の方へ向かった。他の個体たちも、ぞろぞろと後に続く。


「まぁ、ついて行ってみるか」


――――――


モールラットに案内されて、トウマは街の北部をさらに奥へと進んだ。やがて、小さな丘の麓に到着する。


「ここか?」


モールラットたちは、丘の中腹にある洞窟の入り口で立ち止まった。洞窟の奥からは、かすかに水の流れる音が聞こえる。


「なるほど、地下水がここまで溢れ出してるのか……」


トウマは洞窟の中に入り、魔法の光で内部を照らした。確かに、本来は乾いた地下通路だったであろう場所が、膝の高さまで水に浸かっている。


「これじゃあ、住めないな……」


しかし、トウマの冒険者としての経験が、この状況に対する解決策を思い浮かべていた。


「よし、ちょっと待ってろ」


トウマは魔法剣を抜くと、洞窟の奥へと向かった。そして、水の流れを遮っている土砂の塊を発見する。


「これが原因か……破砕閃!」


トウマが放った一閃が、巨大な土砂の塊を吹き飛ばした。しばらくすると、勢いよく水が流れ出し、洞窟内の水位が下がり始める。


「よし、これで大丈夫だな」


作業を終えたトウマが振り返ると、モールラットたちが感謝するように鳴いていた。


「これで、元の巣に帰れるだろう。でも、しばらくは農家の人たちに迷惑をかけたお詫びをしなくちゃな」


――――――


翌日、トウマは被害を受けた農家を一軒ずつ回り、事情を説明した。そして、モールラットたちの代わりに被害の補償を支払って回った。


「まさか、あの小さな生き物たちが犯人だったとは……」


老人は驚いた様子で、トウマの話を聞いていた。


「悪気があったわけじゃないんです。住処を失って、仕方なく……」


「そうでしたか……それなら、仕方ありませんね」


農家の人々は、事情を理解すると寛大な態度を示してくれた。中には、モールラットたちのために野菜くずを分けてくれる人もいた。


「ありがとうございます。きっと、あの子たちも喜びます」


トウマは心から感謝の気持ちを込めて、頭を下げた。


その日の夕方、トウマは再び丘の麓を訪れた。洞窟の入り口では、数匹のモールラットが顔を出して、彼を迎えてくれた。


「調子はどうだ?」


モールラットたちは元気よく鳴いて、洞窟の奥へと案内してくれた。中に入ると、水はすっかり引いており、乾いた土の上に彼らの巣が再建されていた。


「良かった。これで安心だ」


モールラットの一匹が、トウマの足元に小さな石を転がしてきた。よく見ると、それは美しい光沢を持つ鉱石だった。


「これは……お礼のつもりか?」


トウマは鉱石を手に取り、柔らかく微笑んだ。


「ありがとう。大切にするよ」


――――――


ギルドに戻ったトウマは、受付嬢に事件の解決を報告した。


「まさか、そんな理由だったとは……」


「時々、こういうこともあるんだよ。悪意のない事件っていうのは」


受付嬢は感心したように頷いた。


「それにしても、トウマさんらしい解決方法ですね」


「そうかな?」


「ええ。普通の冒険者なら、モンスターとして駆除して終わりだったでしょうから」


確かに、それも一つの解決方法だったかもしれない。しかし、トウマには彼らを傷つける理由がなかった。


「まぁ、結果オーライだろう」


そう言いながら、トウマは懐の中の鉱石に触れた。小さな温もりが、彼の心を和ませる。


「そういえば、聞きましたよ。リオくんのオルゴール、どんな感じなんですか?」


「ああ、順調に進んでるよ。マルタさんが、丁寧に教えてくれてるみたいだ」


トウマは窓の外を見た。夕暮れの街並みの向こうに、あの小さな雑貨店があるはずだ。きっと、今頃リオは一生懸命オルゴール作りに励んでいることだろう。


「もうそろそろ出来上がるかもな。完成が楽しみだ……」


そんなことを呟きながら、トウマは今日という一日を振り返った。野菜泥棒の正体を突き止めるつもりが、小さな生き物たちとの心温まる出会いになった。


「今日もなかなか楽しめたな。さて、そろそろ帰って休むとするか」


夕日が街を優しく照らす中、トウマは宿屋への帰り道を歩いていった。

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