第7話 雨宿りの小さな店で

午後の空が急激に暗くなり、雷鳴が街に響いた。トウマは宿屋から冒険者ギルドへ向かう途中で、雨粒がぽつりぽつりと頬に当たるのを感じた。


「おっと、これは降りそうだな」


空を見上げると、分厚い雨雲が街全体を覆いつくそうとしていた。十数秒後には、本格的に雨が降り始めた。


「あらあら大変!」


街角で、そんな声が聞こえた。振り返ると、年老いた女性が慌てて商品を店の軒下に運び込もうとしている。しかし、彼女一人では到底間に合わない。


「まぁ、こういう時は手伝うのが筋だよな」


トウマは苦笑いを浮かべながら、その小さな雑貨店へ駆け寄った。


――――――


「おばあさん、手伝いますよ」


「あら、ありがとうございます!急に降り出してきてしまって……」


老女は安堵の表情を浮かべた。トウマは素早く外に並べられた商品を店内に運び込んでいく。陶器の小物、手作りのアクセサリー、薬草を使った石鹸など、どれも丁寧に作られた品々だった。


雨脚が強くなり、トウマも店の中に避難することになった。


「本当に助かりました。お客さん、冒険者の方ですね?」


「ええ、まぁ。トウマと申します」


「私はマルタと申します。この店で、ささやかな商売をしています」


店内を見回すと、商品の数はそれほど多くない。しかし、どれも心のこもった手作りの品ばかりだった。特に目を引いたのは、美しい細工が施された小さなオルゴールだった。


「綺麗な品物ですね」


「ありがとうございます。でも、最近はなかなかお客さんが……」


マルタおばあさんの表情が少し曇った。


「何か理由が?」


「実は、向こうの大通りに大きな商店が出来まして。そちらの方が品揃えも豊富で、値段も安くて……」


トウマは窓の外を見た。確かに、少し離れた場所に立派な店構えの商店が見える。


「そうですか……でも、おばあさんの品物は心がこもってますよ。きっとそれを分かってくれるお客さんもいるはずです」


「そう言っていただけると嬉しいですが……」


その時、雨に打たれながら一人の少年が店の前を通り掛かった。ずぶ濡れになった少年は、店のショーウィンドウに飾られたオルゴールを見つめて立ち止まった。


――――――


「あの子……」


マルタおばあさんが心配そうに呟いた。少年は十歳前後で、薄汚れた服を着ている。しかし、オルゴールを見つめる瞳には純粋な憧れの光が宿っていた。


「おばあさん、あの子のこと知ってるんですか?」


「ええ、リオくんです。両親を事故で亡くして、今は教会の世話になっているんです。時々、この前を通る時にオルゴールを見つめているのを見かけて……」


少年は雨に濡れながらも、しばらくオルゴールを眺めていたが、やがて寂しそうな表情で歩き去っていった。


「あのオルゴール、特別な品なんですか?」


「えぇ……実は、あれは私の亡くなった娘が最後に作った作品なんです。娘も手先が器用で、私と一緒にこの店を……」


マルタおばあさんの声が震えた。


「そうだったんですね……」


「リオくんが毎回あのオルゴールを見つめているのを見ると、胸が締め付けられるんです。きっと、亡くなったお母さんを思い出すのでしょう……」


トウマは窓の外を見た。雨は相変わらず激しく降り続いている。


「おばあさん、そのオルゴール、いくらで売っているんですか?」


「えっ……あ、すみません。あれは非売品なんです。娘の形見ですから……」


「そうですよね。すみません、変なことを聞いて」


しかし、トウマの頭の中ではあるアイデアが浮かんでいた。


――――――


雨が小降りになってきた頃、店の扉に小さなノック音が響いた。


「はい、どうぞ」


扉を開けると、先ほどの少年リオが立っていた。服はまだ濡れており、震えている。


「あの……すみません」


「リオくん!濡れてるじゃない。早く中に入って」


マルタおばあさんが慌てて少年を店内に招き入れた。


「タオル、タオル……」


「おばあさん、俺の上着を貸しますよ」


トウマは自分の外套を脱いで、リオの肩にかけてやった。


「あ、ありがとうございます……」


少年は恥ずかしそうに俯いた。


「リオくん、どうしたの?何か用事があったの?」


「あの……オルゴール、見せてもらってもいいですか?」


少年の声は小さかったが、その願いは切実だった。


「もちろんよ。でも、触らないでくださいね」


マルタおばあさんがオルゴールをショーウィンドウから取り出すと、リオの表情が明るくなった。


「綺麗……」


ゼンマイを回すと、優しいメロディーが店内に響く。その音色は、どこか懐かしく、温かい記憶を呼び起こすような不思議な魅力があった。


「このメロディー……お母さんがよく歌ってくれた歌と同じなんです」


リオの瞳に涙が浮かんだ。


「リオくん……そう。このオルゴールのメロディーは、昔から伝わる子守唄なのよ。私の娘も、小さい頃によく歌っていたわ」


「お母さんも、このメロディーが大好きでした。この前、お婆さんがこのオルゴールを聴いているところを見てから、ずっと気になっていて……」


少年の言葉に、店内の空気が温かくなった。そこで、トウマが口を開く。


「マルタさん、提案があるんですが」


「提案?」


「このオルゴール、リオくんに作り方を教えてあげませんか?」


マルタおばあさんとリオの両方が驚いた表情を見せた。


「作り方……ですか?」


「ええ。リオくんが自分の手で作れば、それは世界で一つだけの、彼だけのオルゴールになります。お母さんとの思い出も、きっと形になるでしょう」


「えっ?でも……僕なんかに作れるでしょうか?」


リオが不安そうに呟いた。


「大丈夫よ、リオくん。私が一から教えてあげる。時間はかかるけれど、きっと素敵なオルゴールが作れるわ」


そう答えるマルタおばあさんの瞳には、久しぶりの輝きが戻っていた。


「本当ですか?あっ、でも、材料費とか……僕、お金がないんです」


一瞬喜び掛けたリオだったが、そのことに気づくと悲しそうに俯いてしまった。


「それなら心配いらない」


トウマが懐から金貨を数枚取り出した。


「これを材料費に使ってくれ」


「え……でも、そんな……」


「良いんだ。俺、手作りの品が好きなんだよ。それに、心のこもったオルゴールなら、きっと素晴らしい音色を奏でてくれるだろうからな。お代はそれを聞かせてくれれば十分だ」


マルタおばあさんが感激で涙を流していた。


「ありがとうございます……本当に、ありがとうございます」


「礼を言うのは俺の方です。面白そうなことに出会えましたから」


リオも元気を取り戻すと、嬉しそうに頷いた。


「僕、頑張って作ります!お母さんに自慢できるような、素敵なオルゴールを!」


その決意に満ちた表情を見て、トウマも心が温かくなった。


――――――


雨がすっかり止んだ頃、トウマは店を出ることにした。


「それじゃあ、また後日お邪魔させてもらいます」


「ええ、ぜひ。リオくんのオルゴールが完成したら、一番に聞いていただきましょう」


「楽しみにしてます」


店を出ると、夕日が雲の隙間から顔を覗かせていた。街の石畳が雨に濡れて、美しく光っている。


「さて、ギルドに行く前に、教会にも挨拶しておくか」


トウマは教会の方向へ足を向けた。きっと、リオの保護者にも事情を説明しておいた方が良いだろう。


歩きながら、トウマは今日の出来事を振り返った。雨宿りのつもりが、思わぬ出会いに繋がった。こういうことがあるから、道草も悪くない。


「あの子の作るオルゴールの音色、楽しみだな……」


そんなことを呟きながら、トウマは夕暮れの街を歩いていった。どこかで、リオが明日からのオルゴール作りに胸を躍らせているのかもしれない。


そして、小さな雑貨店では、マルタおばあさんが久しぶりに希望に満ちた表情で、明日の準備を始めているのだった。

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