第9話 オルゴールの音色と新たな旅路
オルゴール作りが始まって一週間。トウマは朝から小さな雑貨店を訪れていた。店の扉を開けると、心地よい金属音が響いてくる。
「おはようございます、トウマさん!」
リオが顔を上げて手を振った。彼の前には、ほぼ完成したオルゴールが置かれている。この一週間で、少年の表情はずいぶんと明るくなっていた。
「おお、もう出来上がりそうじゃないか」
「はい!マルタお婆さんが丁寧に教えてくれて……もうすぐ完成します」
マルタおばあさんも嬉しそうに微笑んでいる。
「リオくん、本当に上手になったのよ。最初は小さなパーツを組み立てるのも大変だったのに」
「でも、お母さんのことを思い浮かべながら作ってると、自然に手が動くんです」
リオの言葉に、店内の空気が温かくなった。トウマは作業台に近づき、オルゴールを覗き込む。
「綺麗な仕上がりだな。このメロディー、聞かせてもらえるか?」
「あ、はい!」
リオが緊張した手つきでゼンマイを回すと、優しい音色が店内に響いた。それは、マルタおばあさんの娘が作ったオルゴールと同じメロディーだったが、どこか違う温かさがあった。
「素晴らしいじゃないか……」
トウマは心から感嘆した。確かに技術的にはまだ粗いところもあるかもしれない。しかし、そのメロディーには、リオの母親への想いが込められていた。
「本当に……素敵な音色ね」
マルタおばあさんが涙を拭いながら呟いた。
「私の娘が作ったものとは違うけれど、同じくらい心に響くわ」
リオも嬉しそうに頷く。
「ありがとうございます。これで、お母さんにも自慢できます」
「礼を言うのはこっちのほうだ。良いものを聞かせて貰ったよ。……さて、心残りも無くなったし、そろそろ次の街に向かうとするかな」
「えっ?もう行ってしまうんですか?」
満足そうにそう言ったトウマに、リオが寂しそうな表情を見せる。
「ああ。俺は旅の冒険者だからな。一つの場所に長く留まるのは性に合わないんだ」
「そうですか……」
「そんな顔するなって。そのオルゴールの音色、気に入ったからな。また聞きたくなったら会いに来るよ」
トウマがそう言ってリオの頭を撫でると、少年の表情が明るくなった。
「本当ですか?」
「ああ。それと、マルタおばあさん」
「はい?」
「リオくんに教えるの、上手でしたね。きっと娘さんも喜んでるでしょう」
マルタおばあさんの目に涙が浮かんだ。
「ありがとうございます……本当に、ありがとうございます」
「こちらこそ。楽しい時間をありがとうございました」
トウマは二人に深々と頭を下げると、店を後にした。
――――――
翌朝、トウマは宿屋で荷物をまとめていた。
「よし、出発するか」
トウマは荷物を背負い、宿屋を出た。街の門へ向かう道すがら、様々な人々が手を振ってくれる。短い滞在だったが、この街でも多くの出会いがあった。
「今日も良い旅日和だな」
街の門をくぐると、広い街道が続いている。朝の陽射しが心地よく、トウマは軽やかな足取りで歩き始めた。
――――――
街道を半日ほど歩いた頃、森の入り口で異変に気づいた。通常なら鳥のさえずりが聞こえるはずの森が、妙に静まり返っている。
「おかしいな……」
トウマは立ち止まり、周囲を見回した。森の奥から、かすかに煙が立ち上っているのが見える。
「まさか山火事か?」
急いで森の中に入ると、煙の正体が分かった。それは火事ではなく、何かの魔法による煙だった。そして、森の奥から悲鳴が聞こえてくる。
「助けて!」
女性の声だった。トウマは迷わず声のする方向へ駆け出した。
森の奥で見つけたのは、巨大な魔方陣に囲まれた一人の少女だった。彼女は商人風の服装をしており、年の頃は二十歳前後に見える。魔方陣の周りには、黒いローブを着た三人の人影がいた。
「うぅっ……なんで私が……」
少女が悔しそうに呟いている。
「おい、そこで何をやってる」
トウマの声に、黒いローブの人影たちが振り返った。
「邪魔者か……この娘の身代金交渉の最中だ。立ち去れ」
「身代金?」
「お前には関係ない」
しかし、トウマの表情は既に厳しくなっていた。
「関係ないって?人を攫って身代金を要求するような奴らを見過ごせるわけないだろう」
「愚か者が……ならば、お前も一緒に消してやる」
黒いローブの男が呪文を唱え始めた。しかし、トウマの方が早かった。
「遅い」
一瞬で距離を詰め、魔法剣で男の杖を弾き飛ばす。
「ぐあっ!」
「お前らみたいな奴らが一番嫌いなんだよ」
残りの二人も、あっという間に無力化された。トウマの動きは洗練されており、相手に反撃の隙を与えない。
「よし、これで……」
魔方陣を破壊すると、少女が自由になった。
「あ、ありがとうございます!」
少女は涙を流しながら頭を下げた。
「大丈夫か?怪我はない?」
「はい……おかげさまで。あの、お名前を」
「トウマだ。君は?」
「エリカ・ハミルトンです。父が商会を経営していて……」
エリカは事情を説明し始めた。彼女は家族の商売の視察で近くの町を訪れる予定だったが、その途中で攫われてしまったのだという。
「なるほど。それで、目的地はどこなんだ?」
「ラヴェリア街です。でも、護衛の方々とも離ればなれになってしまって……」
「ラヴェリア街か。俺もそっちの方角に向かう予定だった。よければ、途中まで一緒に行くか?」
エリカの表情が明るくなった。
「本当ですか?ありがとうございます!」
こうして、トウマの旅に同行者が加わった。彼の道草癖が、また新しい冒険を運んできたのだった。
「それじゃあ、出発しようか。まだ日も高いしな」
「はい!」
二人は森を抜け、再び街道へと向かった。エリカは歩きながら、トウマに感謝の言葉を何度も口にする。
「本当に、ありがとうございました。あのままだったら、どうなっていたか……」
「気にするな。困ってる人を助けるのは当然だ」
「でも……」
その時、エリカが突然立ち止まった。
「どうした?」
「あの……実は、まだ話していないことがあるんです」
エリカの表情が急に暗くなった。
「何だ?」
「私を攫った人たちは……ただの誘拐犯じゃないんです」
トウマは眉をひそめた。
「どういう意味だ?」
「彼らは『カセガラ商会』の一員なんです。この地域で、様々な違法取引を行っている組織で……」
「カセガラ商会?」
「はい。そして、私の家族の商会は、彼らの邪魔になる存在らしくて……今回の誘拐も、私たちの商売を潰すための脅しだったんです」
トウマは考え込んだ。単純な誘拐事件だと思っていたが、どうやらより複雑な問題のようだ。
「つまり、君を助けたことで、俺もそのカセガラ商会とやらに目を付けられる可能性があるってことか?」
「申し訳ありません……巻き込んでしまって」
エリカが申し訳なさそうに俯く。しかし、トウマは苦笑いを浮かべた。
「面白くなってきたじゃないか」
「え?」
「退屈しのぎには丁度良い。どうせ道草するなら、派手にやった方が楽しいからな」
エリカは驚いた表情でトウマを見つめた。そして、彼の琥珀色の瞳に宿る冒険心を感じ取ると、安心したように微笑んだ。
「ありがとうございます、トウマさん」
「さて、それじゃあラヴェリア街に向かいながら、このカセガラ商会とやらについても調べてみるか」
こうして、トウマの新たな道草が始まった。リオのオルゴールの音色が心に響く中、彼は再び困難な状況に身を投じることになったのだった。
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