変わらぬ日常
朝、目が覚めた。
奇跡的に寝癖は控えめ。幸先がいい。今日は勝てる。
カーテンのすき間から光が差し込んでいた。たぶん晴れ。
雨だったら雨音がするし、曇りならもっと暗いはず。つまり晴れ。私は賢い。
鳥がやけに大声で鳴いていたけど、鳥語がわからないので特に支障はなかった。
風は穏やかで、ベランダのサンダルも今朝は飛ばされていなかった。ラッキー。あれ高かったのに一足しかない。
パンを焼いたら、うっかり焦げた。
でもバターを塗ったら「炭の風味」という新ジャンルに目覚めた。これが大人の味覚か……。
完璧じゃなくてもいい。ちゃんと朝が来て、パンが焼けて、私はちゃんと起きた。
そう思えた時点で、今日はもうだいぶ成功してる。
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出勤の途中、小さな子ども用の白い帽子が道ばたに落ちていた。
つばが広くて、きっと誰かのお気に入り。風に飛ばされたか、帽子側の意思で脱走したかのどちらかだと思う。帽子の自由意志は尊重したいけど、現実はだいたい非情。
とりあえず拾って、近くの交番に届けた。
いつもの警官の人が「いつも助かってます」と言ってくれた。
たしかに、私はちょいちょい変な物を拾って届けてる。顔も覚えられてるらしい。ちょっと照れる。
「私はただ拾っただけです」と言ったら、「そこがすごいんです」と返された。
拾うことがすごいとは思ってなかったけど、なるほど、世界にはまだ知らない常識がある。
私、すごいらしい。出勤の足取りがちょっと軽くなった。
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支部に着いたら、空気は静かだった。
誰も叫んでないし、天井も無事だった。いい日確定。
書類をめくる音、誰かがお茶を淹れる音、静かに唸るプリンター。
日常は音でできている。たまに騒音が混ざるけど、今日は静音設計っぽい。
「最近、事件起きないわね」
セシルさんが私をチラ見しながらつぶやいた。前から思っていたけど、セシルさんは、支部で起きる問題の原因が私だと思っているっぽい。私は無実なのに。
「事件がないのが一番の幸せだ」
支部長が、コーヒー片手に哲学者のような顔でうなずいた。今日の胃薬は飲んでいない。悩みは解消したようだ。
私は心の中でうなずく。
暇こそ正義。平和とは、つまり“やることがない”の別名。
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お昼どき、隣の席のケイが肩を落として立っていた。
「……弁当、忘れた……」
その声には炊飯器と冷蔵庫への深い謝罪が詰まっていた。
私は引き出しから、非常用のクッキー(やや割れ気味)を取り出して渡した。
「賞味期限は昨日までですけど、乾いてるから大丈夫ですよ」
そう言って自分も一枚食べたけど、問題なかった。歯がちょっと鍛えられるだけだった。
ケイは少し泣きそうな顔で「……ありがとう」と言った。
やっぱり甘さって、心の防御力を回復させるんだなと思った。
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午後、猛烈に眠くなったので、許可をもらって昼寝。
夢の中で神様に飴をもらった。味は相変わらず微妙だったけど、神様がニコニコしてたのでたぶん良い夢。
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夕方、資料室の前で紙くずを見つけた。
とくに意味はなかったけど、なんとなく拾って捨てた。
するとそこに通りかかったガルヴァさんが、感動した顔で言った。
「さすがはリュカ……人間としての格が違う……」
褒められたけど、私はただ紙くずを拾っただけだった。
隣にいた魔王は、何言ってんだこいつ、みたいな顔でガルヴァさんを見つめていた。
仲がいいようで何よりだ。
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帰り道、地面にチョークの絵が描かれていた。
星、花、顔つきの太陽。色も順番も雑だったけど、熱意は伝わった。
私は踏まないように遠回りした。うっかり踏んだら夢を壊した気になりそうだったから。
角を曲がると、猫がひなたで寝ていた。ぐっすりだった。
「あれが理想の業務達成顔か……」と思って見送った。
なりたい。というか、私も日中あの顔で昼寝してた気がする。つまり実質達成済み。
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今日は風がやさしくて、空もちゃんと青かった。雲も白かった。
空の仕様書どおりで安心した。
何も起きなかった。けれど、それが一番すごいことだと思う。
明日も、できればこのままでいてほしい。
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■ 本日の記録
・拾ったもの:帽子と紙くず
・救済:1名ケイ
・昼寝:成功
・褒められた理由:不明(でもたぶん私がすごいから)
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明日も、無事で、平和で、パンがちょっと焦げるくらいの一日になりますように。
おやすみなさい。
(あと机に置かれてたお菓子、あれ何だったんだろう。明日また見てみよう)
──了。
世界を救ったらしいけど、私は仕事してただけです ~ダンジョン管理課のゆるふわ新人リュカの無自覚無双日記~ 清水さん @shimizu3
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