3 熱さ

 クラス替えしてから1週間もすれば自然と話し相手が見つかるものだ。人付き合いが苦手な大西にも村上という話し相手が出来た。

「へえ、じゃあ1年も北見にいたことあるんだ。結構寒いとこって聞いたけど」

「寒いどころじゃないよ。鼻呼吸するだけで鼻の中が痛くなるんだよ」

大西は中学時代1年だけ住んでいた北見市の思い出を村上に話していた。大西の父親は所謂転勤族であり、幼少期から札幌とそれ以外の街を行ったり来たりしてきた。北見もそのうちの一つである。中学に進学するタイミングで引っ越したのだが東北で震災が起こった頃に札幌に戻ることが決まったのだ。

「あの頃のYouTubeまじでACのMAD動画ばっかりだったからそれしか見てなかったよ。大西君もそうでしょ?」

「まあね。でもそれくらいしか楽しみ無かったし」

「分かる。テレビ点けても嫌なニュースしか流れてないもん」

そんな雑談をしていると授業開始のチャイムが鳴り響いた。それと同時に本田が教室に入ってきた。この時間は日本史Bである。大西の得意科目だ。

「ええとみんな今朝ぶりですね。それじゃあ日本史Bの方を始めようと思います!」

大西は若干ウキウキしながら教科書を開けた。彼自身日本史の授業は楽しみにしていた教科の一つだ。中学の時もこの教科の時はテストでも高得点を狙えたのである意味感謝している。

 そう思いながら本田の話を聞いていると大西はふと隣にいる早瀬のことが気になった。大西はばれないように早瀬の方に目をやる。彼女は特に変わった様子もなく教科書を見ている。そんな様子を見て大西は彼女に話しかけたい衝動に駆られた。「日本史好きなの?」その言葉が喉元まで出かかったがすんでのところで止めることが出来た。今は授業中である。私語なんてもっての外だ。その理性がぎりぎり衝動に打ち勝つことが出来た。

「まずい、何やってるんだ俺」

大西は再び教科書に目をやった。

「というわけで、実は縄文時代から既に交易という手段を使っていたことが最近の研究で分かってきたわけだ。意外だろ大西?」

本田は唐突に大西に話題を振った。ひょっとして自分が早瀬のことを見ていたのがばれていたのだろうかと一瞬焦ったが何とか返事を返した。

「え、はい。結構以外というか」

「というわけで、歴史っていうのは日々新しくなる学問です。ひょっとしたらみんなが俺と同じくらいの年になる頃には今知られている常識もひっくり返っているかもしれないってことだな」

大西は本田の言葉にある程度納得していた。確かに常識というものは常に変化している。一昔前までは当たり前だったという体罰も今では立派な犯罪行為だ。まあそれでもやる馬鹿は絶えないのだが。

 授業が終わり昼休みの時間となった。大西は弁当を取り出して昼食にありついた。今日のおかずはほうれん草の胡麻和えと焼き肉、そしてブロッコリーだ。ごはんには塩昆布がかかっている。

「いただきます」

そう言って米を口に運んだ。すると大西はふと授業中の衝動を思い出した。

「・・・どうしよう」

大西はちらりと早瀬の方を見る。彼女も同じように弁当を食べている。献立はよく見えなかったが唯一鮭だけは確認できた。すると彼の視線に気づいたのか、早瀬は彼の方を向いて話しかけてきた。

「大西君もお母さんに作ってもらったの?」

「え・・・うん」

「へえおいしそう。私なんていっつもお兄ちゃんが作ってるんだけどいっつも鮭弁当」

そう言って彼女は自身の弁当の中身を見せてきた。よく見ると焼きハラスである。

「でもいい人だよね、お兄さん」

「そう?たまには違うもの作ってほしいんだけどね」

会話に沈黙が走った。気まずくなった大西は先程思っていたことを彼女に話しかけた。

「ねえ、日本史好き?」

「え?んー普通かな。なんで?」

大西は返答に困った。確かになぜこんなことを聞くのかと言われる想定はしていない。ただ衝動に駆られただけなのだから。

「いや、なんとなく」

それが彼の精一杯だった。すると早瀬はクスッと笑いだした。

「なんか面白いね、大西君」

彼女は大西の名前を呼んだ。それと同時に大西の胸元に何か熱いものを感じた。すると彼女の友人と思わしき女子が彼女に話しかけてきた。

「ねえ雪乃、これ見てよ」

会話はそれで終わってしまった。大西は自分の胸元に感じた熱さが何なのかその時はよくわからなかった。


 昼休みになり、弁当を食べ終えた鳥井は教室を出て自動販売機のある1階へ降りて行った。2年生になると今までいた2階から3階に上がることになるので飲み物を買いに行くのだけでも一苦労だ。だが食後の運動にはちょうど良い。

 自販機の前にたどり着くと見覚えのある顔が見えた。鳥井は彼に声をかけた。

「よう大西、お疲れ」

「おお、お疲れ」

大西とは1年の頃同じクラスだった。その時は友人と言えるのかどうか曖昧な関係性だった。だが少なくとも行事の際やその他日常生活で何気ない会話を交わしてきてはいる仲ではあるので、別に仲が悪いというわけではない。

「クラス別になっちゃったな」

「ああ。そっちはどうなの?」

「まあそれなりに楽しくやってるよ。ていうかこのメンツで修学旅行かぁ。せっかくなら大西君と回りたかったよぉ」

だが大西は特に表情を変える様子はない。あまり響いていないのだろうか。というよりどこか上の空だ。

「どうした?恋でもしたか?」

その言葉に大西ははっとした。それと同時に先程から胸中を渦巻いている疑問が晴れたような気がした。

「あ、ああなんだろう。それより上杉元気か?」

「え、上杉?」

そこで鳥井は思い出した。上杉と大西は同じ中学の出身であったことを。

「まあ相変わらずすげえよ上杉は。今年も高体連全国行けるかも知れないし」

「だろうな。まああいつだし」

大西は涼しい顔でそう言った。中学からの付き合いである彼にしてみれば上杉が勝ち進むのは至極当然という認識なのだろう。

「大西も剣道頑張れよ」

「あ、ああありがとう。じゃあ」

大西はそう言ってその場を去った。鳥井も自販機でコーヒーを買うとそのまま教室へ戻った。


 その日、部室で大西は一人悩んでいた。すると同級生の花沢が声をかけてきた。

「どうした大西、ハトが散弾食らったような顔して」

「・・・なあ、散弾食らったらそんな顔にもなれないだろ」

「ぼさっとしてると試合の時突き食らわすぞ」

「うぅ、それだけは勘弁」

そうこうしていると同じく同級生の大友が部室に入ってきた。

「すまん、ちょっと遅れた」

「どした?漢字テストで追試でも食らったか?」

花沢はからかうように大友に問いかけた。

「当たり。斉藤先生いちいち細かいんだよなぁ。一点でも落としたら補修って」

斉藤とは国語担当の教諭である。特段怖いといった印象はないのだが生徒指導担当なこともあってかかなり細かい性格であり、漢字や古文の小テストで1問でも間違えると放課後に追試をさせるような面倒な教諭なのだ。そのため生徒からは嫌われているが、いかんせん教え方が上手いので彼の受け持ったクラスの国語の成績は他のクラスよりも高い。そのため嫌うに嫌うことが出来ない何とも微妙な教諭なのだ。

「まあさぼったら後々面倒だしな。仕方ないよ」

「まあとりあえず着替えて準備運動するべ。まだ半分来てないけど」

「そうだな花沢。ていうか3年生は?」

「先輩達は遅くなるって。あとは・・・」

そう言っていると女子の河合が部室に入ってきた。

「お疲れ」

「なんだお前も追試?」

「いや、来月の発表会の打ち合わせで」

彼女は河合亜衣美。厚別東には普通科の他に理系に特化した理系科というコースが存在し、彼女はそこに所属している。理系科では定期的に研究の発表会が行われており、この日彼女が遅れたのもその発表会の打ち合わせの為であった。

「なんかまたよくわかんない研究か?」

理系に疎い大西は河合にそう言い放つが河合は特に動じた素振りを見せない。

「まあ自然の着色料で青いバラとかチューリップは作れるかってやつ」

「・・・それってすぐできるもんじゃないんだ」

「当たり前だろ、お前少しは理系勉強しろよ」

「どうせ受験に使わないんだからいいべさ」

そう言って大西は胴と垂れを付けて格技場の方へ歩いて行った。

 大西は既に進路は芸術系の大学と決めている。1年の後期には既に目星はつけていたのだが正直自身の理数教科の成績の低さで受験を乗り切れるのか心配だった。しかしよく調べてみると彼の志望校は理数教科を受験で必要としないことが分かった。その日以降、大西は理数系の科目へのやる気がガクッと下がってしまった。そんなことよりも現代文や英語の点数を伸ばすのが先決と考えていた。

「あーあ、こんなんなら今のうちから理系勉強しなくていいようにならないかなぁ」

「甘ったれんなボケナス!」

着替えが終わった花沢が大西の胴を叩いた。すると大西は格技場の入り口に誰かが立っているのを確認した。顔に見覚えが無いのでおそらく新入生だろう。

「おい花沢、多分入部希望者だ」

「お、やっとか」

花沢は入り口に駆け寄ってその新入生に声をかけた。

「こんにちは、よかったら見学どうぞ」

「いえ、実はもう入部しようと思いまして」

「え?」

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