4 先輩

 花沢と大西はその新入生の横に竹刀袋と防具入れが置いてあるのを見た。その市内袋には「粉骨砕身」の4文字が書かれていた。その四字熟語を見て二人はあることを察した。

「君、ひょっとして朱雀館出身?」

「はい、そうです。一応卒業まで」

花沢と大西の脳裏に電流が走る感覚を覚えた。朱雀館とは札幌圏内でも特に強豪と呼ばれている道場の一つだからだ。常勝チームであるため稽古もかなり厳しいことで知られており、中学卒業までに退団してしまう者が約四割。中学卒業まで所属出来ていた人間はそれだけで相当な実力者とみなされるのだ。厚別東は悲しいかなそこまで強いとは言えない高校であるため、こういった強豪チームにいた生徒は中々入ってこなかった。

「え・・・それならなんでこんなところに?」

大西は彼に歩み寄って質問をした。

「丁度自分の学力で入れる進学校でギリギリのところがここだったので。とりあえず偏差値のいい所って決めてました」

その新入生は涼しい顔をしながら言い放った。その様子からとても強豪チーム出身といったオーラが感じられなかった。だが傍らに置かれている竹刀袋が彼を強者であることを証明している。

「とりあえず、顧問の磯山先生には既にお話ししてありますんで、今日から稽古に参加してもよろしいでしょうか?先輩」

先輩・・・その言葉に大西はピンと来なかったため、それが自分たちに向けられた言葉であることを理解するのに少々時間がかかった。

「え・・・ああ、どうぞどうぞ、ところで名前は?」

「はい、1年3組の倉田と言います。これからよろしくお願いします」

倉田はそう言って一礼した。当然のことながら礼儀はしっかりしている。その様子を見て大西は「実るほど頭が下がる稲穂かな」という言葉を思い出した。

「そ、そうか、俺は2年の大西、こっちが花沢、不動産とかやってないから」

「うるせえ余計なこと言うな」

大西は花沢をからかいながらも倉田を格技場へ招き入れた。すると倉田の後を追うように新入生が二人格技場の入り口に近づいてきた。

「すいません、見学してもいいですか?」

「あ、うん、いいですよ。初心者?」

「私はそうなんですがこの子は経験者だそうです」

そこには女子生徒が二人立っていた。一人はいかにも文科系といった雰囲気の生徒で、もう一人は身長が低いが背筋の伸びたいかにも経験者といったオーラを出している。大西はその風貌に見覚えがあったがどうも思い出せない。すると身長の低い方の女子生徒が大西に問いかけた。

「あの、ひょっとして白虎剣友会の大西さんですか?」

「え、どっかであったっけ?」

「私里塚中の安田って言います。佐竹先輩の後輩でした」

佐竹、大西の道場での同級生だ。彼は道場と学校の部活の二足の草鞋を履いた男であり、札幌市内でも1位を取るほどの実力者だった。彼の後輩となると相当力のある人物であることは容易に想像できる。

「佐竹の後輩かぁ。てことは俺のこともよく話してたの?」

「というより、何度か大会や体育館でお会いしていると思うんですが」

大西は何とか記憶を呼び起こそうとした。だが安田という多いのか少ないのかよくわからない苗字であったため、すぐに思い出すことが出来なかった。

「ごめん、ちょっと思い出せないや」

「そうですか、残念です。あ、それとクラスメイトの米村さんです」

「よろしくお願いします」

もう一人は米村というらしい。もしこのまま入部となれば一気に3人の後輩が出来るということになる。そう思うと大西は身震いがした。

「マジか、俺が先輩に」


 稽古が終わり、帰路につく辺りで大西は大友と遭遇した。

「お疲れ、どうだったあの新入生?」

「いやなまら強いわ。朱雀館に里塚なんて強豪に勝てるわけ無いじゃん」

大西は若干憔悴していた。彼が中学時代通っていた道場の白虎剣友会も十分強豪であったが、彼自身剣道を始めたのが中学からであり、他の経験者と比べると力の差は歴然だった。そのため大西は自分が強いとは一切思っていない。

「いうて雄大も強い所いたんだからそれなりじゃない?」

「俺なんて肩書だけのボンクラだ。それにしても後輩を持つってこういうことなんだな」

「あれ、お前道場で後輩とかいなかったの?」

「全員小学生。入らないまま道場無くなった」

「ああ・・・」

大西が通っていた白虎剣友会は彼が入った頃には既に師範の風間が病気で倒れていた頃であり、大西が進学する辺りで道場を閉める予定でいた。そのため大西が入って以降新規の入団者がストップしてしまい、中学生の後輩を持たないまま彼は高校に入った。さらに運の悪いことにその風間も大西が3年の夏頃に亡くなってしまった。

「せめて剣道部のある中学なら良かったんだけど、つくづくついてないな、俺」

「そんなこと言うなよ。それよりもこんだけ強豪が揃ったなら今年の新人戦いいとこまで行けるんじゃねえの?」

「だといいんだけどな・・・まあまずは今月の段別大会だ」

「おう」


 今年のソフトテニス部にも大勢の新入生が見学にきた。元々テニスは人気のある競技であるためここまで人が来るのは想定していたが今年は鳥井が1年の時よりも多く人が集まった。

「星野、去年ここまで人来てた?」

「そうでもないだろ。やっぱ上杉が全国行ったのが宣伝になったのかな」

鳥井と星野は見学する新入生の群れを見ながらそう話していた。すると練習試合中の上杉がスマッシュを放ち、観衆からどよめきが上がった。

「やっぱすげえよね上杉って。俺なんか足元にも及ばねえ」

星野は上杉のプレイを見ながらそうつぶやいた。

「まあ長く続けてるからなあいつ。それと才能」

鳥井自身上杉とは1年の頃同じクラスだったこともありよく雑談をする仲であった。話によると小学校の頃から少年団に入ってテニスを練習しており、中学の時点で中体連の全国大会に出場するほどだったという。その話を聞いて鳥井は経験年数の差を思い知らされたように感じた。鳥井は小学校の頃はサッカーをしており、テニスは中学から始めた。競技を変えたことに大きな理由はない。ただ何となくである。だがやってみると自分でも驚くほどのめりこんでしまい、高校に進学してもテニスを続けようと決意したのだ。そんな中で彼は上杉に出会ったのだ。

「なんていうか、才能って残酷だよな」

鳥井はそうつぶやくと上杉が再びスマッシュを放った。

「やっぱ、天才には憧れない方がいいのかな」


 部活も終わり、鳥井はテニスバッグを背負って帰路に付こうとした。すると正面玄関に見覚えのある顔の女子生徒が立っていた。

「えっと・・・誰だっけ」

すると鳥井に気づいたのか、彼女は鳥井に声をかけてきた。

「あ、鳥井君部活終わり?」

苗字を呼ばれ、鳥井は先週の出来事を思い出した。

「ああ早瀬さん、うん今終わったとこ」

「そうなんだ」

鳥井は彼女のことが気になり、試しに質問してみた。

「そういえばさ、この前保健室行ってたけど大丈夫?」

「え?覚えててくれたんだ。うん、今日は大丈夫だよ」

「そっか、良かった」

鳥井は早瀬の様子を見た。確かに先週と比べると顔色も良くなっているように見える。すると彼の様子に気づいたのか、彼女がまた話しかけてきた。

「ひょっとして、私の事心配してた?」

想定していない質問をされて鳥井は気まずくなった。

「えっと、まあね。同級生だし」

「そうなんだ。鳥井君って優しいんだね、ありがとう」

そう言って早瀬は正面玄関から出て行った。鳥井はその様子をただ眺めていた。

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