2 退屈さ

 始業式は相変わらずの退屈さだった。鳥井海斗にしてみればそれは至極当然のことに思っている。だが人生は自分が思っているよりも短い。そんな短い人生をこんな無駄話に割かれてはもったいない。それよりも勉強や部活にかけた方が良いと思っていた。

 教室に戻ると自己紹介の時間になった。だが鳥井にしてみれば半分はもうすでに見知っている顔ぶれだったのでこの時間もはっきり言って無駄であった。今の時代スマートフォンもドンドン性能も良くなってきているしLINEという便利なコミュニケーションツールもある。それさえあれば目の前にいる人間が何組の誰なのかくらい容易に分かるものだ。そうはいっても未だにLINEを使っていない人間もいるらしいので鳥井も全員の顔と名前が一致しているわけではなかった。そうこうしているうちに鳥井の番が回ってきた。

「えー鳥井海斗です。ソフトテニス部に入ってます。よろしくお願いします」

鳥井はけだるげに自己紹介を終えた。その後も意味があるのか分からない自己紹介が続く。すると女子の番になって鳥井は若干気まずさを覚えた。

「梅原恵です。放送部にいます。1年間よろしくお願いします」

「・・・マジか。あいつと同じクラスかよ」

鳥井は心の中でそうつぶやいた。彼女とは1年生の頃半年ほど付き合った仲だ。きっかけは彼女が自身に告白してきたことである。正直言って鳥井の好みの顔立ちではなかったが高校生活で誰とも付き合わずに過ごすというのも面白くない。その時の彼は二つ返事でその告白を了承した。

 しかしタイプではない相手を選んだことが仇となり、次第に彼女への想いが無くなっていくのを感じていた。そして交際を始めてから半年経ったある日、彼は芦原に別れを告げた。丁度クリスマスの時期だった為、梅原は自分あてにクリスマスプレゼントを用意していた。そのため彼女には若干悪い気がした。だがだからと言ってあまり好きではない相手と無理やり付き合うというのもそれはそれで苦痛なのだ。その時の梅原は酷く取り乱し、用意していたプレゼントをそのままゴミ箱へ投げ捨てた。

 その日以来彼女とは言葉を交わしていない。幸い別々のクラスだったので顔を合わせる機会はそもそも少なかったのでそこは安心だった。だが今回のクラス替えで運悪く同じクラスになってしまった。彼女自身あまり目立たないタイプだったのでこの時間まで気が付くことが出来なかった。

「あぁ面倒だなぁ。早いとこ可愛い子と付き合わないとなぁ」

鳥井は心の中でそうつぶやいた。


 帰りのホームルームが終わり部活の準備をしていると後ろから声をかけられた。男子の声だったので鳥井は内心ほっとしていた。

「よう!今日から同じクラスだな!」

「ああそうか、お前もか」

声をかけてきたのは同じくソフトテニス部の星野だった。彼とは帰る方角が一緒なので部活帰りはよく一緒に寄り道したりする仲だ。

「それにしても今年何人入るかなぁ、去年の上杉みたいなバケモンとか来てくれたらいいんだけど」

「おいおいバケモンって」

上杉とは彼らと同じ2年生のソフトテニス部員である。中学の時中体連の個人で全国ベスト16に入った実力を持ち、高体連でも1年の時点で全国大会に出場するほどの実力者だ。本来であればここ厚別東高校のような公立校ではなく私立の強豪校へ進学するような逸材であったが、家から近いからという理由だけでここへの進学を決めたらしい。

「あいつみたいな天才はそうそう来ないって。それより後輩に先越されないようにしないと」

「そうだよな鳥井。じゃあ先行ってるぞ」

そう言って星野は教室を飛び出した。教室には彼と空手部の島が残っていた。彼は丁度昨年も同じクラスだった男だ。だがあまり関わりはない。だが進級が怪しくなるほど頭が悪いということだけは知っている。同じ空手部の知り合い曰く勉強するくらいならゲームしたいとのことだ。そんな性格でどうして自称進学校である厚別東に入れたのかは彼らにとって永遠の謎である。

 部活の準備も終え、鳥井は部室へ向かうべく教室から出た。その時目の前を歩いていた女子にぶつかりそうになった。

「あ、ごめんね」

「いや、そっちこそ大丈夫?」

目の前にいた女子は少し気分が良くなさそうに見えた。

「いや、ちょっと貧血気味で」

「そっか。保健室行った方が良いんじゃない?」

「いやいいよ。慣れてるから」

だが鳥井はその言葉を信用しなかった。彼の母は以前貧血であるにも関わらず無理に外出したせいで路上で倒れたことがあったからだ。そのため無理をしてはいけないということをよく理解している。

「俺の母さんも同じこと言って倒れたことあるんだよ。無理しちゃ迷惑かけちゃうよ」

「・・・そうなの?」

「ああ。とりあえず保健室まで連れてくよ」

鳥井は顔も名前も知らない別のクラスの女子を保健室まで連れて行った。正直なところ早く部活に行きたかったところだが見捨てるのもどこか気分が悪い。それに人助けすればそれだけ何か自分に良いことが巡ってくると思っていた。

「さてと、着いたよ」

二人は保健室にたどり着いた。その間特に会話といったものは無かった。

「ありがとう。あそうだ、名前なんて言うの?」

「鳥井海斗。ソフトテニス部だよ」

「鳥井君ね。私4組の早瀬」

その女子は早瀬と名乗った。この時鳥井は初めて自己紹介の大切さを痛感したように思えた。

「そっか早瀬さんか。じゃあお大事にね」

「うん」

そう返すと早瀬は保健室へ入っていった。

「おっと、部活部活」

鳥井は足早に部室へ駆けて行った。

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