1 出会い
2014年4月
3学期の頃はあれだけ進級できるか不安に駆られていたが、いざ2年生初日となるとそれまでの憂鬱な気分が嘘のように心が晴れやかだ。教室までの足取りも軽い。それでも大西雄大にとってはどこか心の中にしこりのようなものを残しながらの登校であった。
「えっと俺の席は・・・」
大西は黒板に書きだされた座席表で自分の席を確認する。場所は教室の中央から少しそれた箇所だ。幸いというべきか窓際というのはなさそうだ。ああいうとことは物語の主人公のようなものが座るところだと相場で決まっている。
「まあまあな席だな」
大西は自分の席にたどり着くとカバンを下ろして席に座った。周りを見ると見知っている顔は意外にも少なかった。普通であれば疎外感を感じる環境だが、大西にしてみれば心機一転にちょうど良い顔ぶれかもしれない。そう思いながら彼は黙って時間が来るのを待っていた。
そうこうしていると彼の隣に誰かが座る音が聞こえた。大西は気になってふと隣を見る。そこにいたのはやはりというべきか見覚えのない顔の女子生徒であった。すると彼の視線に気づいたのか、その女子生徒が挨拶をしてきた。
「あ、おはよう、これからよろしくね」
大西としてはまさか声をかけられると思っていなかったので返答をするのに少し時間を要した。
「お・・・おはよう」
彼の返答が変だったからなのか、それとも彼女の元々の性格なのか、その女子生徒はにこやかに笑みを浮かべた。大西も何か返そうとしたが、そのタイミングを見計らったかのように担任の教諭が教室に入ってきた。
「よーしそれじゃあ起立」
担任の合図と同時に生徒たちは席を立つ。誰に言われたわけでもなく、昔から体に刻まれた日本人の習慣の一つだ。
「えー皆さんおはようございます!」
担任が勢いよく挨拶すると生徒たちもそれにつられて「おはようございます」と返した。そして担任の着席の合図とともに一同は席に座った。
「はい、というわけで、初めましての人は初めまして。去年担任だった人はお久しぶり!社会科の本田です。趣味は激辛ラーメンの食べ比べ、嫌いなものは甘味全般。小さじ一杯の砂糖でも死んじゃいます」
その言葉に何人かが薄ら笑いを上げた。おそらく去年彼のクラスだった者だろう。
「じゃあこの後体育館で始業式が始まるから、みんな廊下に2列になって待機してください」
本田がそう言うとクラスメイト達は次々と廊下に出ていき、出席番号順に並んでいった。
校長の話は例のごとくつまらなかった。はっきり言ってこんなことに時間を割くくらいならもう少し他のことで時間を有効に使わせてほしいと大西は思った。そんな中でも彼は後ろの方に座っている女子のことが気になっていた。だが場の雰囲気的に振り向くことが出来なかった。大西はこれほどまでに校長の話が早く終わってほしいと思ったことは無かった。
「はぁ、これが相対性理論って奴か」
大西は心の中でそうつぶやいた。やがて校長のつまらない話が終わると今度は校歌斉唱の時間になった。大西は中学の苦い思い出があるため合唱は苦手だった。だが歌わないと雰囲気的にまずいと思ったので仕方なく校歌を歌った。歌い終わると大西は自身の中の魂的なものが抜けていくような感覚を覚えた。
教室に戻ると早速自己紹介の時間となった。大西の出席番号は4番目だったから何を話せばいいのかで少し焦った。
「ええ、芦原敏也です。サッカー部所属です。数学が苦手なので得意な人は教えてください!」
出席番号1番の芦原は調子よくしゃべった。それから2番目3番目と自己紹介が終わり、とうとう大西の番がやってきた。少し緊張しながらも彼は立ち上がってしゃべり出した。
「えっと・・・大西雄大です。剣道部所属です。映画を見るのが趣味です。これからよろしくお願いします」
席に座ると一気に力が抜けた気分だった。すると本田が急に話しかけてきた。
「おお映画好きなのか。ちなみにどの映画好きなんだ?」
想定してなかった質問に大西は困惑したものの、何とか質問に答えた。
「ええっと・・・黒澤明の『乱』ですかね」
「ああそうか、結構渋い作品観るんだな。ちょっと意外だったよ。じゃあ次の人!」
「はい、勝元翔平です!ソフトテニス部に入ってます!趣味は・・・」
正直言って大西の耳には他の生徒の自己紹介など入っていなかった。今はただ、自分の隣に座った女子の名前とどんな人なのかが気になって仕方がない。
「ええ久保田花蓮です。軽音部に入ってます。将来は音楽の仕事に関わりたいと思ってます」
久保田花蓮・・・大西にとっては一番聞きなじみのある名前だ。彼女は幼稚園、小学校、そして中学校まで同じところに通っていた仲だ。だが高校に入った途端に話す機会がめっきり減ってしまった。別に何か決定的な出来事があったわけではない。おそらく自分以外に仲の良い友達が出来たのだろう。そう思っていると隣の女子の番が回ってきた。
「早瀬雪乃です。茶道部に入っています。これから仲良くしてください」
そうか、早瀬というのか・・・大西はやっと謎が解けたように思えた。それから何人かが自己紹介を終わらせ、再び本田が話し出した。
「じゃあこれから1年間、みんな仲良くしていこう。それじゃあまた明日!」
大西が部活の用意をしていると隣に座っている早瀬が話しかけてきた。
「お疲れ!これから部活?」
急に話しかけられてきた為、大西も返答に少し戸惑った。
「えっと、うん、剣道部だからこれから格技場に」
「そうなんだ、頑張ってね」
そう言うと同じ部活と思わしき女子が早瀬に話しかけてきた。
「雪乃!早く行こう」
「う、うん分かった。じゃあね!」
早瀬はそう言うと女子に連れられて行った。一人残された大西は若干の孤独感にさいなまれながらも部室へ向かった。
「・・・早瀬雪乃か」
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