第34話 バスの中で

バスの中は、相変わらず生徒たちのガヤガヤとした話し声で満たされている。

そんな喧騒の中、さららと雪音は静かに、文化祭での出来事をスマートフォンを通して語り合っていた。さららは、打ち終えるたびに、そっと雪音の方へ端末を傾け、視線を合わせて確認するように見せる。雪音もまた、画面に表示される文字を食い入るように見つめ、内容を理解するたびに「うんうん」「それで?」と小声で相づちを打った。


そして、さららが端末に「ハグ…された。」と打ち込み、それを雪音に見せた瞬間、雪音は


「え!?ほんと!!?」


と、思わず少し大きめの声を上げてしまった。周囲に声が大きくなりすぎて注目を浴びていないか心配し、とっさに自分の口を両手で塞ぎ、ちらりと周囲を見回す。誰も気づいていないことに安堵すると、声のボリュームを落とし、興奮を抑えきれない様子でさらに問いかけた。


「それで、そこからは?」


さららは、首を静かに振った後、諦めとふてくされを半々にしたような絶妙な声色で、ようやく口を開いた。


「特に、なーんにも。なし。」


雪音は「そっかー」と、残念そうにため息まじりに言う。


さららは続けて、


「その後すぐに離されて、ちょうどタイミング良く私も呼ばれちゃって……それからは期末テストあったりでそのまま夏休みになっちゃって……で、今日なの。」


と、どこか腑に落ちてなさそうな顔で話した。


「連絡先交換してないの?」

「してる。」

「それに連絡きたりは?」

「なし。そもそもチャットしたことそんなにないかも。」


雪音は「うーん。」と腕を組み、考え込んでしまった。


「両想いな気はするんだけどな……」雪音がボソッと呟く。


「そうかな?」さららの顔に疑問符が浮かぶ。


「そうでしょ?そもそも好きじゃないとそういうことしないでしょ。」


雪音の言葉に、さららは「たしかに」と小さく頷いた。


「しかも、嫌だったらさららちゃん突き飛ばしたりして拒否するだろうし、それがなかったってことはあっちも気がついてるでしょ?これ気がつかなかったら相当鈍感なんだなって引くわ。」


「そんなズバズバと……」


さららは苦笑いを浮かべた。




その頃、奏雨と律は隣同士で座っていた。奏雨が窓側の席に座り、律が通路側。奏雨は、自分が住んでいるところよりも、より都会的な町並みが流れる窓の外を、ぼんやりと眺めている。


律が、そんな奏雨を肘で強めにつつく。いつものことなので、奏雨は特に驚きもせずに律の方へ振り替えった。すると、律の端末に文字が書かれているのが見えた。そこには


「おまえ、星宮とケンカでもしてんの?」


と書かれていた。奏雨は、自分のスマートフォンを取り出し、律宛にチャットを送る。


「ケンカはしてないと思う。たぶん。」


律は、そのチャットに返信する形で会話を始めた。律はチャットの内容に反して、表情は無表情のまま、手際よくチャットを打ち込む。


「だってさっき星宮お前と目があったからそらして、あっち向いてたぞ。」

「うん。」奏雨は短く答える。


「文化祭のときなんかあったのか?」

「あったといえば、あった。」


奏雨はどこまで話すべきか悩んだ表情で、口元をムッとさせながら打ち込んだ。


「は?告白でもした?」


律のちょっと核心に触れるような質問に、奏雨は律の顔を見て、一生懸命に首を振る。

律はその様子を見て「そんな否定しなくてもいいだろ」と言いたげな表情をしている。

律は端末に視線を下ろすと再び文字を打ち込み始めた。



「おまえの様子がおかしいと、旭がうるさいんだよ。」

「ごめん。」

「謝るなら、ちゃんとしろ。兄貴に心配かけんな、もう高校生なんだから。」

「すいません。ちゃんとします。」

「相談でも恋ばなでも聞いてやるから。」


そのチャットを見て奏雨が律の顔を見ると、律はニヤリといたずらっぽい表情を見せていた。



前方の席に座っている担任が立ち上がった。

「みなさんー!もうすぐ目的地につきます。身の回りのものをまとめて、降車準備してくださーい!」

と、バスの中に呼び掛けた。

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