第35話 夏の大学、探索する二人
大学に到着した生徒たちは、早速、この大学に通う大学生の案内役と共に構内を練り歩き始めた。奏雨と律は、人の波に流されるように列の後ろの方からついていく。
奏雨は、自分の通う高等科もそこそこ広いと思っていたが、大学の広大さは段違いだと驚いていた。広々とした芝生が広がり、整ったアスファルトの道がどこまでも続く。校舎も、奏雨たちの高校が古き良きアンティークな出で立ちであるのに対し、大学のそれはまるで未来を描いた建築物のように先進的だ。曲線的なデザインを盛り込んだ教室棟や、ガラス張りの研究棟など、デザイン性に優れたビルが敷地内にいくつも立っている。
奏雨は、自分にはまだまだ知らない世界が多いことを、五感で実感させられていた。ここにいる学生たちは皆、明確な目的を持って学んでいるように見える。何かを学びたいという強い意思や、将来の夢を抱いている人が大勢いる。しかし、自分にはまだ、そういったものが何もない。その事実に、漠然とした焦りを感じていた。
一通り大学構内の案内が終了すると、次は模擬講義の時間だ。
集団でいた生徒たちは、興味のある講義の開催場所へと散り散りになっていく。
奏雨は律に手話で
「なに受けるの?」
と尋ねる。律はスマートフォンを手に、手早く
「工学系。おまえは?」
と打ち込んで見せる。
奏雨は手元にある事前に配られた模擬講義の一覧プリントを見るが、どれもいまいちピンとくるものがなかった。その様子を見て、律が
「一緒に来るか?」
と声をかける。奏雨は少し悩んでから首を振った。
そして、自身のスマートフォンに
「文学系受けてみようかな。」
と打ち込む。それを読んだ律は
「了解、じゃ、またあとで」
と言って、自分の模擬講義会場へと向かっていった。
奏雨は、あてもなく大学内を歩く。
律には文学系の授業を受講すると言ったものの、本当は模擬講義中はどこかで暇を潰そうと考えていたのだ。静かに周囲を観察しながら、人々の流れとは少し外れて歩いていると、ふと、少し遠くの方で周りをキョロキョロと何かを探しているような素振りで歩いているさららがいた。顔を上げて見渡すその姿は、少し焦っているようにも見える。
「あ、気まずいかも……」
そう思ったときにはもう遅く、奏雨はさららと目が合ってしまった。
二人の間で、一瞬、互いに動きが止まる。さららもまた、一瞬驚いた顔を見せた後、気まずそうな表情を浮かべつつも、すぐにいつもの笑顔に戻り、「奏雨くん」と手話で語りかけてきた。
奏雨も手話で会話を始める。
「どうしたの?なにか探してる?」
さららは、手に持っていたメモ帳を見せてくれた。
「この教授の部屋を探してて。」
「さっき案内してくれた大学生の人にB棟って教えてもらったから、この辺だと思うんだけど……。」
二人は近くにある案内看板を見る。
奏雨がそこにお目当ての教授の名前が書かれているのを見つけると、
「ここであってるみたいだね。3階みたい。」
とさららの顔を見て手話をする。
するとさららは、少しうつむいて奏雨から視線をはずすと、指の動きが少しぎこちなく、遠慮がちに尋ねてきた。
「ついてきて……ほしいって言ったら、迷惑?」
その手話は、もし声に出していたなら、きっと少し小さい声で、勇気を振り絞って言っているのだろうと感じさせるものだった。
奏雨は、丁度サボるところを探していたところでもあったので、「いいよ」とうつむいているさららの視線に入るように手話で返事をした。
さららは、その言葉に顔をバッと上げ、満面の笑みで
「ありがとう!」
と言った。
その顔は、彼女本来の素直さや明るさが前面に出たような、誰が見ても可愛らしい笑顔だった。奏雨もそう感じたが、それを顔に出すことなく、少し口元だけ微笑んで頷いた。
二人は並んで教授の部屋へと向かった。
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