第33話 出発前の夏空の下
高等科の生徒たちもついに夏休みが始まった。
そして本日、ついに大学見学の日がやってきた。
学園の駐車場兼ロータリーは、広く開けたアスファルトの広場となっており、周囲は低い木々に囲まれている。そのど真ん中に、大学へと向かうためのバスが三台、並列して停車していた。
夏休みに入り、クラスメイトとなかなか会えていなかったこともあり、集まった生徒たちはあちらこちらで賑やかに話し込んでいる。「おはよ〜」という挨拶や、「宿題どんな感じ?」「部活いつ大会なの?」といった声が飛び交い、ロータリーはガヤガヤとした喧騒に包まれていた。
律は、普段よりもさらに騒がしいその雰囲気に、うんざりした顔で奏雨の隣に立っている。
今日がいつもより騒がしいのは、行事であることや、久しぶりに友人に会えたこともあるだろう。だが、それ以上に、普段制服を着ている生徒たちが皆、私服であることも大きな要因だった。夏休み期間中であることと、大学という少し大人びた場所へ行くということもあって、本日は私服での参加が許されているのだ。
女子たちは、会えば第一声が「え!かわいい〜!」「似合ってる!」とハイテンションで、お互いのファッションを褒め合っていた。ロングのワンピースでウエストをリボンで絞るガーリーなスタイルから、ビッグTシャツにカーゴパンツを合わせたラフだけどおしゃれなスタイルまで様々だ。男子はTシャツにパンツスタイルというシンプルな格好が多いが、数名、セットアップをクールに着こなしている生徒も見受けられた。
そのキャッキャとした陽気さを、奏雨は聞こえはしないが、周囲の活発な動きや、生徒たちの明るい表情から、なんとなく肌で感じ取っていた。
雪音とさららも他の女子生徒たちと同じく、会ってすぐにお互いを褒め始めた。
「まって、雪音ちゃんかわいい!ビッグT似合ってる!」
さららの声が弾む。
「ありがとう〜!さららちゃんもそのワンピースかわいい!ってかウエストほっそ!」
雪音も嬉しそうに返す。
「えへへ〜夏だからダイエットがんばった!」
さららはにこにこしながら答える。
「え〜これは細すぎるくらいだよ。」
そういって雪音は、親愛の情を込めた女子特有のスキンシップの一環として、さららのウエストを上下にさする。さららはにこにこしながらも、「やめてよぉ」と雪音をとがめるのだった。
そんな雑談をしていると、担任の教師から
「みなさんー!そろそろバスの中に入ってくださーい!!」
と声がかかった。
雪音がさららに「暑いしバス入ろっか」と声をかけ、二人はバスへと向かった。
バスに入るための列に二人が並ぶと、そのすぐ後ろに奏雨と律が並ぶ。
雪音が、後ろに並んだ二人に気がつき、
「おはよ!二人なんか久しぶりだね!」
と声をかける。さららも振り返った。そして、奏雨と目が合う。
さららは、文化祭の演劇終わりに奏雨に抱き締められたことを思い出し、頬からだんだんと顔全体まで赤くなる。その赤みが、耳の先まで広がるほどだった。
奏雨のとなりで律が雪音に「おう、たしかに。」といつも通りに受け答えをする。奏雨もまた、顔を赤くしたさららを目の前にして、自分が衝動的にしてしまったことを鮮明に思い出し、みるみるうちに顔を赤くした。
雪音は律に「部活どうよ?やっぱ忙しい?」と世間話を始めるが、さららは気まずさに耐えかねたように、赤い顔を隠すように前に向き直ってしまう。
律が「まぁ、ボチボチだな。大会前……だし。」と答えつつ、前を向いてしまったさららに不思議そうに視線を向けた。それにつられて雪音もさららを見る。さららが顔が真っ赤であることに、今さら気がついた雪音は、慌てて尋ねた。
「えっ!顔赤くない?熱中症!?具合悪い??」
さららは、首を横に振りながら
「大丈夫!大丈夫!」
と慌てて答える。そのまま、雪音と律の間の世間話は不自然に終わってしまった。
さららと雪音がバスの席につくと、雪音が顔をさららに近づけ、おそるおそる、誰にも聞かれないような小さい声で尋ねた。
「さらら、奏雨くんとなんかあった?」
さららが小さく頷く。
「え、まじ!?聞かせて!!」
雪音は興奮したように言うが、周囲に悟られないように声を潜めている。
バスが、唸りながら大学に向かって動き始める。さららは、迷うことなくポケットからスマートフォンを取り出して文字を打ち込み始めた。そして、それを少しずつ雪音に見せる。大学までの道中、さららはこの方法で、あの日の出来事を雪音に語り始めたのだった。
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