滑走路
セーフゾーン全体に、ジャッジのアナウンスが響き渡る。
『各生徒はチームを一時解散し、迎撃部隊はセーフゾーン南防壁の門前に集合してください。クラフターは露店エリア中央の広場に……』
桃瀬は湊たちと別れると、アナウンスで指示された露天エリアの中央広場へと駆け出していた。
湊に託された重要な任務。それは、土田が考案した『リスポーンセット』の供給システムを、後方支援の拠点として、リスポーントーテム周辺に構築することだ。
自分発案の作業ではないにしろ、その重要性は、桃瀬にも痛いほどわかっていた。
このセーフゾーンが守れるかどうかは、防壁の完成までにかかる時間で決まる。そしてその時間は、前線がどれほど敵の猛攻を維持できるかで決まる。そして、前線の維持はリスポーンにより戦線を離脱した人員を、再び前線に送り込める速度で決まるのだ。
湊に託された自分の仕事が、この島の全員の生命線だった。
一方で、セーフゾーンに満ちている、若干の緩んだ空気が、桃瀬は気になっていた。魔獣の軍団が、今、この場所を目指して迫っているというのに、誰も、それを本当の意味で、真剣に捉えていないのだ。
ふと、セーフゾーンの奥に聳え立つ、巨大なリスポーントーテムが目に入る。淡い光を放ち続ける、絶対的な安全の象徴。
その光景を見て、桃瀬は、一つの思考に行き着いた。
(ああ、そうか。みんな、あのトーテムがあるから、怖くないんだ)
魔獣がこのセーフゾーンに迫ってきたところで、万が一やられても、リスポーンできる。そう、高をくくっているのだ。
だが、少なくとも、桃瀬は、そんな楽観的な考えにはなれなかった。
もし、あのセイレーンが率いる集団がこのセーフゾーンに流れ込んできたら、遅かれ早かれこの中の施設は一切が破壊されるだろう。あのリスポーントーテムでさえも、例外ではないはずだ。
もし、あれが折れたら。
そう思った瞬間、自らが占った、あの三枚のカードの光景が、脳裏をよぎる。
雷に打たれ、崩れ落ちる、『塔』。
そのイメージが、目の前のリスポーントーテムと、ピタリと重なった。
彼女の占いが告げた未来の光景と、まさか折れるなどとは、誰も想像できないほどの威厳を放つ、リスポーントーテムは似ても似つかない。
(絶対にその未来を確定させない……!)
桃瀬はさらに速度を上げて広場に向かった。
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桃瀬が広場にたどり着くと、そこには、彼女と同じように指示を受けて集まった、第一工業や八紘農業、そして自校である聖フローラ女学院の生徒たちが、何をしていいか分からずに、手持無沙汰に集まっていた。すでにある程度の能力がある生徒たちは、自分で仕事を見つけ、防壁の建設などに移動してしまったに違いない。陵南の生徒がほとんどいないのは、その大半が、迎撃部隊として前線に駆り出されているからだろう。
(……このままじゃ、烏合の衆ね)
桃瀬はあたりを見渡し、比較的頑丈そうに組まれている露店の屋根に、ひらりと身軽に飛び乗った。人一人が乗っても、びくともしない。
湊に言われた言葉を思い出す。『桃瀬、大声で、指揮をとってこい。お前なら、みんな言うことを聞いてくれるはずだ』と。
彼女は、これから自分が為すべきことを、そして、前線で戦う仲間たちの顔を思い浮かべ、主導権を握るため、大きく息を吸い込んだ。
「セーフゾーンに残っている、全クラフター、及び、後方支援担当の生徒に告げます!」
その、凛としたよく通る声に、広場にいた全員がなんだなんだと声の方に顔を向ける。桃瀬は全員の視線が自分一点に集まるのを感じ、一瞬おじけづいた。しかし、ここで挫けてはいけない。前線で戦うあの想い人に顔向けできなくなってしまう。
彼女は頭に土田の顔を思い浮かべながら、さらに言葉を紡ぐ。
「今、前線では私たちの仲間が文字通り、命を削って時間を稼いでくれています! 私たち後方支援部隊の役目は、リスポーンして戻ってきた彼らを一秒でも早く、万全の状態で再び前線に送り届けること! その、兵站の維持こそが、この戦いの勝敗を分けると言っても過言ではありません!」
桃瀬の魂の叫びに、広場にいた生徒たちの顔に決意の色が浮かぶ。だが、彼らはまだ、具体的に何をすればいいのか分からずにいた。その、やる気と戸惑いが入り混じった空気を、桃瀬は力強い次の言葉で断ち切った。
「そこで、提案があります! 土田君がトーテムの近くで販売していた『土田式リスポーンセット』を、私たち全員で、今から大量生産します!」
桃瀬は土田の手伝いをしていた時に作ったリスポーンセットのリストを高く掲げてみせる。
「これは、リスポーン直後の生徒が必要とする、最低限の回復薬、食料、そして簡易的な武器を一つにまとめた、即時復帰のためのリストです! クラフトが得意な人は、その生産ラインの中心になってください! そうでない人も、素材の運搬や、完成品の仕分け、そして、何より、完成したセットを前線へ復帰する兵士へ渡す、重要な役目があります!」
桃瀬の具体的で的確な指示。それを受けて、今まで手持無沙汰にしていた生徒たちが、ようやく自分たちのやるべきことを見つけた、という顔になる。
「よし、分かった! 俺はクラフトが得意だ! 生産ラインは任せろ!」
「じゃあ、俺は資材の運搬を手伝うぜ!」
納得したように頷いた生徒たちが、次々と声を上げ、それぞれの役割へと散っていく。あっという間に、広場は、活気あふれる後方支援の拠点へと姿を変えていった。
だが、広場には、まだ、複数の生徒たちが残っていた。
「桃瀬さん。私たちは、リスポ-ンしてきた人たちにそのセットを渡せばいいんですよね? 土田さんがやっていたみたいに、トーテムの近くに露店を作ればいいんでしょうか?」
自校の生徒にそう聞かれ、桃瀬は少し考える。
(……それで、いいのかしら?)
土田の方式は、各生徒が散発的にリスポーンし、それぞれが別の狩場へ向かうことを前提としていたから、一か所で供給するのが最も効率的だった。
しかし、今回は違う。散発的にではなく、連続的にリスポーンが行われる上に、全員の行き先はただ一つ。森エリアを越えた、あの丘陵地帯だ。湊にも「できれば、移動速度のバフもかけれたら最高だ」と言われている。
(……それなら、私たちがやるべきは、ただの「補給」じゃない)
点で供給すれば、必ず、順番待ちの列ができる。その数分、数秒のロスが、命取りになるかもしれない。ならば流れ作業だ。マラソンの給水所のように、トーテムから防壁までのルート上に補給所をいくつも作り、そこでリスポーンセットの一部を順番に渡していく。そうすれば、生徒たちは、走りながら装備を整え、防壁にたどり着く頃には完全装備が整っているはずだ。
そして、そのルート上の地面に、移動速度が上がる魔法陣を、途切れることなく描き続ければ……!
「――みんな、聞いて!」
桃瀬は、残っている生徒たちに、今思いついたばかりの作戦を伝えた。ところどころに粗があるだろうが、それはその都度修正していくしかない。今は何よりも時間が惜しかった。
「私たちは、ただの補給部隊じゃない! 前線へ向かう、仲間たちのための、『滑走路』を、このセーフゾーンに作り上げるのよ!」
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