連携の確認

 桃瀬が正式に加入した。となれば、次は四人体制でのチーム連携を試す必要がある。俺は、拠点のある森エリアでも上位の魔獣に分類される、『エンシェント・トレント』を、その試金石として選んだ。

 巨木のごとき大きさで、動きは鈍重。だが、その樹皮は鋼鉄よりも硬く、斬撃がほぼ効かない。有効なのは、棍棒などによる打撃か、火炎魔法のみ。倒した際のポイントも素材も一級品だが、その厄介さから、多くのチームが敬遠する魔獣だ。


 トレントが潜む森の奥深く。戦闘前に、まずは桃瀬が「準備運動よ」と言いながら、俺たち全員にバフをかけていく。彼女が骨のダイスを振るたびに、俺には思考がクリアになる感覚が、レオナには力がみなぎる感覚が、そして土田には体が軽くなる感覚が、それぞれオーラとなって付与された。


「よし。事前の打ち合わせ通り、土田、先行してくれ」


 俺の合図に、土田は頷くと、すっと木の陰に溶けていくように姿を消した。


「じゃあ、私の【星詠み】の真骨頂、見せてあげるわ」


 桃瀬は、こちらにウインクすると、再びダイスを投げて、前方のトレントを指さした。サイコロは『3』と『8』の目を表示する。


「――【星詠み】! あのトレントは、これから斬撃耐性が83%低下する!」


 桃瀬がそう宣言すると、彼女の魔力がトレントに吸収され、その硬い樹皮が、一瞬だけ、弱々しい光を放った。


 斬撃耐性ダウン? だが、トレントはそもそも斬撃がほとんど効かない相手だ。耐性を下げたところで、大した効果はないはずだが……


 俺がそう訝しんだ、その時だった。


 トレントの背後に、影の中から滲み出るように現れた土田が、打ち合わせ通り注意を引くためにそのナイフを閃かせた。

 ザシュッ! という、あり得ない音が響く。

 本来なら、甲高い金属音と共に弾かれるはずのナイフが、まるで熟した果実を切り裂くかのように、トレントの胴体を深々と切り裂いていたのだ。大きくえぐれた斬撃箇所から、樹液がぼたぼたと流れ落ちていく。

 トレントが、今まで聞いたこともないような、木が軋む甲高い悲鳴を上げた。

 土田自身、その結果に驚いた顔をして、すぐにまた影の中へと消えていく。


「うっそだろ……。そんなことが、あるのか」


 思わず、そんな呟きが漏れるほどに、その効果は歴然だった。

 怒り狂ったトレントが土田を追うが、その隙を逃さず、レオナが距離を詰め、トレントの腕に棍杖を叩き込む。木くずを派手にまき散らし、腕を大きくへこませるが、それでも、先ほどの土田の一撃が与えた傷には遠く及ばない。おそらく、今の土田であれば、あの腕を切り落とすことすら可能だろう。


「すごいでしょ?」と、桃瀬が得意げに胸を張る。

「……確かに、すごい。すごすぎるが、こうなると、占いの結果次第で、毎回作戦を根本から立て直す必要があるぞ、これ」


 桃瀬の占いは強力だが、あまりにもランダム性が高い。このデバフだと、陽動役の土田と、攻撃役のレオナの役割を、完全に交代させた方が合理的だ。事前に立てた作戦が、戦闘開始と同時に崩壊してしまった。


「桃瀬、しばらく火の玉で牽制しろ! 二人とも、聞こえるか!」


 俺は無線で、散開した二人に指示を飛ばす。


「役割交代だ! 攻撃:土田、陽動:レオナでいく! デバフが切れたら元に戻す! いけるな!」

『了解!』

『承知したわ!』


 桃瀬がトレントの顔面に火球を連続で叩き込み、その注意を引いている間に、レオナと土田が、まるで舞うようにその立ち位置を入れ替える。

 その役割交代は、まるで長年組んできたチームのように、スムーズに行われた。

 レオナは、あえてトレントの正面に躍り出ると、挑発するようにその巨大な顔の前で棍杖をくるりと回してみせる。


「さあ、お相手してあげるわ、木偶の坊!」


 彼女の新しい役目は、トレントの巨大なヘイトを、その一身に集めること。

 一方、土田は、完全に気配を殺し、トレントの死角となる影から影へと、まるで亡霊のように移動していた。彼の役目は、レオナが生み出した一瞬の隙を突き、確実にダメージを刻み込むことだ。


 怒り狂ったトレントが、その巨大な腕をレオナめがけて薙ぎ払う。森の木々をなぎ倒すほどの、圧倒的な一撃。だが、レオナはそれを、まるでワルツを踊るかのように、優雅なステップでひらりとかわし、カウンターの一撃を浅く入れる。強打は入れず、次に何が来ても躱せるように余裕を持った攻撃、しかしトレントの注意を引く絶妙な威力は保っている。目論見通りトレントの意識が、完全にレオナに集中した、その瞬間。

 背後に回り込んでいた土田のナイフが、トレントの太い足に突き立てられた。ザクリ、と肉を断つような生々しい音と共に、足の形をした幹が切断され、肩足の長さが短くなる。


「グルオオオオオッ!」


 今までで一番の絶叫を上げ、トレントが片膝をつく。その体勢が崩れた隙を見逃さず、今度はレオナが動く。彼女は、トレントが振り下ろそうとしていた腕を駆け上がり、がら空きになった顔面めがけて、渾身の力で棍杖を叩きつけた。


 さらに、トレントが反撃しようと地面から無数の根を槍のように突き出させるが、その攻撃が届く前に、土田はすでに次の影へと移動を完了している。レオナもまた、突き出す根を足場にして、軽やかに宙を舞い、華麗に着地してみせた。


 陽動役のレオナが、その圧倒的な身体能力でトレントの攻撃を誘い、いなす。

 攻撃役の土田が、デバフで弱体化した急所を、暗殺者のように的確に、そして静かに穿っていく。

 そして、その二人の隙を埋めるように、俺と桃瀬が後方から火球で弾幕を張り、どちらか一人にヘイトが集中しすぎないように管理する。


「――そろそろデバフが切れるわ!」


 桃瀬が叫ぶ。


「……もう一度だ、桃瀬。今度は、無線で二人にも内容が伝わるように頼む」


 桃瀬は頷くと、再度サイコロを宙に投げた。空中で静止したダイスが表示したのは、『マイク』と、『テレビ』のようなマークだった。


「――【星詠み】! 歌声が、世界に届く! その旋律は和平の証、あらゆる鎧を脱がせていく!」


 桃瀬がそう高らかに詠んだ瞬間、トレントの巨体に、先ほどよりも強力なデバフの魔力が吸収されていく。


『湊、今のは!?』

「『斬撃』と『打撃』、両方の耐性が大幅に下がったわ! 今なら、レオナちゃんの一撃も、致命傷になる!」


 桃瀬が、無線越しに興奮した声で叫ぶ。

 その意味を、レオナと土田が理解できないはずがなかった。

 ここが、勝負を決める時だ。


「二人とも、決めろッ!」


 俺が無線に叫ぶと同時、二つの影が、トレントめがけて駆け出した。

 もはや、陽動も奇襲もない。

 ただ、真正面からの、全力の同時攻撃。


 先に到達したのは、影の中を駆ける土田だった。彼のナイフが、トレントの残ったもう片方の足を、寸分の狂いもなく断ち切る。

 巨体が、ぐらりと大きく傾いた。


 その、完璧に作り出された隙を、レオナが見逃すはずがない。

 彼女は、傾いたトレントの胴体を駆け上がり、その心臓部である巨木の幹の中心に向かって、渾身の力を込めた『聖獅子王の棍杖』を、天高くから振り下ろした。


 ゴオオオオオンッ!!


 今まで聞いたこともない、腹の底に響くような、重く、鈍い破壊音が、森全体に響き渡った。

 レオナの一撃を受けた中心部から、ガラスが割れるように、亀裂がトレントの全身へと一気に広がっていく。


「グル……オ……」


 巨人が、断末魔の呻きを漏らす。

 エンシェント・トレントの巨体は、徐々にその形を保てなくなり、轟音と共に崩れ落ち、沈黙した。


 戦場には、静寂が戻る。

 木くずや土埃が舞い散る中、息を切らしたレオナと土田が、ゆっくりと立ち上がり俺と桃瀬へ手を振っていた。


『やったー! すごいすごい! レオナちゃん、土田君、ナイス!』


 桃瀬が、無線越しに子供のようにはしゃいでいる。


 チーム連携は悪くない。桃瀬の占いも強力だ。だが今のままでは桃瀬の占いに頼りすぎることになる。臨機応変の対応と言えば聞こえはいいものの、実情は行き当たりばったりだ。何とかこれをうまく処理できないだろうか?


 俺は思考を巡らしながら、四人でエンシェント・トレントの素材を集めていった。

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