思案
『エンシェント・トレント』を討伐してから数日、俺は一人、拠点に籠って思案を続けていた。
他のメンバーは、それぞれが自分のランキングを上げるべく、精力的に活動している。土田と桃瀬はペアでセーフゾーンに赴き、露店を開いて【資産価値ランキング】を上げる傍ら、情報収集に。レオナは、一人で近場の魔獣を狩り続け、【魔物討伐ランキング】のポイントを着実に稼いでいる。
そして俺はと言えば、【クラフトマスターランキング】を上げるため、土田と桃瀬の露店に置く商品を作ったり、レオナが使うポーションなどの消耗品を作成しつつ、新たなアイテムの設計と思索に耽っていた。
この【クラフトマスターランキング】を上げる方法は、大きく分けて二つ。既存の設計図でアイテムを大量生産する、あるいは、自分だけの高品質なレアアイテムをゼロから設計し、創造するかだ。無論、後者の方が評価ポイントは圧倒的に高い。何より、仲間たちの長所を最大限に活かし、チームを勝利に導くためには、既製品ではなく、彼女たちのための専用品を考える方が、よっぽど合理的だった。
俺が今、頭を悩ませている問題は、トレント戦で明らかになった、桃瀬のユニークスキル【星詠み】についてだ。
あのスキルは、強力無比だ。だが、その効果は、サイコロの出目に左右される。あまりにも、不確定要素が大きすぎる。
臨機応変の対応、と言えば聞こえはいい。しかし、その実情は「行き当たりばったり」と何ら変わりない。相手が格下の魔獣ならともかく、高城のような、頭の切れる強敵と戦う場合、その不確定性は、チームにとって致命的な欠陥となりえる。
「……せめて、普通の占いのように、一回で済めばいいんだがな」
俺は、思わず独り言をこぼす。
普通の占いなら、「今日のあなたの運勢はこうです」と、一度結果が出れば、それを前提に行動を組み立てればいい。しかし、桃瀬の占いは、戦闘中にリアルタイムでバフ・デバフを付与するという性質上、その都度ごとに占う必要があり、結果のブレが戦術の粗に直結してしまう。
実際、この世界には、「攻撃力アップ」や「防御力ダウン」といったバフ魔法が存在する。戦略性を高めたいのであれば、占いなどという面倒な手順を介さずに、普通に詠唱した方が、よほど確実だ。
しかし、だ。
魔法には、一つの大原則がある。
――その発動に、強力な『縛り』を設けるほど、効果は絶大になる。
桃瀬の場合、「占いで出た目の通りにしか、効果をこじつけられない」という、極めて厄介な『縛り』が課せられている。その代償として、彼女の魔法は、本来の魔法効果の常識を遥かに超える力を発揮するのだ。
現に、あのトレント戦。鉄壁の斬撃耐性を持つはずの相手に、斬撃耐性ダウンのデバフをかけたところで、本来なら大した効果は見込めない。だが、桃瀬の占いがもたらした結果は、その常識を覆し、まるで現実を書き換えるかのような、驚異的な効果を発揮した。
この、強力すぎるが故に、扱いづらい力。
これを、どうにかして、俺の戦術の中に、完璧な形で組み込むことはできないだろうか。
俺は、白紙の設計図を前に、深く、深く、思考の海へと潜っていく。
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俺が、桃瀬のスキルの活用法について思索にふけっていると、肩に着けている無線から、不意に声が聞こえてきた。土田の声だ。チームメンバー全員に、一斉に流しているのだろう。
『――みんな、聞こえるかー? こちら土田。ちょっと、気になる情報を掴んだから共有したい』
「こちら湊。どうした?」
『セーフゾーンで、リスポーンした奴から聞いたんだが……最近、森に出てくる魔獣が、妙に強くなった気がする、って話だ。これって、
しかし、今回の演習は、あくまで学生を慣れさせるためのもの。運営が、事前に魔獣の間引きを行うなど、入念な対策を施していると聞いている。にわかには、信じがたい話だった。
ただ、土田の言う、「魔獣が強くなった」という話は、確かに魔獣襲来の予兆として知られている。何らかの原因で、エリア一帯の魔力が活性化し、魔獣のステータスが徐々に上昇。そして、その力が飽和点に達した時、大襲来が発生する、と。
もっとも、俺自身が実際の魔災を体験したわけではない。授業で聞いた程度の知識で、確たることは言えなかった。
「……念のため、桜井たちにも聞いてみるか。魔獣なら、レオナが一番狩ってるはずだ。レオナ、そっちはどうだ? 何か変化はあったか?」
『それって、一般の魔獣の話よね?』
無線越しに、レオナの少し不思議そうな声が返ってくる。
『ここ数日で、特に変わったとは思えないわ。嫌味に聞こえるかもしれないけど、正直、私一人で楽に制圧できる程度の強さよ』
まあ、事実だから嫌味には聞こえないが、その物言いは、彼女の圧倒的な強さの証明でもあった。
そもそも、魔獣狩りはチームで行うのが、この世界のセオリーだ。道中、どんな強力な個体と遭遇するかわからないからだ。運が悪ければ、一人で『エンシェント・トレント』のような格上と出くわし、なすすべなくお陀仏、という可能性も十分にある。
演習中は安全にリスポーンができるため感覚が麻痺しがちだが、実際の魔災現場で、常にリスポーンができる保証などどこにもないと毎年演習終わりに口酸っぱく言われている。
レオナの単独行動を俺が許しているのは、彼女がそのセオリーを覆すほどの、規格外の力を持っているからに他ならない。
「わかった。参考にする」
俺はレオナにそう言うと、今度は雪山の桜井たちに無線で同じことを尋ねた。だが、返ってきたのは、「強くなったと言われれば、そんな気もするが、今までと変わらないと言われれば、そんな気もする」という、何とも歯切れの悪い答えだった。
判断が難しいのは、ここだ。普通のチームは、リスポーンのリスクを考え、常に安全マージンを大きめに取って行動する。多少、魔獣が強くなったところで、その安全マージンの範囲内で、力押しで倒せてしまうのだ。
『……だが、貴重な情報だ。こちらも、少し警戒レベルを上げておく』
桜井はそう言って、無線を切った。まあ、これが普通の反応だろう。土田のように、噂一つで魔獣襲来と即結びつけるのは、少し時期尚早だ。リスポーンさせられた、弱い奴の負け惜しみ、という可能性も十分にある。
だが、疑えばきりがないのも、また事実。
結局、土田が懸念していた魔獣襲来の可能性については、一旦「保留」とすることにした。
本来であれば、演習の安全に関わる重要な情報として、運営のジャッジを呼ぶべき案件かもしれない。だが、証拠があまりにも弱すぎた。唯一の情報源は「リスポーンした一人の生徒からの伝聞」というだけで、その日のうちに土田が他のリスポーンした生徒たちに聞き込みをしても、同様の証言は一切得られなかったのだ。
確証のない情報で騒ぎ立てるのは、俺の主義に反する。
その日の夜。俺たちが拠点で今日の活動報告などをしている時、ふと、あることに気が付いた。
「そういえば、桃瀬。お前、昼の無線の時、何も言わなかったな。土田の話、どう思った?」
俺がそう尋ねると、桃瀬はきょとんとした顔で、不思議そうにこちらを見返した。
「……え? 何の話?」
その反応に、俺は一瞬、思考が停止する。
俺は、おそるおそる、桃瀬の肩についているはずの通信機を探す。無い。レオナも、土田も、同じものを身につけている。だが、桃瀬の肩には、それがない。
「通信機……、渡してなかったな」
「うん」
「……なんで、言わないんだ」
「だって……」
桃瀬は、少しだけ顔を赤らめると、気まずそうに視線を逸らした。
「いつ、もらえるのかなーって、待ってたんだけど……。自分から『頂戴』って言うのも、なんだか、がめついみたいで、嫌だったんだもん」
しおらしい声で、そう呟く桃瀬。
その言葉を聞いて、俺はすぐにアイテム袋から予備の素材を引っ張り出すと、俺は桃瀬の目の前で、人生最速のスピードで通信機をクラフトした。
「す、すまん、桃瀬……!」
完成したばかりの通信機を、俺は土下座せんばかりの勢いで彼女に差し出したのは、言うまでもない。
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