新メンバー加入

 俺とレオナが拠点に戻ると、入れ替わるようにして土田が帰ってきた。だが、一人ではない。その後ろに、一人の女生徒を連れていた。

 緩くウェーブのかかった、ピンクブラウンのツインテール 。大きな瞳は好奇心に満ちており、こちらを興味深そうに観察している 。服装は、聖フローラ女学院の制服を、動きやすいように大胆に改造したミニスカートスタイルだ 。


 その顔には、見覚えがあった。


「じゃじゃーん! 湊、いいニュースってのはこいつのことだ! 覚えているだろ? 桃瀬だよ! セーフゾーンでたまたま会ったんだ」


 土田に紹介され、桃瀬は少し赤らめた顔を片手で抑え、「あちゃー」と大げさに顔をしかめて見せた。


「うわ、マジか。湊のチームだったんだ……。よりによって、一番面倒なところに……。ミスったなぁ」

「……出会いがしら、あまりにも失礼すぎるだろ。……それと、桃瀬。さっきは、ありがとうな。お前のおかげで、なんとか仲直りできた。感謝する」


 俺がそう言うと、桃瀬は「ふん、まあ、当然のことを言ったまでよ」とそっぽを向いた。

 解毒薬で体の痺れがようやくほぐれてきたレオナが、ソファにけだるげに横たわったまま、桃瀬を見る。


「あなたは、聖フローラの制服を着ているのね? 桃瀬さん、だっけ? 私はレオナよ。多分、同じクラスよね?」

「あ、レオナちゃんだねー。うん、まだあんまり話したことないけど、これからよろしくね! ……ていうか、よく戻ってくる気になったわね。相手は、あの湊よ? 性格、最悪でしょ?」

「ええ。最初に会った時は、土田君と一緒に、私の下着姿を肴にコーヒーを飲まれたわ」


 レオナの爆弾発言に、桃瀬の表情が凍り付く。

 次の瞬間、彼女は俺の襟首を掴み、ものすごい剣幕で詰め寄ってきた。


「ど、どういうことよ!? なんで、そこに土田君まで巻き込まれてるの!? 土田君に、何か変な性癖が目覚めちゃったら、どうしてくれるのよ!」

「落ち着け。それなら大丈夫だ。土田は、恐怖でコーヒーの味なんてしてないと言っていた。だから、こいつはまだノーマルだ」


 俺が冷静にそう答えると、桃瀬は「な、ならいいけど……」と、そろりと手を放し、今度はレオナの手を取って固く握手した。


「私が来たからには、もう安心よ、レオナちゃん! あなたの嫌がることは、この私が絶対に湊にはさせないから!」

「助かるわ、桃瀬さん。頼りにしてるわね」


 固い握手を交わす、聖フローラ女学院の二人。

 ……なんだろうか。存外に、俺のことが悪く言われていないか?


「それで、なんで桃瀬がうちのチームに来ることになったんだ? 占いの露店をやってるんじゃなかったのか」


 俺がそう尋ねると、桃瀬は「あー、あれね」と、気まずそうに頭を掻いた。


「あれは暇つぶしみたいなもので、本業じゃないのよ。ケアパッケージのイベントの後、前のチームが解散しちゃってねぇ。まあ、この時期にはよくあることでしょ?」


 イベントが終わると、決まって人員のシャッフルが始まる。連携不足、人間関係のもつれ、理由は様々だが、結果が残せなかったチームは解散し、より良い環境を求めて、新たなチームを探す。

 俺たちのチームは、三人でケアパッケージを二つも確保し、高城の撃退にもぎりぎりではあるが成功している。普通に考えれば、人員を拡充し、さらに上を目指すのが定石だ。おそらく、土田はそのあたりを汲んで、ソロでいた桃瀬を誘ったのだろう。

 確か、去年の桃瀬は、中距離からの魔法援護を得意としていたはずだ。今のチームには、そのポジションがちょうど空いている。彼女の加入は、純粋な戦力強化に繋がる。


「……桃瀬の実力は知っている。特に反対する理由はない。占いがどう役に立つかは、まだ分からないがな。歓迎するよ」

「湊、甘いな。桃瀬の占いは、ただの占いじゃないんだぜ」


 俺の言葉に、土田がニヤリと笑う。


「桃瀬の占いは、味方にバフを掛けるんだ」


「占いで、バフ?」

 聞いたことのない概念に、俺とレオナが首をひねると、桃瀬は「コホン」とわざとらしく咳払いをし、解説を始めた。


「私の新しいスキルは【星詠み】。未来を『詠む』ことで、その結果を現実に固定させるのよ。例えば……レオナちゃんの、少し先の未来を詠んでみるわね」


 桃瀬は、あの時と同じ、骨でできたようなダイスを取り出し、宙へと軽く転がす。魔力によって空中で静止したダイスは、『鎌』と『ドクロ』のマークを表示した。


「――【星詠み】! 『鎌』と『ドクロ』、すなわち、レオナちゃんは、死神のごとき強さを得る!」


 桃瀬がそう高らかに詠んだ瞬間、ダイスに込められた魔力が変質し、輝く光となってレオナの体に吸収される。レオナの体から、うっすらと闘気のよう赤いオーラが立ち上った。


「な、なんだか、力がみなぎってくるような気がするわ……!」

「それ、戦闘中にやるのか? もし、変な目が出たらどうするんだ」

「やってみる?」


 桃瀬はレオナのバフを解除し、再び挑戦的に笑いながらサイコロを振る。今度は『水がめ』と『ハート』のマークだ。


「――【星詠み】! 『水がめ』と『ハート』、すなわち、レオナちゃんの心臓(ハート)が、水がめから溢れ出す激流のように脈打ち、全身に凄まじい力を供給する!」


 桃瀬がそう高らかに詠んだ瞬間、ダイスに込められた魔力が変質し、再びレオナの体に吸収される。レオナの体から、先ほどと寸分違わぬ、闘気のよう赤いオーラが立ち上った。


「さっきと同じくらいの強さになった気がするわ!」

「さすが桃瀬! すごいだろ湊!」

「どうよ!」と、桃瀬と土田が得意げに胸を張る。


「こじつけがひどすぎるだろ! 水がめから溢れ出す激流ってなんだよ! 水がめならせいぜいチョロチョロだろ!」

「うるさいわね! 私の占いでは、そう詠んだの! 文句があるなら、あんたがやってみなさいよ!」


 桃瀬は、半ばヤケクソ気味に、俺に骨のダイスを渡してくる。俺は見よう見まねでダイスに魔力を通し、投げる。出た目は、『水がめ』と『三角形』。


「えっと……水の女神が、三角形……? なんだ、三角形って。……三角木馬……。いや、そんな、まさか……。だめだ、三角木馬が頭から離れない!」

「ちょっと、湊! 早くしないと魔力が暴走して、大変なことになるわよ! なんでもいいから、早く詠んで!」


 桃瀬に急かされ、俺はヤケクソで叫んだ。


「あーもう! レオナは、水の女神が、三角木馬に乗っている時のように、なんか、こう、すごくなる!」

「適当すぎでしょ!?」


 俺が詠んだ瞬間、レオナの体から、うっすらとピンク色のオーラが立ち上り、彼女の顔がぼっと赤らむ。


「な、何よこの気持ち……! なんか、体が、変な感じに……っ。ちょっと、湊、私のお尻を叩いてみてくれない……?」

「か、解除ッ!」


 桃瀬が慌てて効果を打ち消す。


「あんたの頭の中、ピンク色すぎるのよ! 今のはね、『水の女神が、三角の氷柱で、敵を叩き潰すような強さを得る』が正解よ!」

「だから、それがこじつけだろうが……」


 まあ、いい。こじつけだろうが何だろうが、味方に強力なバフを掛けられるなら、これほど頼りになるスキルはない。

 ほどなくして、桃瀬の加入は決定となった。

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