初見殺し

 ある時、高城はチーム全員に、一対一の総当たり戦をしようと言い出した。イベント間の、暇な時間だったからだろうか。俺と土田以外の戦闘職――桃瀬を含んだ全員がそれを承諾し、即席のトーナメントが始まった。

 結果は、高城の全勝。だが、その戦いは熾烈を極めた。彼もまたボロボロになり、ほとんどが僅差での勝利だったが、仲間たちは皆、高城の圧倒的な強さと健闘を心からたたえていた。


 そして、その日の夕方。高城は、俺と土田にも勝負を挑んできたのだ。俺たちは渋ったが、チームの和を考え、一戦だけという条件でそれを受けた。

 まず、土田が挑んだが、結果は完敗。戦闘職ではない彼が、高城に敵うはずもなかった。


 そして、俺の番が来た。


「高城。一応聞くが、何でもあり、なんだよな?」

「はっ、当たり前だろ。それでなきゃ、お前とやってもつまらねえ。好きに戦ってくれよ、湊」


 俺はアイテムボックスから、ただの棍棒を一本取り出し、片手で構える。もう片方の空いた手は、いつでもクラフトができるように、アイテム袋に突っ込んでおいた。高城は、いつもと同じように、その長大な槍を構える。


「「3」」

「「2」」

「「1」」

「「0――!」」


 開始の合図と共に、高城は俺めがけて一直線に駆けてくる。その顔には、格下をいたぶる前の、余裕の笑みが浮かんでいた。俺は、棍棒を上段に構え、その場から一歩も動かずに待ち構える。

 見る見るうちに距離が縮まり、高城の槍が、俺の心臓を捉える。


「ははっ! 胴体ががら空きだぜ、湊ァ!」

「――【クラフト】、土壁!」

「なっ!?」


 俺がそう叫んだ瞬間、高城の左右の地面が盛り上がり、二枚の分厚い土壁が、寸分の狂いもなく出現した。それは、俺へと続く、一本の狭い通路を作り出す。これで、高城は左右に動けない。

 そして何より、左右を壁に囲まれては、長大な槍の動きは、突きか、単調な上下の払いかに限定される。あとは、その動きを読んで、棍棒をタイミングよく振り下ろすだけだ。


 高城が、咄嗟に繰り出した突きを、俺は半身になってかわす。がら空きになった、彼の脳天へ。俺の棍棒が、ゴッ、という鈍い音を立ててめり込んだ。

 俺が土壁を削除すると、そこには、地面に崩れ落ち、頭を押さえて蹲る高城の姿があった。


「くそっ……! 湊、てめえ、卑怯だぞ!」

「高城。お前が、『好きなように戦え』と言ったんじゃないか。俺は、俺のやり方で、好きなように戦った。ただ、それだけだ。負けを認めろ」

「何を……!」


 逆上する高城と、冷めた目でそれを見下す俺。その間に、桃瀬が慌てて割って入ってきた。

 これが、俺が高城に唯一、土をつけた戦いの顛末だ。


 ---


 俺が過去の物思いにふけっていた、その一瞬の隙。

 レオナは、足元に絡みつく粘着玉を、自らの魔力で発生させた炎で焼き切り、拘束から脱出していた。


 ……頭の回転も速く、応用も利く


 去年の高城は、ここまで柔軟な男ではなかった。力でねじ伏せることしか考えていない、ただの猪だった。だが、湿地帯で再会した奴は、さらに技巧を高め去年よりも数段強くなっていた。この一年で、奴は奴なりに成長している。土田もそうだ。ただのクラフト要員だった彼が、今では隠密の技を身につけ、高城に一矢報いるほどに。桃瀬は……まあ、占いの腕を上げていたな。よく当たったし、あれもすごいことだ。


 それに比べて、俺は。

 この一年、果たして成長できたのだろうか?

 特段、何かをしたわけでもない。去年の出来事がトラウマになり、チームを組むことを恐れ、ただ引きこもるようにソロを志望した。他の奴らが、あの敗北をバネに前に進んでいたというのに、俺だけが、過去に囚われたまま、立ち止まっていたのかもしれない。

 もし、俺がここで負ければ、レオナは高城の元へ行ってしまうだろう。桃瀬の占いを信じるならだが。


 遠距離攻撃は無意味と悟ったのか、レオナが再びこちらに向かって突っ込んでくる。だが、今度の彼女が纏う魔力の流れは、明らかに先ほどと違っていた。おそらく、俺の「跪け」というコマンドワードに対する、魔力的な抵抗をかけているのだろう。

 あのコマンドは、俺がクラフトした装備に仕込んである特殊なセーフティ機能だ。事前に設定した文言を言うと、装備の重量が大幅に増す。高城が裏切った際に、俺の装備を悪用させないための保険が必要だと判断して考案したものだ、土田の装備にもつけてある。だが、こうして魔力で抵抗されてしまえば、その効果は薄い。どこまでも、戦闘IQが高い女だ。


 レオナが、一直線に俺へと突っ込んでくる。

 俺は、再び、棍棒を上段に構える。そして、高城を仕留めた、あの時と同じ詰め手を繰り出す。


「胴ががら空きよ!」

「【クラフト】、土壁!」

「っ!」


 レオナの左右を固めるように、二枚の土壁が形成され、俺への一本道が完成する。槍と違い、彼女の武器は棍杖だが、それでも取り扱いに制限が出るのは変わりない。俺は、レオナが振り下ろす棍杖を半身で躱し、がら空きになった、その美しい金色の頭部へ、渾身の力で魔力を流した棍棒を振り下ろ――


「くっ……!」


 レオナが、俺の棍棒が振り下ろされる、その寸前に。

 まるで物理法則を無視するかのように、真上に跳んだ。

 俺の棍棒は、彼女の右膝を浅く打ち据えただけにとどまる。

 通路の上には、天井はない。レオナは、そのまま通路を脱出し、再び俺と距離を取った。その顔は、右膝の痛みに、苦悶の色を浮かべていた。


 俺は、クラフトで生み出した土壁を、魔力を霧散させて削除する。そして、膝に手をつき、苦しそうに息をするレオナへと向き直った。


「……本当に、厄介すぎるわね。あなたのクラフトは」

「お前も大概だろ。俺が高城に一泡吹かせた、初見殺しの連携だったんだぞ。それを、一発で見破って避けるやつがあるか」

「あら、その程度でやられるなんて。高城も大したことないのね」


 レオナはそう嘯くが、その額には脂汗が浮かび、明らかに痛みをこらえている。


「痛むだろ、膝。ポーションを飲んでいいぞ。回復するまで待ってやる」

「あら? ハンデとして、そのままにしてくれてもいいのよ?」

「いや、もう勝負は終わったからな。……お前、高城との一件から、何も学んでないのか?」


 俺の言葉に、レオナが顔に疑問符を浮かべた、その瞬間。

 彼女の足から、ふっと力が抜け、その膝が、地面に音を立てて着いた。


「なっ……!?」


 そのまま、体の自由が利かなくなったのか、バランスを崩して地面にうつ伏せに倒れる。

 レオナの場合、高城を仕留めた土壁の連携を使っても、紙一重で躱される可能性が十分にあった。だから、俺は保険をかけていたのだ。もし避けられても、一発当てさえすれば、体の自由を拘束できるように。棍棒に魔力を通し麻痺毒に似た拘束魔法を叩き込んでやった。皮肉にも、高城の手法を参考にしたことが、俺の勝利に繋がったわけだ。


「ルールでは、膝が地面に着いたら、勝負ありだったか。まあうつぶせに倒れてもいるしどちらにしろ勝ちか。……それとも、煮え切らないなら、もう一回やるか?」


 俺は、地面に倒れて動けないレオナに近づき、その柔らかそうな頬を、人差し指でつんつんと突いて問いかける。


「……それ、やめて。……私の、負けよ。湊のチームに、入るわ」

「その……、本当に、悪かった」


 俺は、今度こそ、心の底から謝罪の言葉を口にした。


「……別に、もう怒ってないから。気分が悪かったのは本当だけど、土田君からあなたの不器用な性格の話も聞いたし、湊が反省してるのも、最初の話で分かったから。もう、いいわ。それよりも、ポーションを飲ませてくれないかしら。本当に、体が動かないのよ」

「ああ、悪い。解毒のポーション、拠点に忘れてきたんだ。だから、俺が背負って帰る」

「はあ!?」


 俺は、抗議するレオナの体をよいしょと起こすと、その背中にひょいと担ぎ上げる。柔らかく、そして豊かな二つの感触が、俺の背中に押し付けられ、思わずいかがわしい気持ちが湧き上がり顔が緩む。レオナからは顔が見えてないから取り繕う必要もない。存分に堪能させてもらうことにする。


「ちょっと、降ろしなさいよ! 湊が拠点に取りに行って、戻ってくればいいだけでしょう!」

「悪いな、俺が作った特製の解毒薬は、使用期限が極端に短いんだ。持ってくるまでに、効果がなくなってしまう」

「そんなポーション、聞いたことないわよ! あなたが、私を背負いたいだけじゃないの! 変態!」

「……よく分かったな。一度、レオナを背負ってみたかったんだ。意外とこう……あるんだな」

「何がよ! チームに入るの、やっぱりやめる!」


 背中の上で、身動きが取れずに喚くレオナを無視して、俺は土田に無線で連絡を入れる。


「こちら湊。一応、仲直りできた。レオナも、チームに戻るそうだ」

『……お前の後ろで、ギャーギャー喚いてる声が聞こえるんだが。それを信じろと?』

「仲直りしてなきゃ、こんな冗談も言い合えないだろ」

『……まあ、それもそうか。分かった、俺も拠点に向かう。それに、こっちにも、いいニュースがあるんだ』


 土田に了解と告げて無線を切ると、俺は背中のレオナに声をかけた。


「というわけで、これからまたよろしく頼む、レオナ」


 俺の言葉に、騒いでいたレオナが、急に押し黙る。

 そして、しばらくして。


「……よろしく」


 と、俺の耳元で、彼女が小さく呟いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る