再開

「――お前、一人で何してるんだ?」


 レオナに会ったら、まず最初に謝ろう。どんな言葉で、どんな顔で謝ればいいか、あれほど必死で頭を悩ませていたというのに。いざ彼女を目の前にしたら、俺の口から出たのは、そんな間の抜けた言葉だった。


 拠点で準備を終えた後、俺は桃瀬の占いを頼りに、レオナを探し回った。「俺と関係の深い場所」と言われても、そう長い間一緒にいたわけではない。雪山、湿地帯……思い当たる場所をしらみつぶしに探し続けたが、彼女の姿はどこにもなかった。一応無線機で連絡を取ろうとしたものの、当たり前のように呼び出しには答えない。

 もう日は暮れ、諦めて拠点へ戻ろうと、トボトボと夜道を歩いていた、その時だった。森の中から、一体の魔獣を仕留めたレオナが、ふらりと姿を現したのだ。


 レオナは、俺の姿に気づくと、驚いたように足を止める。その身にまとっているのは、朝、俺が渡したばかりの、あの新しい装備だった。


「何って……見ればわかるでしょう。ファームよ。あなたに出ていけと言われたし、また略奪を働くわけにもいかないもの」

「そりゃ、そうだが……」


 棘のある言い方に、俺は言葉を詰まらせる。そして、ふと、あたりを見回して気が付いた。ここは、以前、坂井たちのチームと遭遇し、俺が言い負かした、まさにあの場所だった。


「……てっきり、お前はもうどこかのチームに入っているものだとばかり」

「そうね、チームの誘いなら、山ほど来たわ。でも、私より弱い奴の指図を受ける気にはなれなくて。だから、条件を出したの。『私に勝てたら、チームに入ってあげる』ってね。……結果、全員返り討ちにしてやったわ」


 腕白が過ぎるだろ、と思わず引きつつも、俺は今言うべき言葉を、震える声で紡ぎだす。


「レオナ。今朝は、俺の言い方が悪かった。本当に、すまない。本当は、お前と……レオナと、この先もずっと、チームを組んでいきたかったんだ。俺の言葉が下手なせいで、お前を傷つけて、本当に、申し訳なかった……!」


 俺は、地面に額がつくほど、深々と頭を下げた。

 しばらく、レオナの無言の時間が続く。やがて、彼女は静かに、「頭を上げて」と言った。俺がおずおずと顔を上げると、彼女は以前のような怒りではなく、どこか冷めた、静かな瞳で俺を見ていた。


「そのことなら、土田君から大体聞いたわ。あなたは、自分の本当の気持ちを、合理的な言葉で隠してしまう、不器用な人間だって。……私が自由意思で出て行ったのだから自分は悪くない、なんて言い訳をしなかっただけ、反省している、ということかしらね」

「ああ……。反省、している」

「そう。わかったわ」

「じゃあ、チームに、戻ってきてくれるのか……?」

「いいえ。あなたの謝罪を『受け入れる』という意味で、わかったと言ったの。チームには、戻らないわ」


 俺の希望は、彼女の言葉によって、あっさりと断ち切られた。レオナは、冷たい声で言葉を続ける。


「いいえ、戻らない、は正確じゃないわね。正しくは、『今のあなたには、私をチームに入れる資格がない』と言ったのよ」

「なっ……!」

「さっき、言ったでしょう? 私をチームに誘えるのは、私より強い者だけ。私より弱いあなたに、その資格はないわ」


 ――激しく、やりあうことになる。

 桃瀬の占いが、脳裏をよぎる。ああ、そうか。こういうことか。俺は、占いの真意を読み違えてはいなかった。


「……そうか。確かに、まともに打ち合えば、俺はレオナに手も足も出ない。お前の言う通り、俺は弱いよ。ちなみに、その勝負のルールは? リスポーンさせたら勝ちか?」

「地面に倒れたら、よ。四つん這いでも、倒れたと見なすわ。……何? あなた、私とやる気なの? いいわ、特別に、膝をついただけでもあなたの勝ちにしてあげる」

「ああ、そういうことになるな。俺は、お前が欲しいんだ、レオナ。ルールは分かった。――勝負しろ」


 俺がアイテムボックスからただの棍棒を取り出し構えるのを見て、レオナは少しだけ目を細め、やれやれと肩をすくめた。呆れているのだろう。彼女もまた、『聖獅子王の棍杖』を手に取る。


「はぁ。手加減はできないから、リスポーン送りになっても知らないわよ」

「お前が気にすることじゃない。……ただ、もしそうなったら、俺のアイテム袋は拠点に届けておいてくれ。中身は、好きにしていいから」


 レオナが「はいはい」と、気だるげに返事をする。

 俺たちは、互いに構え、同時に3からカウントダウンを開始した。


「「3」」

「「2」」

「「1」」

「「0――!」」


「――跪けッ!」


 俺の叫びに呼応するように、スタートと同時にカタパルトのように飛び出したレオナの体が、不自然に失速し、地面へと墜ちる。レオナは驚愕に目を見開き、膝を地面につけまいと必死に踏ん張る。

 その隙を、俺は見逃さない。


「【クラフト】――落とし穴!」


 レオナの足元が、音を立てて陥没する。彼女の体が、穴の底へと消えた。

 だが、この程度で終わる女じゃない。予想通り、爆発音と共に穴から飛び出してきたレオナ。その着地地点めがけて、俺は粘着玉を投げつけ、その行動を阻害する。さすがのレオナも、空中では咄嗟に方向転換できない。着地と同時に、その両足が粘着剤に捉えられ、完全に身動きが封じられた。


「レオナ。お前、高城が、同じチームメイトだった土田の名前を憶えていなくて、俺の名前だけを憶えていたのは、なぜだと思う?」

「なによ、今さら……! たまたまでしょう!」

「違うな。俺は、あの演習で、あの無敗の高城に、唯一、黒星をつけた男だからだ」

「……っ!」


 勝負は、もう始まっている。そして、もう遅い。


「レオナ。高城に勝てなかったお前に、もう俺に勝つ術はない」

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