自覚
俺の話を聞き終えた桃瀬は、大きなため息をつくと、心底呆れたという顔で言った。
「それは、湊君が悪いね。100パーセント、あんたが悪い。そのレオナって子、可哀そうに」
「……なんでだよ」
桃瀬の言葉に、俺は納得がいかず、思わず反論する。俺は、俺なりに考えて、合理的に行動したはずだ。
「うーん、そうだなぁ」と、桃瀬は顎に手を当てる。
「普通なら、私もこんな湊君とは縁を切りたいところだけど、その子、私と同じ聖フローラの子みたいだし? 湊君から魔石ももらっちゃってるし、値段分の仕事はしないとねぇ。ああ、もらわなければよかった」
「じゃあ返せよ」
「やだ」
桃瀬は、いたずらが成功した子供のように、ぺろりと舌を出して俺を牽制する。
「まず、湊君に言いたいのは、『人は、合理だけでは動かない』ってこと」
「それは、わかっている。だが、結局、合理的じゃないと話が進まないだろう」
「それはね、チーム全員が『よし、俺たちは合理だけで進めよう』って納得してる時だけだよ。……去年の、高城が率いてた頃の、私たちみたいにね」
その言葉に、去年のチームの記憶が蘇る。あの時のリーダーであった高城は、俺たちを能力という合理だけで選んでいた。戦闘職には、徹底して駒としての役割を。俺のようなクラフト要員にも、ただ成果だけを求めた。そして、そのやり方で、俺たちは結果を残していた。
「でもさ、」と、桃瀬は俺の目を見て言った。
「そのレオナって子は、合理で湊のチームに入ったわけ?」
「……違う」
そうだ。レオナの加入は、合理でも何でもない。リスポーンを繰り返す彼女を、俺が気まぐれに見捨てなかった。ただそれだけの、不可抗力。最終的には、土田の情けで加入が決まった、ただそれだけのことだ。
「理由はどうあれ、情でチームに入れたのなら、最後まで情で接してあげないとダメでしょ。特に、女の子なんて、一見合理的に見えても、その根っこは感情で動いてたりするんだから」
「…………」
「まあ、そうは言っても、あんたにはまだ、土田君が怒った本当の理由も分かってないみたいだし、ダメかぁ。人の『情』が、一番分かってないんだもんね、湊は」
何も、言い返せなかった。確かに、土田が何を言っていたのか、俺はまだ欠片も理解できていない。何をどうすればよかったのか、今も分からない。そう考えると、また胸の奥が、ズキン、ズキンと鈍く痛み始める。くそ、なんだこれは。
俺が胸を押さえるのを見て、桃瀬は何か言いたそうな眼をしたが、やがてその色は、憐れみのそれへと変わっていった。
「じゃ、今日の占いはこれでおしまい。また来てね、湊君」
「……まだ、お前の説教を聞いただけだろ。何も占ってないじゃないか」
「だって、今の湊君、自分自身が『何を占ってほしいか』さえ、分かってないでしょ? そんな状態で、占えるわけないじゃない。まあ、今の今、心に種は植えてあげたから。芽吹くまで、少し時間がかかるかもね。でも、湊君なら、案外すぐに綺麗な花を咲かせそうだし」
桃瀬は「とりあえずご飯でも食べてきたら?」と言うと、しっしと手を振る。
「次のお客さん、待ってるから。さっさとどいて」
彼女の視線の先、少し後ろで、カップルと思わしき男女が、こちらの様子を伺っていた。俺は二人に向かって軽く会釈すると、席を立ち、桃瀬に教えられた料理の露店が立ち並ぶエリアへと、重い足取りで向かった。
背後で、桃瀬とカップルが「彼氏さんの浮気が心配なのね~?」なんて、きゃっきゃとはしゃぐ声が聞こえてくる。その明るい声が、今の俺には、あまりにも遠い世界の出来事のように感じられた。
---
桃瀬に言われた通り、川沿いの料理露店で、何か串に刺さった肉料理を注文した。いい匂いにつられて口に運んだそれは、何の味もしなかった。いや、味はしたのだろうが、オーバーヒートした俺の頭が、その信号の受け取りを拒否しているようだった。腹の中に何かが溜まっていく感覚はあるのに、心は空っぽのままだった。
俺は、食べ終えた串をゴミ箱に捨てると、近くを流れる川辺の石に、力なく座り込んだ。
時折、料理露店から、使用済みの食器でいっぱいになった桶を抱えた生徒たちが、楽しそうに談笑しながら食器を洗っている。その光景を、俺は、ただぼーっと眺めていた。
露店に目をやれば、チームでケアパッケージでも確保したのか、男女が肩を組んで勝利の美酒に酔いしれている。その隣では、反省会なのか、しんみりとした雰囲気で乾杯をするチームもいる。
様々な人たちが、思い思いの仲間と、同じ時間を共有していた。
――その光景に、ふと、あり得たかもしれない俺たちの姿が重なる。
「この肉、うまいな!」と笑う土田と、「もう一本おかわり!」と頬張るレオナ。そして、そんな二人を見て、仕方ないなと笑う、俺。
……いいなぁ
そう思った瞬間、今まで胸につっかえていた何かが、すん、と喉の奥に流れ落ちていく気がした。
なんだ。そうか。俺は、ただ。
レオナに、出て行ってほしくなかった。
土田に、出て行ってほしくなかった。
また、三人で、笑い合いたかった。
状況から考えて、原因は俺の発言だ。あの時、どんな言葉を掛ければよかったのかは、まだ分からない。だが、自分がどうしたいのか、その答えだけは、ようやく、はっきりと分かった。
俺は、気が付くと、また桃瀬の占い露店の椅子に座っていた。
「……多分、俺が、悪かったんだと思う。あの時、何を言えばよかったのかは、まだ分からないけど。……とりあえず、二人に、謝りたい」
「それで?」
桃瀬は、頬杖をつきながら、ぶっきらぼうに先を促す。
「えっと……」
「謝って、それで終わりなのかって聞いてんの! 『ごめんなさい、僕が悪かったです。はい、さようなら。僕はソロ活動に戻ります』って、そういうこと!?」
「違う!」
俺は、桃瀬の剣幕に押されながらも、今度ははっきりと否定した。
「違う。俺は、その……また、三人で、チームを組みたい」
「……それで?」
また、同じ問い。俺が言葉を探して口ごもっていると、桃瀬は、今日一番の大きいため息をついた。
「あのさ、ここは占い屋なの。分かる? う・ら・な・い。占いってのは、将来のこととか、人の心の内とか、そういう目に見えなくて判断がつかないことについて、道筋を示唆してあげる仕事なわけ。あんたはもう、三人でもう一度チームを組みたいんでしょ? やりたいことが、もう分かってるんなら、今すぐ二人を探しに行ってきなさいよ!」
「だが、二人が許してくれるか……」
「……はぁ。じゃあ、こうしましょうか。『どうすれば、二人に許してもらえて、もう一度チームを組めるか』。それを占ってあげる。それでいいわね?」
「……頼む」
「あんたのそのコミュ障、さっさと治したほうがいいわよ」
桃瀬は、カチャカチャと複数の骨製のダイスを片手でいじると、それらに魔力を込める。魔力が込められたダイスがテーブルに投げられると、それぞれが奇妙な記号を上にして止まった。彼女は、それをもとにテーブルに描かれたすごろくのような盤上のコマを進め、「……まあ、そうなるわよね」と呟いて、俺を真っ直ぐに見据えた。
「まず、土田君のことは、一旦放っておいていいわ。占いに、そう出てる。彼は、レオナちゃんが戻れば、自然と戻ってくる。問題は、レオナちゃんの方ね」
桃瀬は、盤上の一つのマスを指さす。
「こっちは、あなたとの関係が深い場所で、ずっと何かの作業に没頭してるみたい。何をしてるかまでは分からないけど、それは、あんた自身が心当たりを探すしかないわね。……それで、見つけ出した後、レオナちゃんとは一度、やりあうことになるわ。それも、かなり激しくね」
「やりあうって、どういうことだ。戦闘か?」
「さあ? 口でなのか、手でなのか、それは分からない。けど、準備だけはしていった方がいい。なにかは分からないけど、あんたが持てる、最高の準備をして、誠意を見せなさい。……多分、これを逃したら、レオナちゃんはもう、あなたの元には戻ってこない。次のマスは『転落』。あなたにとって、最悪の結末になることは間違いないわ」
レオナが、もう戻ってこない。そう考えただけで、また胸の奥がきつく締め付けられるように痛み始める。
「そんな暗い顔しないの。まだ、首の皮一枚、繋がってるだけマシよ。完全に千切れたわけじゃないんだから、ポーション使えば治る程度の傷よ。……さあ、行った行った! 手遅れになる前に!」
桃瀬はそう言って、俺の背中を力強く叩いた。俺と入れ替わるように、あのカップルが彼女の前に座るのが見えた。
俺は、もう迷わなかった。拠点に向かって、全力で駆け出していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます