コソ泥レオナ

「……これに着替えろ」


 昼食を終えた俺は、自作のチェストから設計図を基にクラフトした服をレオナに投げ渡す。彼女は、俺が渡した純白の戦闘服を訝しげに広げた。


「なにこれ?」

「見ての通り、服だ。いつまで下着姿でいるつもりだ? 俺と土田、二人からじろじろ見られて嬉しいなら別に構わんが」

「わ、わかってるわよ! 向こう向いてなさい!」


 俺と土田は言われた通り、壁際に背を向ける。さんざん見た後で何をいまさらとは思うが、口に出すほど無粋じゃない。

 やがて、背後からおずおずとした声がかかる。


「着たけど……その、動きやすいのは認めるけど、なんだか落ち着かないわ……これ」


 振り返ると、そこには頬を赤らめたレオナが立っていた。

 彼女が着ているのは、体の線が出るところはきっちり出る、伸縮性の高い特殊繊維で作られたボディスーツ。胸や腰回りを最低限の装甲で固めたそれは、拠点内の薄明りの中でも分かるほど性能は良さそうだが、いかんせん、隣で土田がだらしなく鼻の下を伸ばすくらいには、たいへんけしからん見た目をしている。

 これはインナー扱いだから、いずれジャケットやスカートが作れるようになったら、その上にでも着せてやろう。今はこれが最善だ。


「とにかく、こうして三人でチームを組むことになったわけだが」


 俺が切り出すと、土田とレオナが居住まいを正した。


「早速動く必要がある。4週間のうち、もう4日も使ってしまっているからな。土田も知っている通り、時間が経つにつれ、運営は様々なイベントを実行して、チーム同士が競い、争うように仕向けてくる。準備を考えると、本当に時間がない」


 早急に対応すべきは、レオナの悪評をどうにかすることだった。今のままでは満足に動けず、取れる選択肢の幅が極端に狭まる。


「指名手配の件な。何をどうすれば解除になるか、俺もまだ情報が集まってないんだよなぁ」


 土田のボヤキは的を射ていた。


「いっそ派手に魔物でも狩りまくって、討伐ポイントで中間ランキング上位に乗り、強さを見せつけるってのはどうだ?」


 土田の提案に、俺は少し考えるが首を横に振る。


「いい考えだが、今のレオナは『略奪者』でしかない。強さを誇示すれば、『より危険な略奪者』と認識されて、さらに敵を増やすだけだ」

「それもそうだなぁ、じゃあどうすりゃいいんだよ……」


 俺と土田が唸る中、レオナは申し訳なさそうに俯いている。

 サバイバルの技術は一朝一夕では身につかない。そのあたりはおいおい教えるとして……。せめて、彼女が誰からもちょっかいをかけられずに、一人で安全に素材集めでもできればいいんだが……そうだ。


「こう言うのはどうだ? 一日を潰して、レオナに素材集めや金策などの『ファーム』のやり方を教える」

「ファーム? だから、それは狩られるだけだって話だろ」

「ああ。ファームは効率を求めれば目立つ。そこに俺が一日中つきっきりで帯同すれば、他の生徒たちの目にはどう映る?」


 俺の意図を汲み取り、土田がポンと手を打った。


「なるほどな! 湊が、改心したレオナの『更生指導』をしてるように見える、と!」

「そういうことだ。あえて人目につきやすい場所でやる。多少、効率は落ちるがな。それに、戦闘以外に現時点でレオナにできることは少ない。ファーム自体も二人でやれば単純に効率は二倍。ファームのやり方を覚えがてら、悪評対策とイベント準備、全部できる一石三鳥だ」


 俺の計画を聞き、土田はニヤリと笑った。


「OK、乗った! じゃあ俺の役目は、その噂の『裏付け』だな!」

「話が早くて助かる。露店で情報収集がてら、レオナの生い立ちをリスポーンしたての奴らに吹き込んでくれ。『彼女は何も知らなかった。今は改心して、湊にファームを教えてもらっている』とかな。そうやって、このエリアのささくれだった雰囲気を落ち着かせる」

「了解! いやー、悪評操作とか、最高に面白いじゃん!」


 手土産に、あり合わせの素材で十着ほど簡易的な服を作って持たせてやると、土田は「商売道具が潤ったぜ!」と飛び上がって喜び、「じゃあさっそく仕事してくるわ!」と嵐のように飛び出していった。


 静かになった拠点で、俺はレオナに向き直る。


「よし、俺たちも行くか。その棍棒を持て。今日は深夜まで走り続けるぞ、気を抜くなよ」

「その……、本当にいいの? 私を仲間にして」


 レオナが、まだ不安げな瞳で俺を見つめていた。


「俺の許可がない限り、略奪しないと約束できるならな」

「それはもちろん約束するわ。でも、私をチームに入れたら不利益の方が大きいでしょう? 土田君も足手まといだって言ってた。それにほかのチームだと、鉄砲玉にしか使えないって…」

「土田の言葉は半分合ってるし、半分間違ってる。お前を足手まといだと思ったり、鉄砲玉にしか使えないようなチームじゃ、そもそもお前の目的は果たせないんだよ。母親と同じ大学の推薦が欲しいんだろ?」

「……!」

「お前のその馬鹿みたいな戦闘力を、最大限に発揮できる状況と舞台を、俺が整えてやる。その代わり、俺の指示には従ってもらう」

「でも、二人には何のメリットもないじゃない…」

「メリットならある。レオナが大学の推薦を勝ち取れるということは、同じチームの俺たちも、同じだけの評価と報酬が得られるということだ。チームは一蓮托生なんだ。忘れるな」


 なおもレオナが何か言いたそうにしているが、俺は近くにあった棍棒をその手に無理やり握らせ、彼女の手を引いて拠点から走り出していた。


 ---


 ファーム、とは目的の物を得るために簡単な作業を繰り返すことを指す用語だ。

 拠点のある北の森エリアでは、植物系のクラフト素材や木の実などの食料が手に入る。そして何より、他のエリアと比べて動物や魔獣の数が多いため、肉や皮、骨といった動物素材も手に入りやすいのが利点だ。


 俺とレオナは木々の生い茂る道なき道を突き進みながら、道端の薬草の群生地や、食べられる木の実が成る木を片っ端から確認し、アイテム袋に詰め込んでいく。


「なんというか、簡単ね。素材が取れる場所を線でつないで走っているだけじゃない」

「その『素材が取れる場所』を調べて、安全かつ効率のいいルートを作ることが大変なんだ。……次、十メートル先にアーマーボアの寝床だ。戦闘になるぞ」


 涼しい顔で俺の速度についてくるレオナの身体能力に空恐ろしさを抱くが、今のところ不安要素はなかった。防御力の高いアーマーボアの眉間を、彼女は棍棒の一撃で正確に撃ち抜き、沈黙させる。その無駄のない動きは、もはや芸術の域だった。


「魔物を倒すと、素材と魔石を落とす。魔石はクラフト素材にもなるし、島の生徒間の通貨としても使えるんだ。この大きさなら1ポイント。もう少し大きいと5ポイントとか価値が決まっている。腕輪キャストに入れれば数値換算してくれるから便利だ」


 森を一周ぐるりと巡り、ファームのやり方を教えたら、二週目はレオナに先導させる。

 驚いたことに、レオナは飲み込みが早い。素材の取りこぼしは多少あるものの、一度通っただけのルートをほぼ完璧に記憶していた。この調子なら、サバイバルの基本もすぐに覚えるかもしれない。


 道中、他の生徒ともちょくちょくすれ違った。彼らは俺たちの姿を認めると、特にレオナを見て怪訝な顔をし、足早に去っていく。今日中に討伐隊か何かが一、二回接触してくれれば、後のことが楽なんだが。そう思っていると、レオナが話しかけてきた。


「そろそろ二週目が終わるけど、どう? 何かおかしいところはあった?」

「いや、ない。非常に優秀だ。強いて言うなら、もう少しペースを遅くてもいい。素材は一度採取したら、周囲の魔力を吸収して再生するんだが、今のペースだと再生が間に合っていない場所がある。もったいないから、綺麗に回収したい」

「わかったわ」


 三週目は若干ペースを落として回るようにする。すると想定通りレオナの取りこぼしもなくなり、本格的に俺のやることがなくなってしまった。暇なので、レオナのパツパツの尻を見ながら今後のために話しかけることにする。


「そういえば、レオナの得意な武器は何なんだ? 最優先でクラフトするから教えてほしい」

「私が得意なのは杖と銃器よ。どちらも遠距離射撃ね。棍棒とか剣とかも使えるけど、得意なのはそれ。とはいえ弓とか投げナイフは苦手で、クロスボウなら、まあそこそこといったところね」

「杖と銃、どっちが本命だ?」

「……杖ね。銃はサブウェポンとして持っていたわ」

「なるほど」


 意外な答えだった。てっきり剣か何かだと思っていたが。

 俺は頭の中のクラフト知識を検索する。木材主体の杖なら、この森の素材で調達できるだろう。ただし、杖の設計図は一つも持っていない。露店市で早めに入手したいところだ。


 そんなことを考えながらファームを続け、森を抜けて開けた街道に差し掛かった、その時だった。


「止まれ!」


 鋭い声が飛ぶ。

 見ると、街道を封鎖するように、同じ制服で統一された5人ほどの武装集団が立ちはだかっていた。全員、ゴツい金属鎧と大剣で武装している。たった四日でその装備か、羨ましいな。

 中央で腕を組み、仁王立ちになったショートカットの女生徒――確か、陵南の坂井だったか――が、レオナを睨みつけていた。


 レオナは距離を開けて彼らと対峙する。その背中からは、先ほどまでの穏やかな雰囲気は消え、ピリピリとした闘気が立ち上っていた。


「『コソ泥レオナ』だな。指名手配されていることは知っているな? 大人しく装備を置いて、同行願おうか」

「知っているけど、同行するつもりはないわよ」

「なに!?」


 女生徒からダサすぎる二つ名をもらったレオナは、一歩も引かずに言い放つ。このまま任せていたら、間違いなく戦闘が始まって面倒なことになる。

 俺はため息を一つつき、レオナの横に並んで一歩前に出た。敵の視線が一斉に俺に突き刺さる。「なんだ、こいつは」と言いたげな侮蔑の視線だ。


「俺がこいつのチームリーダーだ。話なら、俺が聞こうか」

「ほう、お前がリーダーか。ならばこいつの略奪の罪は、指示役としてお前も連帯責任になるな」

「なるわけないだろ。こいつをチームに入れたのは今朝だ。チーム加入から今まで、略奪行為は一切していない。これでも連帯責任か? あ?」


 ぐぬぬ、と言った顔で坂井が俺を睨みつける。

 普通、いつからチームにいたのかを先に確認するだろ。この猪突猛進ぶりは、さすが陵南高校と言うべきか。『あいつ』は頭が回ったが、それ以外の奴は脳筋ばかりだったからな。


「じゃ、じゃあ用があるのはこいつだけだ! 略奪の罪を償ってもらうぞ!」

「その件だが、具体的に何をするつもりだ? 罪滅ぼしなら、すでに俺がとっ捕まえて、今朝から半日ほど拠点で宙吊りにし終わったところだぞ。その最中、こいつの下着姿を肴に昼食を食ったりもしたんだが」

「な、なっ!?」


 坂井が顔を真っ赤にして狼狽える。

 ダメ押しとばかりに、俺はレオナの肩に腕を回し、ぐっと体を引き寄せた。レオナの体がびくりと強張るのがわかる。そして、女生徒の取り巻きの男子生徒たちに問いかける。


「それにお前ら、この服を見てみろよ。どう思う?」


 陵南の連中は、ぴっちりとしたレオナの白い戦闘服を見て、ゴクリと唾を飲み込む。土田と全く同じ反応だ。無言でも何を考えているかよくわかる。


「俺はこいつにファームを教えてるんだがな。物覚えが良くて、もう教えることが何もない。というわけで、明日からこいつはこの格好でファームをするし、露店で物を売ったりもする。ああ、もちろんしばらくこれ以外の服を着せるつもりはない。なんせこいつは、罪を償っている最中なんだからな」


 俺の言葉に、陵南の猿どもが「オッホ」と下品な顔をする。女生徒はもう顔を覆ってまともにこちらを見ていない。腕の中のレオナは、顔を真っ赤にしてうつむいている。

 よし、完全に主導権は握った。


「わかったか? こいつは既に俺の管理下で罪を償っている。お前ら自警団気取りが、これ以上とやかく言う筋合いはない。指名手配はちゃんと解除しろよ、もう終わった話なんだから」

「わ、わかった! もうわかったから、行っていい!」

「ん? 俺はお前らの仕事を代わりにやってやったんだ。感謝の言葉くらいあってもいいよな?」

「そ、そうだな! 代わりに罰を与えてくれて感謝する! 本当だ!」

「あと、指名手配ってことは何か懸賞金とかかかってるんじゃないのか?」

「た、確かにかかってはいるが……」

「じゃあその懸賞金、俺に寄越せ。それに、こいつを更生させる手間賃も上乗せでな」

「は、はぁ!? 懸賞金はともかく、手間賃はおかしいだろ!」


 いや、指名手配犯が現役所属してるチームに当人の懸賞金渡す方がおかしいだろ。さすが陵南だ。


「何もおかしくないよな? 俺はお前らの自警団ごっこに協力してやってるんだ。だって俺は、お前らのためにこんなけしからん服まで用意して、こいつを調教してやってるんだぞ。違うか?」

「ちょ、調きょ……、それはお前が勝手に!」

「――高性能な杖の設計図が欲しい。もし用意できないなら、今この場で『陵南の坂井チームに脅迫された』って信号弾を上げて、運営のジャッジを呼ぶが、いいか? 自警団を気取っておきながら、ジャッジを呼ばれるなんてことになったら、お前らのチームの評判はどうなるかなぁ?」

「わ、わかった! わかったからぁ……!」


 ついに坂井が泣き出し、取り巻きがその背中をさする。腕の中のレオナからは「人でなし」という顔をされたが、知ったことではない。『あいつ』と同じ高校の連中だ、これくらい当然だ。


「じゃあ、設計図の受け渡しについては、セーフゾーンのリスポーンセット屋『土田』に話しといてくれ。俺たちはファームの途中だから。すっぽかすなよ」


 陵南の連中がこくこくと頷くのを確認し、俺はレオナを引き連れてその場を後にする。

 十分な距離が離れたところで、レオナが立ち止まった。


「あんた、いろいろとひどいわよ! いくら敵だからって……。それに下着姿とかこの服とか、あーもう! 恥ずかしくて頭がどうにかなりそうよ!」

「それだけで済んでよかったな。あのままだとお前、下着姿でセーフゾーンを四つん這いで百周とか、百人の足をきれいに舐めるとか、そういう事をさせられてたぞ」


 去年の略奪者に課せられた「制裁」の一部を話すと、レオナの顔からサッと血の気が引いていく。


「この島で大手を振って歩くには力がいる。だが、知恵もなしに力を振り回せば、蹂躙され、尊厳を奪われる。それがこの演習だ」

「そんな……、運営は止めないの?」

「実際の魔災現場で、略奪者が出ないようにするための見せしめだとさ。現実なら、足を舐めるだけじゃ済まないぞ」


 レオナは「そう…」とだけつぶやき、何も喋らなくなった。

 俺たちは重い空気のまま三週目のファームを終えると、無言で拠点に戻り、それぞれの寝床で横になった。


「その、まだお礼を言ってなかったわね。ありがとう。湊がいなかったら危うく犬のまねごとをすることになっていたわ」

「受け取っておく。それにチームメイトだろ。俺もそのうちお前に助けられるんだ。その時は今日みたいに容赦なくやってくれ」

「……うん」


 俺たちは夜の森の音を聞きながら眠りに落ちた。ひんやりとした風が心地いい、いい夜だった。

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