レオナをプロデュース

 俺は土田と、下着姿で天井から吊り下げられたレオナを見ながら、熱いコーヒーを啜っていた。

 状況が状況でなければ、男子高校生として非常に興奮する場面ではある。だが、残念ながら目の前の女は、今朝がた俺の胸に槍を突き刺そうとしてきた猛獣だ。もし何の対策もせずに解放しようものなら、土田もろともリスポーン送りになるだろう。


「変態が一人から二人になったわ。私の下着を見ながらコーヒーを啜るって、どんな気分なのかしら。ぜひともそちらに行って体験してみたいわね」


 ネットの中から、レオナの刺々しい声が飛んでくる。


「ただしその頃には、俺たちは八つ裂きになっているだろうな」

「湊ぉ、さすがにコーヒーの味しないわ。俺にはまだ早すぎる性癖だよ、これ」


 三者三様の意見が飛び交う中、俺は今後のことを考えていた。

 いつまでもレオナを宙吊りにし続けるわけにはいかない。これは拷問ではなく、あくまで自衛のための拘束だ。この状況を運営側もおそらく察知しているはずだが、介入がないのは、レオナに略奪の前科があるせいで「治安を乱した罪に対する、許容されうる個人の不利益」だと判断されているからだろう。


 それにしても、レオナが想像以上に交渉下手で助かった。もしここで彼女が信号弾を上げて運営のジャッジを求めていたら、おそらく無条件解放が濃厚だった。だが、今はまだ生徒間の交渉に委ねられている。この状況で、彼女から最大限の利益を引き出す。


「土田、レオナが略奪に手を染めた理由はさっき話した通りだ。今後どうするか、お前の意見も聞きたい」

「あー、鉄砲玉だっけ? さすがにひどいと思うけど、理由はどうあれサバイバルを学んでないんじゃどうしようもないよなぁ。戦闘ついでに素材集めたり、遠征先で簡易キャンプ建てるとか、やること大量にあるからな。基本的なこと出来ないなら、ただの足手まといだもんな」


 レオナの顔がネットの向こうで悲し気に歪む。土田の言葉は的を射ている。この演習において、日本と彼女の母国とでは、求められる能力が根本的に違うのだ。


「日本は交通の不便な山間部の農村が魔災により蹂躙されることが多いから、救援が到着するまで自力で身を守るしかない。特に地方は人口が少なく、防衛に避ける人員も限られる。だから、動ける人間は全員、全ての作業がある程度できないと地域ごと全滅する可能性が高いんだ」


 俺は、おそらくレオナが知らないであろう、この国の事情を説明する。


「だから、せめて学生のうちに総合的なサバイバルの知識をつけさせよう、ってのがこの演習の建前だ。学生からして見ればランキング上位者には大学への推薦入学権や給付型奨学金っていう、進学のメリットがある。だから皆、本気で取り組んでる。なんとなくわかったか?」

「……わかった。教えてくれて、ありがとう」

「正直な話、俺は進学のメリットでしかこの演習を見てない。前年はチームで挑んでしくじったから、今年はソロでランキング上位を目指す予定だ」


 土田が不憫そうな目で俺を見てくる。うちの高校じゃ『あいつ』の裏切りの話でしばらく持ちきりだったもんな。実際、しばらく立ち直れず、中間テストの順位は大幅に落としてしまった。


 話し込んでいたら昼食にいい時間だったので、炙った鹿肉を露店で手に入れたパンで挟んだサンドイッチを三人分作り、宙で揺れているレオナにも飲み物と一緒に渡してやる。


「お前は何か予定あったりしたのか? そもそも海外でエリートだったんだろ? 海外の大学から推薦か何かあるだろうし、セーフゾーンでぬくぬくしててもいいんじゃないのか」

「海外の、いくつかの大学からオファーはあるわ。高校までは親についていかないといけないけど、大学からは自由だから自分で好きな国の大学を選んで、そこで生活する予定にしてる。来年もまたどこかの国に行くみたいだから、ママの国の大学推薦が取れるチャンスは今回だけなんだけど……」


 レオナは「こんなんじゃ取れるわけがない」と泣きながらサンドイッチを食べる。土田はレオナと俺を交互に見つめている。


「ママに『ママと同じ大学に行くのもいいかも』って言った時の顔、あんたたちに想像できる? 『うれしいな。レオナなら絶対できるよ、自慢の娘だもん』って。親バカだって言いたいかもしれないけど、なまじ他国での実績がある分、期待するわよ。戦闘以外取り柄がない私が、今からあんたたちが言うサバイバルを身に着けたところで、焼け石に水よ」

「そ、そうか……。その、まあ内容はどうであれ、いろいろ背負うものはあるよな」

「そうね……。ごはん、ありがとう。あんたに捕まった時は頭に来たけど、あんたがいない間、三日ぶりに熟睡できたわ。ずっと寝込みを襲われ続けて寝れなかったのよね。それと、そこの人。リスポーンで服を売ってる人でしょ? 何度か下着姿見られてるから、もうどうでもいいわ。見逃してあげる。……だから、ここから降ろしてくれたら危害を加えないって約束するし、もう二度と会わないように、森じゃなくて別のエリアに行くことにする。それで、どう?」


 殊勝な提案だ。俺はレオナと話しながら、どうにかこいつから利益を得ようと考えていたが、ここで解放して素材を取ってこいと言っても、入手方法を知らないレオナはまた略奪を始めるだろう。下手に指示を出せば、俺が略奪の指示役になりかねない。彼女を野に放つのが、最もリスクが低いかもしれん。交渉成立、か。


「わかった。じゃあそうしよう……」

「湊、それマジで言ってんの?」


 俺が決断しかけたその時、今まで黙ってサンドイッチを食っていた土田が、鋭い声で口を挟んできた。


「おいおい、見殺しにする気かよ。さっきまでのしんみりした空気はどこ行ったんだよ。こいつこのまま野に放ったら、また同じこと繰り返すだけだぞ。そんでまた誰かに狩られて、下着姿でリスポーンだ。さすがに不憫すぎるだろ」

「……自業自得だ。それに土田には関係ない」

「大ありだ! リスポーンを繰り返す奴なんて他にもいるけどな、回数を重ねるうちにマジで目が死んでいくんだよ。見ててつらい! それに何より、お前のことが見てられねえんだよ!」

「俺?」

「そうだ! 一人で進めて、去年みたいに陵南の坂本みてえな奴に狙われたらどうすんだよ! 去年、俺たちがお前の作ったもんでアイツらを一度は追い詰めたこと、忘れたのか!?」

「……だが、結局はリーダーが寝返って崩壊した。もうチームはごめんだ。俺はソロで行く」


 俺の頑なな言葉に、土田は「寝言は寝て言え!」と声を荒らげる。


「できるわけねえだろ! ソロでランキング上位に入る奴なんて、去年はゼロだぞ! 上位を目指すって言ってるのに、一番可能性の低いソロを選ぶとか、お前がいつも言う『非合理的』ってやつそのものじゃねえか!」

「いや、でも……」

「そもそも、俺にパシリやらせるって言う時点で、お前はもうソロじゃねえんだよ。諦めろ」


 返す言葉がない。確かに、土田の言う通りだった。


「いいか、そもそもこれは俺のビジネスにとっても死活問題なんだ!」


 土田はバン、とテーブルを叩く。


「湊、お前のサバイバルスキルとクラフト技術がヤバいのは、俺が一番よくわかってる。じゃなきゃ『あいつ』も、お前の発明品ごと寝返るなんて考えなかったはずだ。そして!」


 土田は天井のレオナを指さす。


「あんたの戦闘能力がすごいのも、俺はリサーチ済みだ! あんたにリスポーン送りにされた奴らが、口を揃えて『獅子奮迅の活躍だった』って言ってたからな!」


 善意と友情と、あからさまな打算。それらを全部ごちゃ混ぜにした熱い瞳で、土田は俺とレオナを交互に見据え、選択を迫る。


「だから提案だ! 俺とお前と…そこのレオナ! この三人でチームを組む! 俺が情報と物資で後方支援を完璧にこなす。湊が知恵と技術で戦術を立てて、場を整える。そしてレオナが、それを実行する最強の剣になる! これなら勝てるだろ! ランキングを駆け上がれるだろ!」


 そして、最後にダメ押しとばかりに言い放つ。


「……もしこの提案を飲まず、レオナを見捨てるって言うなら、悪いけど、お前との取引もナシだ。こんな可哀想な子を見捨てるような奴とは、ビジネスしたくねえからな!」


 その提案は、皮肉なことに、俺が一人でソロプレイに固執するよりも、よっぽど合理的で、生存確率も高いものだった。


 頭ではわかっている。だが、心が「待った」をかける。去年の裏切りが、新しいチームを組むという選択肢に、鉛のように重い枷をはめていた。


 俺は頭を抱え、天を仰ぐ。天井では、話の展開についていけていないレオナが、きょとんとした顔で俺と土田を交互に見ていた。その姿が、なぜか少しだけ、眩しく見えた。


「…………ああ、もう! 面面倒だ!」


 俺が絞り出したのは、いつもの口癖であり、そして、俺なりの降伏宣言だった。


「おい、レオナ」


 吊るされたままの彼女と、真っ直ぐに目を合わせる。


「話は変わった。お前、俺たちと組め。お前をママの大学に通わせてやる」

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