パートA (3/3)

「もー……ほんとにしつこいなー!」


 追いかけてくるむさ苦しい男たちへと悪態をつきながら、軽やかなステップで跳躍する。直後、客室から通路へと姿を現した一般客の女性の肩へと手を置いて、そのまま頭上を飛び越える。


 女性の悲鳴と共に過ぎ去った一陣の風となって、通路を駆け抜けたルーシアは隣の車両へ。


 客室を出て移動を始めたルーシアを待ち受けていたのは、通路で銃を手に客室を手当たり次第調べているギャングの一味の姿だった。

 彼らはルーシアの姿を見つけるなり銃を構えて行き先を問い詰めてきたので、反射的に逃げ出してしまったのが失敗だった。


 戦闘員ではないルーシアは自分よりも大柄の男たちを倒せるような格闘技は持ち合わせていない。

 そして残念なことに今は武器一つ持ち込んでいない状況で、つまりは逃げ続けるしかなかった。

 不幸中の幸いだったのは、ルーシアが小柄で人の多い車両内では隙間を縫うようにして通り抜けられるということ、そしてルーシアは技師だが決して身体を動かすのは苦手ではないということだ。


 アスリート顔負けの身のこなしで、ルーシアは器用に次々と後ろの車両へと移動していく。

 時に階段を登って上層や中層へと移動しながら徐々に追手との距離を引き剥がしていくが、ここは列車の中であり最終的に待ち受けているのは行き止まりだ。


 ルーシアは走りながら右手を宙に泳がせ、デジタルホログラフィックディスプレイを三枚、自身の周囲に投影させる。

 A.A義体を導入しているわけではないが、彼女の両手にはU.C.Rと端末が直接埋め込まれており、ホログラフィックディスプレイを介して端末操作を行うことが出来る。


 予定より随分と切羽詰まった状況になりつつあるものの、まだ許容範囲内だ。

 後は所定の位置についた上で座標の最終調整を行う時間をどうやって確保するかという話になるが――。


 直後、ルーシアの真横を何かが通り過ぎた。

 否、それは目の前の壁に穴を穿つ。


 それが銃弾だと気づいた瞬間、ルーシアは目の前にあった客室の扉に左手を叩きつけるようにして、予め用意してあった解除コードをU.C.R経由で送り込む。

 強制的にロックをこじ開け即座に開いた扉へと飛び込んだ。そのすぐ後ろを通り過ぎていったのはルーシアを狙って放たれた何発もの弾丸。


 客室の中にいた老夫婦は突然入ってきたルーシアへと驚きの視線を向けると同時に、突然始まった銃撃に言葉を失う。

 にっこりと笑みを浮かべながらルーシアは口を開いて挨拶をした。


「すみませんー! ちょっとだけこの部屋、貸してください!」


 そして空いていた席へと座り込むと、両手を宙に躍らせる。ピアノの鍵盤を叩くように、滑らかに動く指先が宙に浮き上がる電子キーボードを操作していく。

 ルーシアの好みでデザインされた丸いポップなユーザーインターフェースのホログラフィックディスプレイは任務で使うには些か不釣り合いなものだった。


 端から端まで忙しなく指を走らせる中、ルーシアが逃げ込んだ客室目掛けて足音が迫る。

 ディスプレイを凝視するルーシアの緋色の大きな瞳が見開かれ、不意に指が力強くキーを叩く。


「これで決まり! ありがとうございましたー失礼しまっす!」


 こくこくと首を縦に振る老夫婦へルーシアは笑顔でお礼を述べると、再び客室の外へと飛び出す。

 その眼前にはすぐそこまで迫る男たちの姿があり、しかしルーシアは不敵に笑いながら右手を横へと伸ばす。


 するとルーシアの眼前に上から降ってきたのはメトロリニアに備え付けられている緊急用の隔壁。

 分厚い壁によって行く手を阻まれた男たちは障壁に悪態を付きながら拳を叩きつける。


「これでしばらくは時間稼ぎ出来るかな」


 移動しながら黙々とメトロリニアの管制塔へとアクセスを試みていたルーシアはようやくプロテクトを突破し、一時的にだが扉や隔壁といった電子コードによって管理されているものの主導権を得ることに成功する。


 それこそが専属技師であるルーシアにとっての戦い方だ。


 そしてメトロリニアの制御系統を奪取することにより貨物列車といった一般的には解放されていない車両への侵入も容易になる。

 追手もここで足止めすることが出来た今、後はルーシアの目的を果たすのみである。


 しかし物事はそんなに上手くいかないのが世の常というもので、後続車両へと続く扉から新たに厳つい表情の男たちが続々と姿を現す。


「そっちからは聞いてないってば!」


 慌てて逆側の隔壁を降ろすべく両手を広げて端末を操作する。

 数メートル手前で天井から降りてきた壁に慌てながらも、一人が閉じるよりも早く隙間に滑り込んでルーシアの前に立ち塞がる。


 そして無防備なルーシアの手首を掴むと引き寄せながらうつ伏せに押し倒し、ルーシアの腕を背中に回して拘束する。


「ぅぁ……ッ!」


 男の体重を背中から掛けられ、か細い身体のルーシアは呻き声を上げながら床に頬を押し付けられる。

 男は無言でルーシアを拘束したまま空いている手でスーツの胸元へと手を伸ばして端末を取り出す。


 しかし何者かへと連絡を取るよりも早く、ルーシアが右手をそっと握りしめると端末の電源が即座に落とされる。

 突然動かなくなった端末を手に首を傾げながら男性は視線を降ろし、拘束されながらも不敵な笑みを浮かべるルーシアへと向けられる。


 男が拳を握りしめて持ち上げた刹那、天井の換気ダクトの蓋が盛大な音を立てて落下する。

 反射的に蓋を払い除けた男に降りて来たのは埃で薄汚れたドレスを着た、薄いピンク髪の少女。


「はいはぁい、そこまででぇす」


 気の抜ける口調で彼女は落下しながら壁を蹴り、鮮やかな飛び蹴りを男の後頭部へと繰り出す。

 自分よりも大柄な大人を容易く蹴り飛ばし、着地を決めた少女――ウィーラはドレスに着いた埃を手で振り払いながら解放されたルーシアに手を差し伸べる。


「ちょっと邪魔が入っちゃってぇ……ゴメンネ?」

「ううん、ナイスタイミングだったよ」

「怪我してなぁい?」

「うん、へーきだよ」


 ウィーラの手を取って身体を起こしたルーシアは障壁に顔から激突して意識を失っている男を尻目に、再びホログラフィックディスプレイを展開した。


「そういえばナイトは?」

「お姉様とは別行動になっちゃった。たぶん前方車両の方で暴れてるんじゃないかなぁ」

「そっか……そうなると前と後ろでかなり距離があるね。出来れば須衣くんのところへ助けにも行かないとなんだけど」

「ルーちゃん落ち着いて。もうすぐ時間でしょぉ?」

「うん、そう。敵勢力が多くて予想外だったけど、私が一緒に来て正解だったみたい」

「というワケでちょうどここからすぐ上に登れるから急いじゃおー」


 通ってきたと思われる換気ダクトへと指先を向けたウィーラはルーシアを片手で抱え上げると、天井へと軽く跳躍して、ダクトの入り口を手で掴む。

 そしてルーシアを先に登るように促しながら、言葉で説明を加える。


「上に伸びてる通り道があるでしょぉ、そこから出口までワイヤー垂らしてあるからすぐ登れると思うよぉ」

「ありがと、ウィーラ! それじゃあ先に行ってくるから!」

「風強いからルーちゃんも気をつけてねぇー」


 ルーシアは謝礼を述べてから換気ダクトの中を突き進む。


 横へ伸びている狭いダクトの中を進んでいくと、その先にはウィーラが言った通り上へと伸びており、彼女が用意してくれたワイヤーが揺れているのが見えた。


 おそらく出口に固定されている装置はドーラーがよく利用している巻取り式で、ワイヤーの先についている小型の端末を操作するとルーシアの身体ごと、ワイヤーが上へと巻き取られていく。


 ふと下を見たルーシアはそのすぐ後ろにウィーラがいないことを確認する。最初からそのつもりだったのだろうが、ウィーラはおそらく通路に残ってルーシアの追跡を防ぐつもりのようだ。

 それをルーシアも最初からわかった上で彼女の指示に従った。それが何より最善の策だと信じているからである。


 やがて出口へと辿り着いたルーシアを襲ったのは、身体が吹き飛びそうなほどの強風である。

 慌ててダクトを手で掴みながら、ルーシアは眩しい景色を見渡す。


 そこは上層よりも更に上にある、文字通りメトロリニアの外側だ。

 二十世紀頃に運用されていたと言われる旧来の列車とは違い、メトロリニアはその四本のレールに送電線が内包されており、上部には何も取り付けられていない。


 まるで建物の屋上のような広い場所に慎重に降り立ちながら、ルーシアはホログラフィックディスプレイを展開する。もう既に予定の地点は迫りつつあった。

 メトロリニアの精密な進行速度と座標データを計測し、予め用意しておいたと跳躍進路との誤差を修正する。


 技師であるルーシアが危険を冒してまで現場に来た最大の理由。

 メトロリニアに乗車する条件として最大のネックであったドーラーの象徴とも言えるL.Iの持ち込み制限。L.Iを持ち込むことなくメトロリニア内で使用する為にはどうすればいいかということをアイズと共に協議した結果、導き出された答え。


「アンサー……返事して!」


 強風に掻き消されそうになりながら、ルーシアは声を張り上げて叫ぶ。すると即座に男性の電子音声が聞こえてきた。


『通信可能範囲内です、ルーシア様』

「繋がって良かった……ちゃんと待機してくれてたんだね」


 魔導通信は中継点を各所に設けられている都市内ではどこにいようと連絡を取ることが出来るが、都市の外では一定範囲内にいなければやり取りすることが出来ない。

 つまりアンサーは現在メトロリニアが走っている近くのどこかにいるということになるのだ。


『もう少し待機を命じられていたら、本当に岩になるところでした』

「待たせてごめんね……跳躍進路はもう修正済みだよ!」

『間もなくこちらも進路へ入ります』

「後はお願いね……!」

『お任せください』


 ルーシアはメトロリニアの進行方向を向く。小さな山沿いを進む列車の隣には崖がそびえ立ち、その崖に沿ってレールが敷かれている。

 アイズもまったく同じ意見でこの場所こそが合流するのには最も適していると判断した。

 そして徐々に聞こえてくるのは、エンジンが唸る轟音。


 直後、影の上から姿を現したのは漆黒の大型バイク。

 無人のそれはメトロリニアの上へ見事に着地すると、華麗なターンを決めて停止する。


 走り続けるメトロリニアに乗り移るなんて無茶な行為を容易く成し遂げたのはアイズが誇るカレンの専用L.I、サフィニアンサー。


『素晴らしい計算コースでした、さすがはルーシア様です』

「基礎の計算をしてくれたのはアイズちゃんだよ。さ、急ごう」


 二つ先の車両へと飛び乗ったサフィニアンサーは。突風で動けないルーシアの代わりに、車両の上を器用に移動する。

 やがてルーシアの前へ到着すると同時に展開装甲が開かれ、中からいくつかの兵装がスライドして出てくる。


 ルーシアはその中から、長い銃身に細身の刃が備え付けられた二挺拳銃を取り出すと、その片方を両手で構えてダクトの内部へと向ける。そしてウィーラへと魔導通信を試みる。


「今からダクトに穴開けるから注意して!」

『はいはぁい』


 この展開を予想していたのか、即座に帰ってきた返事と同時にルーシアは真下へと連続してトリガーを引く。鈍い銃声が響き渡り、ダクト内部に穴を開けていく。


 瞬く間に弾丸を撃ち尽くしたルーシアが慣れた手つきで中折れ式の銃身を開くと、その勢いでシリンダーから空薬莢が吐き出される。

 替えの弾丸を手早く装填し直し、もう一挺ごと抱えたルーシアはダクトへと二挺の拳銃を投げ入れた。


「ウィーラ!」


 その二挺拳銃は、ルーシアがウィーラの為に用意したオンリーワンの品。


 上から投げ込まれた銃はその自重によって穴の空いたダクト下部を突き抜け――既にその先で待機していたウィーラの元へ。

 ニヤリと口元に笑みを携えながら、二挺の拳銃をそれぞれの手で掴む。


 ウィーラの前には既にシステムが復旧して開かれた障壁と、前後に待機している大量の男たち。しかしウィーラはもう既に素手ではなく、彼女の手には半身とも呼べるL.Iがある。


 持ち込めないというのなら列車内で受け取ればいいという突拍子も無い作戦は。こうして彼女の窮地を救う。


「さぁ、パーティタイムですよぉ……リヴァイヴァー起動しまぁす」


 彼女が所有するB級L.I、リヴァイヴァー。

 両手に構えられた銃剣がそれぞれ左右へと向けられ、同時にトリガーを引く。


 大口径の弾丸は男たちではなく車両の床へと着弾し、そして次の瞬間には炸裂して爆発を生む。狭い通路で発生した煙は目眩ましとなってウィーラの姿をかき消す。


 姿を見失った男たちは煙の中で手探りに銃を構えるが、同士討ちを避けて誰も発砲をすることはない。

 そんな中で後ろにいた一人の男性が悲鳴を上げながら煙の中へと引きずり込まれて消える。

 その方向へと振り返った別の男が今度は別の方向へと消えるまで僅か数秒。


 姿の見えない襲撃者に痺れを切らし雄叫びを上げながら拳銃を撃つ男性は直後、その眉間を撃ち抜かれて崩れ落ちる。その隣にいたもう一人は太腿へと一閃を受け、痛みに呻きながら倒れた。

 次から次へと倒れていく仲間の姿に次第に恐怖を覚えながら、自分の番が来ないことを祈ることしか出来ない男たちはやがて、煙が晴れた頃にはすべて床に転がっていた。


 その中心で唯一立ち尽くすウィーラは中折れ式の銃身を開いて空薬莢を排出させながら、返り血で真っ赤に染まったドレスの裾を銃剣で手早く切り裂くと、短くなった布をひらひらと揺らしながら穴の空いた天井を見上げる。


「ルーちゃーん、もういいよぉー」


 ダクト内を声が反響する中を突き破って大きな何かが降ってくる。

 リヴァイヴァーを腰に提げてから両手で受け止めたウィーラは、身の丈ほどもある巨大な棺とも言うべき金属製の箱を手に満足げな笑みを浮かべる。


『それじゃあナイトの方はお願いね、残りは上を伝って届けるから!』

「はぁい、また後でぇ」


 魔導通信越しに返ってきたルーシアの声へと軽いノリで返事をすると、ウィーラは両手の箱を背中に抱えて前方車両へと踏み出す。


 トーキョウへと運び込まれているアームド・フレームのルートを捜索する為の潜入捜査だったが、事態は予想していたよりも深刻なようだ。

 何より想定していたよりも遥かに多い敵勢力を前に得物を持たないドーラーたちは後手に回らざるを得なかった。


 しかし状況は一転した。L.Iを手にしたドーラーの前では、武装した一般人がどれだけ束になって掛かってこようとも敵わない。




 ――これよりドーラーたちの反撃が始まる。

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